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旅人5

「それだけはどうしても壊しておきたくてのぉ。真っ先に壊してやったわ」


 喉を嬉しそうに鳴らす。


「……雪華」


 何を言うべきなのか私には分からなかった。何かを言おうとして見つからなくて口を噤む。それがとても情けなかった。


 やはり、死んで欲しくないと思うのは――我がままなのだろう。風雅にそんな事などして欲しくないと願うのも。彼がそんな事を引き受けて傷付かないなんてことは無のだから。


 けれど、私には何一つ言葉を持たない。子供みたいにそんなのは嫌だ。と言うことしか出来ない。


 もう、どうすればいいのか分からなかった。


「――先ほどはあんな事を言うてしもうたが、よい娘を手に入れたと本当は思っているぞ。妾は。この先はどうなるかなど知らんが。まったく、呂王と良い――お主ばかりがどうしていいものを引くのじゃ?」


 雪華はぼんやりと項弦に目を向けた。彼女の少し視線がずれているのははっきりと見えていないためかもれない。項弦は肩を竦めて見せた。


『お前だっていたじゃねぇか? 見えてなかっただけだろ? ここでそれを選ぶのは得策じゃねぇ、と思うけど?』


 雪華はそれに答えることは無かった。項弦の声が聞こえているのかいないのかただ雪華は形の良い唇を小さく口を歪めただけだった。


 風雅に目を戻す。


「妾がではなく、お主が後悔せぬかの?」


「見も知らねぇ人間に殺してもらうつもりだったのか?」


 吐き捨てる言葉に心臓が微かに痛む。どうしてこんなに平然とした会話をしているだろう。暗い雰囲気はどこにも無い。さらにそれが痛々しく感じた。


「――それしかないと思っていただけよ。ただ人が妾を滅するためには仙が少しでも鍛えた剣でなければならないと知っていたかどうかは知らんがのぉ?」


「雪華――私は」


 やはり死んで欲しくない。そう言いかけたのだがーーただ雪華が鮮やかに笑うので思わず言葉を詰まらせる。


 もう、何を言っても無理なのだ。と知った。


「妾も、風雅も仙でいるのには弱すぎたのじゃ。人と関わらないことこそ我らの掟。だが人を愛してしまった。ただ盲目的に。人を愛しすぎて狂うほどにのぉ?」


 彼女はゆったりとした動作で私の前に立った。美しい人。貴婦人と言うのはこんな人を言うのだろうと思う。


「俺は狂ってないが?」


「黙りゃ――こんなとこまでのこのこ一人で。言わせぬわ。そんな事」


 ぴしゃり跳ねつけられるように言われると脅えるように風雅は黙り込んだ。それを見て項弦が笑うが風雅に睨まれて肩を竦めている。


「とにかく。妾は疲れた。ここで休ませてほしいのじゃ。愛することも憎むことも。願う事も」


 私の涙を拭う様に触れる雪華の手は雪の様に冷たかった。


「けれど」


「もし生まれ変われるのであれば人に――平和に生きたいものよ?――そうじゃ」


 こん。と軽い音をさせて雪華は私の額に自分の額をくっつけた。まるで、熱を測るかのように。覗きこんでいる灰色の双眸は先ほどまでとは違い温かく輝いている。


「え?」


 その口から零れた言葉は何だったのか。よく聞き取れなくて私は茫然と顔を上げた。


 雪華はふわりと柔らかく笑うと人差し指を口許に当てている。


 そう、それはまるで少女の様に。とても愛らしい仕草だ。それが彼女本来の姿であると思う程に。


「内緒じゃ。妾、最後の仙術。楽しみじゃ」


「……でも」


 くるりと踵を返した彼女は私にもう振り向くことも笑いかけることも無かった。


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