旅人9
一人の少女はその街を逃げていた。年の頃は十六か七。貴族の娘だろうか。鮮やかな衣服を纏った彼女は息を切らして真っ昼間から逃げていた。脅えた表情でただ必死に。
それを助ける者は誰もいない。行き交う人々は少女を可哀想に思うこそすれ後ろから追ってた者たちに何もできないでいた。
追ってくるのは軽い皮で出来た鎧を来た男らだ。統一した衣服はこの国の警備を任されて街の治安を護るはずの者を示している。だが、治安を守っていると言うよりは彼ら自身が治安を乱しているようにも見えた。なぜなら彼らはまるでこの『狩り』を楽しんでいるように感じられたからだ。
どう見ても罪という言葉からは程遠い存在の少女。
群衆は黙って見ているしかない。そうしなければ自身が捕まることなど分かり切っていたことだったから。怒りだけは沸々と辺りを支配していたけれど。
「可哀想に。これで何人目か?」
誰かが低く言った。聞こえないようにそれは恐ろしく小さい。だが隣にいる者にはその声で十分だ。
「今月に入ってもう四件目だ。大体――王が崩御なされたのは、あの年頃の小娘の所為だと言うがたかが小娘にあので国王を殺せるものかい。しかも逃げたなど。とんだ言いがかりさ」
「しかもそれを捕まえるために片っ端から罪も無い娘を殺していく。――どうかしちまったのか? 官吏は」
口々に話す群衆の中で私は立っていた。王都から少し離れた東の都市『伯都』。しかしながらその大きさは第二の首都と言っても過言ではないだろう。人の賑わいは多く、街も整然と整えられていた。
「王が死んでから。ずっとこうなんですか?」
実は『あの日』燃えていたものは『王』だった。雪華が――あの美しい仙が何を望んで王を殺したのかは分からない。風雅は何か知っているようだったが教える気はないのだろう。それに触れることは無かった。
ただ、あの王が死んだことは事実。そして、私が殺したことになっているのもどうやら事実のようだ。
違う。そう言い訳したところで無駄だろう。王が死んだ日、私がいなくなったことは事実なのだから勘ぐられても仕方ない。
目の前の光景を見据えると深くため息一つ。
とにかく放っておいていいことでは無い。ぐっと覚悟したように真一文字に唇を結んだ。
「ああ。あんたも気を付けた方がいい――って。おい」
私は静止も聞かず、まっすぐに歩き出していた。少女と兵士たちの間に割り込むようにして。このままというわけにはどうしても行かない。どうしても助けたかったから。ほとんど何も考えずに飛び出していた。
私は彼らを睨み付ける。
「――?なんだ?捕まりたいのか? 女?」
その先頭に立っていた男が不快そうに――遊びを邪魔されて酷く不快そうに眉を跳ねた。
「退け。女」
男たちの圧迫感に私は少しだけ息を飲みこんだ。だけれど負けるわけにはいかない。こんなこと許すわけにはいかないのだから。
私はあくまでも何一つ表情を出さないように。嘲笑うようにして吐き捨てた。すこしでも表情に出してしまえばそれで終わりだ。
「そんな人間がどこにいるの? ったく。まるで屑ね。兵士のくせに。国民の命を護るのが役目でしょう? 何の罪も無い女の子を追い回すなんて。あのね、よく聞きなさい? 私は――」
「は?――頭がいかれてんのか? その女は王を殺したかもしれんのだ。改めて当然だ。おい。お前らこの女も連れて行け」
どうして最後まで聞いてくれないのだろう。と苦々しげ思った。このままでは出てきた意味などまるでない。そしてあの少女もおそらくは助けられない。考えながら、近づいて来る兵士を見ながら私はぎりぎりと奥歯を鳴らした。
だが。
「何で?」
低い声と共に一瞬、波立つようにざわめきが起こった。誰にも何が起こったのか分からなかったからだ。彼らは抗う事も無く一瞬に倒れていく。悲鳴さえ上げることなかった。傍目には勝ったに倒れたように見えるが間違いなく殴られた跡がいろんなところに残っていた。




