朽ちた城3
初めて見る世界に俺は茫然としていた。俺が以前見た世界とは様相を何もかも一変していたからだった。時が進めば当たり前なのだろうがあまりにも違い過ぎる。そこには荘厳な美しい城もそこで働く人々もいない。窓から零れていた柔らかな日の光もそこから見える街の景色も人々の喧騒も何一つ無かった。ただそこにあるのは累々と積み上げられた石の塊。瓦礫と砂塵だけが残る虚しく感じられる世界だ。
地平には瓦礫と不毛の乾いた大地が永遠に広がっているように見えた。
ここまできれいさっぱり風化してしまうと何となく笑いたくなる項弦の気分も分からなくも無い。そう思う。
俺は近くにあった瓦礫に小さく息を付いて腰を掛けると自身が今までいた部屋に目を落とした。開いたはずの穴は瓦礫で塞がれて中を覗き見ることはもうできなくなってしまっている。本も書簡ももう見ることはないだろう。誰の目に触れることはない。この国を示した歴史書さえも。きっと時代と言うものにさらに風化を重ねていくのだろう。
もう誰も知ることの無い国。分かってはいたがそれはとても虚しいことのように感じられた。
些かに霞む目を擦りながら、空を見上げる。以前見た時と何も変わらない青い空が広がっていた。その空には雲がゆったりと流れトンビが旋回をしている。
こうしてみると世界はゆったりと動いているように思えた。
とにかく雨風がしのげるようにしなければ。と考えた。外で座っているだけになるだろうから。だが、俺は瓦礫を見回したが対して役に立ちそうなのは無かった。調達。とはいってもここから動くことはできない。無論だが仙術も使えない。選択肢は一つしかなかった。
「諦める」
改めて呟くと暗くなる。仕方ないだろう。と自分に言い聞かせた。別に死ぬわけでもないので諦めるしかない。不本意だったけど。
これからの風雨に耐える生活。それを思い浮かべ俺はがくりと肩を落とす。
そんな中ふと、視界の端に黒い影が見えたような気がした。同時パラパラと小さな音を立てながら崩れる瓦礫に俺は目を凝らす。
ぼんやりと見えるそれは犬猫の大きさでもない。珍しい動物かとも思ったがこの地域に生息するようなものは思いつかなかった。環境が変化したのであればと考えたがそうでも無いように俺には見える。
「誰だ?」
低く言うと影は弾けるように揺れた。逃げるかとも思ったが以外にも逃げる様子はなくこちらを隠れるように覗き込んだ。
子供だった。幼く十にも満たない子供。少女だろうか。彼女の大きな黒い双眸が怯えと興味を映し出し見つめていた。
しかしなぜこんなところに子供がいるのだろうか。俺は故首を傾げてみせた。広がる荒野。周りには村の影さえも見えない。遊牧民族だろうかとも思ったが子供一人でこんなところに置いていくものだろうか。
しかも。彼女の衣服は俺の来ているそれよりも黒く薄汚れ、襤褸切れを纏っているようであった。
「何でこんなところにいるんだ?」
俺が喋りかけることによって少女は目を瞬かせると、嬉しそうに駆け寄ろうとした。
――だが。
聞いているこちらまで痛いと思えるような威勢のいい音を立てて、少女はその小柄な身体を呆れるほど大胆に地面に叩きつけた。足がもつれたのか何なのか。とにかく頭からだ。なぜか後ろ手に組まれている腕は動くことなどない。当然のように衝撃を吸収する役割などはたしていなかった。
その理由に俺は小さく息を飲みこんだ。
まるで罪人のようだった。手枷、足枷。少女の細い腕と足には太い綱が枷のように巻かれていたのだ。歩けるように多少余裕を持たせてあるようだったけれど。
長いこと巻かれているのだろう。そのあたりの皮膚は赤黒く変色していた。
「おいっ! 大丈夫か?」
思わず立ち上がる。しかし一歩踏み出すがその一歩がひどく重いことに気づいて俺は眉尻を上げた。封印だった。やはりあの部屋の四方からは動けないようになっている。
舌打ち一つ。
そんなこんなで俺がもたもたしている間にも少女は平然と立ち上がった。頭から血がだくだく出ているのにも関わらずにこりと屈託のない笑顔を浮かべて俺に近づいて来る。
なんてことはない。このぐらい。そう言っているように見えたがそれがまた痛々しく見える。
「――私、凛っていうの」
なぜか自己紹介だ。泣きもしない。苦しいとも痛いとも言わない。ただへらへらと笑顔を向けてそこに立っている。
「――俺は風雅だ。って。その傷」
それは殆ど反射的だったのかもしれない。俺が手を伸ばすと凛は一度身体を震わせてから避けた。その顔は笑っていたが明らかに脅えている。触れられることを。
「えへへへ。大丈夫。私、つよいから」
ごしごしと笑いながら乱暴に自分の肩を傷口にこすりつけ血を拭ったが血は後から後から溢れ出てくる。結構深いのかもしれない。




