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朽ちた城2

 かつて栄華を極めたものはもうどこにも無いと聞いていた。


 嫌味たっぷりな俺の言葉に項弦は苦笑を浮かべる。


『悪りぃな。突然俺が死んじまって――まぁ、何。お前のこともこの城が、国が滅んだのもすべて俺の責任だな』


 天井を見上げる彼の横顔はどこか淋しそうに見える。


 それはそうなのかも知れない。かつてあったこの城も、国もすべては賢君と呼ばれた項弦が大きく豊かにしたものだった。


 どれ程、時が経とうと今でも鮮やかに思い出す。


 花の都。そう詠われるほど美しく平和な国だった。


 項弦の誇りだったもの。それはきっと今は見る影などどこにもないのだろう。ただこの部屋に残る絵画や書簡だけが彼の美しい都を描いているだけだ。


「――当たり前だ。戦場で病に死ぬ王なんて洒落にもならねぇよ」


 俺は口を尖らせて見せた。


『死ぬつもりなんて一つも無かったんだけどよ――そんな事より。この部屋もそろそろやばいな』


 賢君。そう呼ばれた威厳は今では見る影もない。麻の薄汚れた服を着ている項弦は目線を天井に向けた。


「そうだな」


 それ以外の言葉は無い。俺は特に何の感慨もなく返した。相変わらずパラパラと何かの破片が天井から落ち衣服の上に積る。それを軽く払った。


『……まだここに居るつもりか。風雅』


「それ以外何かあるか? ――封印もされているしな」


 俺は金の腕輪をほとんど無意識に軽く撫でる。


『仙の封印。か』


 仙の封印、と俺は彼の言葉を心の中で辿った。


 俺は人間ではない。人間が言うところの人と似て非なる者――『仙』と呼ばれる者だった。悠久とも言える命と若さを持ち人では到底扱う事の出来ない力を持つ。それを仙術と言ったが俺は大したことはできない。せいぜい水鏡で物事を覗き込むといった役に立たないことばかりだ。


 とにかく人々には往々にして畏怖の念をもって迎えられているが同時に幸福の象徴でもあった。


 絶対数が少ないのだ。おまけに外見は人と何ら変わりない。人が『俺たち』と知って出会うことはまず困難。出会えば必ず幸福が訪れると言われているらしいが――もちろんまったくのデマだ。俺たちにあったごときで何かが変わるはずも、幸福になろうはずも無い。しかしそのデマがいつしかどこかの国に拡張され『仙を捉えて国に封じればその国は永遠に強くなる』と流布し始めた。


 本当に馬鹿馬鹿しい噂だったが、それを人々は信じたのだ。


「お前の所為じゃないけどさ。まんまと引っかかった俺が悪い」


 封印される前、当時俺は項弦の病を治すためにここに詰めていた。もう見る影もないのだがここは元々薬品倉庫だ。大量に医学書を持ち込み俺は日々戦場で倒れた王の為に、必死で薬を調合していた。何日も何週間も。


 そんな努力もむなしく終わりは意外に早かった。


項弦はあっけなく死に俺は独り取り残された。王の死に目にも会う事などできずに。


 当時項弦は俺のすべてだったように思える。まだガキ――齢としては俺の方が上だが――で彷徨っていた俺を拾い居場所をくれたのがこの男だったからだ。親友と言うよりは父親に近い愛情を持っていたかもしれない。


 項弦の形見だ。そう言われて俺は疑いもせずに信じた。もうこれを渡してきたのは誰だか覚えていないけれど。


 俺は腕輪に目を落とす。


よもや封印だとは思うはずも無い。気づくと俺はすべての力を閉ざされ、ここから出ることも許されず縛り付けられた。


 永遠に。


『お前はきっとここがつぶれてもここに居続けるのだろうな』


「それしかない」


 項弦は何か言いたそうに口を開いたが言うのをやめた。彼らしくは無い。気持ち悪さに俺は顔を顰めた。


「なんだよ? 気持ち悪い」


『何でも、ただ。俺がお前とここで会うのは今日で最後だと思って』


苦笑を浮かべて見せる。


「……へぇ」


 それが嘘なのか本当なのか俺には分からない。そんな会話は暇つぶしに覚えていないほど頻繁に繰り返されたものだったからだった。ただ、いつもと空気が違う。何となくだったがそんな感じがした。


 俺は項弦に何か言おうとした。しかしながら言う事は出来なかった。俺の声を遮るように響いたの軽い音。天井から小さな石が俺の肩に落ちたからだ。拾い上げると煤にまみれた黒い石だ。見覚えのある石。


 暫くすると先ほどよりも大きく鈍い音をさせて目の前に落ちる。子供の拳くらいはあるだろうか。


「まずいな」


 呟きに合わせるように、ぱちぱちと何かが剥がれるような音が耳元で不気味に響く。乾いた埃っぽい臭いが鼻についた。


 俺が顔を上げるのと同時だっただろうか。




 ――すさまじい轟音と力をもってそれは崩れ落ちた。



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