旅人6
いつもの様に何事も無く日は昇っていた。闇夜を吹き飛ばし輝くような太陽は清々しい空気を運んでくる。鳥は謡い人々は目を覚まして活動する。そんななんてことの無いいつもの朝。誰が死のうが誰が生まれようが世界は無情にも進んでいく。
だからと言って昨日までの事は無しになどできないだろう。もちろん無かったことになどしたくなどないが。
私は息を付いて部屋から見える朝日に目を向けた。首都のはずれ。この古びた宿屋以外に大きな建物は無く荘厳なそれがよく見える。
誰もが死んだ。村の者も――雪華も。すべては私の愚かさの為に。
「私も死ぬんだろうなぁ」
目を閉じれば何もかもまだそこにあるようだった。焼き尽くす炎も村人の悲鳴も。劉裕の声に雪華の笑顔。何もかも。感情さえ伴って。
『どうしてここに居る』と誰かが言った気がした。『いてはいけない。死ぬべきだ』と責め立てる。私も実の所そう思うのだ。本当は死ぬべきなのだと。
そう本当は思うのだ。苦しくて怖くて。後悔と呵責の念は今でも深く私自身を捉えている。まるでまだ足枷を付けているように。
きっと一生振り払うことなど出来ない。
私は太陽の光を見つめ目を細めた。
「当たり前だ。人はすぐ死ぬものだろ?」
振り向くと茶道具一式を持って入って来る青年がいた。仙と呼ばれる者。風雅だ。琥珀の双眸と黒とも紫紺とも言えない、流れるような髪を背で束ねた青年。風雅は茶道具を机に置くと私を手招きした。
「いい匂いだね」
「一番いいやつを女将が出してくれたらしい。なんでか」
首を捻っている。彼は整った顔立ちをしている。雪華もそうだが仙は何かと美人が多いのだろうか。とにかく人並み外れて美人だった。ただそれに本人が気づいていないところが私にとって救いだったのだけれど。
このまま気づかなければそれでいい。
「で。凛」
私は風雅が入れたお茶を口に含んだ。芳ばしい香りが口の中に柔らかく広がる。それがとても私の心を落ち着かせた。
「ん?」
「お前、泣かないのな?」
頬杖を付きながら私を覗き込むようにして見ている。ぼんやりと思ったままに述べられた声に私は苦笑を浮かべた。何処かバツが悪かったのか視線を少しだけずらした。
「前は何ていうか、すぐーー。」
「風雅が泣くから。私が笑ってないと。雪華の時だって泣きそうだったのに」
「泣きそう?」
訝しげに言葉を辿った。本人はおそらくそんな自覚無かったのかもしれない。もしそれがあったとしても気づかれ無いようにしていたのかもしれない。
確かにあの時風雅は表情など削り落としたように何の感慨も浮かべていなかった。雪華が光となって消えていく時もただ静かに見送っていた。
淡い蛍のような光に照らされる双眸はただ、ただ、辛そうに揺れていたのに。そんな事私が気づかないと思っていたのだろうか。あんな顔させたくなかったのに。これからだってさせたくない。もう、二度と。
私はニコリと笑いかけた。
「うん。泣きそうだった――だから笑ってないと。私が。暗い顔してられないから」
彼は驚いた様に目を見開いた。薄い唇を開きかけたがひれ伏すようにして机に顔を埋める。
微かに鈍い音がしたか気にしていないようだ。
「敵わねぇ――凛には」
呻く様に呟く声に私は小さく笑みを浮かべて再び太陽を見つめた。




