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旅人4

「言わせるのか?」


 言うと風雅は剣を取り出した。ごく普通。どこかで拾ったのだろう。よく兵士が付けている剣だ。その刃先を撫でるように中指と人差し指を滑らせる。何をしているのだろうか。見ていると、滑らかな指に導かれるようにして刃にゆっくりと光で記された文字が浮かんでいく。何を書いてあるかと思ったのだがそれは読む前に消えてしまった。もちろん私には何か分からない。その意味する所など。しかしながら雪華は分かったようだった。


 少し驚いた後で眉間に今度は深く皺を刻んだ。


「本気か?」


「望みだったんだろう?」


 なんてことなく言う風雅に彼女は少し瞑目する。


 言いようのない嫌な予感がした。それが何なのかは分からない。ふと木陰に目をむけると項弦も厳しい顔つきで彼らを見守っていた。それを幽霊でも感じるのだろうか。


「馬鹿馬鹿しい。妾の望みはあの方が作ったものすべてを壊すことなのじゃが」


 すべて見透かすようにして風雅は雪華を見つめていた。声も荒らげることなくただ続ける。


「そのまま返すぞ。お前に。俺は本質を見抜けないほど馬鹿じゃない。その想いに隠れて本当は何を願ってた? ――こんな大々的な事をする意味は一つだろ?」


「風雅!」


 私は殆ど反射的に叫んでいた。彼の意味する所はただ一つに向かっている。それがようやく分かった。不安の元も、項弦がどうしてあんな顔をしているのかさえも。


 あまりにも簡単。あまりにも残酷な展開を私は見ているだけにはいかなかった。


 震える手で風雅の裾を掴んだが彼が振り向くことは無かった。炎に照らされた彼の表情は崩れることなどない。ただ、『意』として私を見ていない気がした。


「ふう――」


 そのことを――言葉を聞こうと思ったけれどそれを遮るようにして雪華の声が響く。


「腕輪をどうして外したのじゃ? 娘。――妾は一生夢の中に居られたのに。この想いを閉ざしたまま。あの方をずっと待ち焦がれていられたのに――」


 向けられた眼差しは酷く淋しそうで、哀しそうだった。今までのどこか叩きつけられるような憎しみなどもうそこには無い。けれどそれが私の心に突き刺されるような気がしたのはなぜだったのだろうか。まともに顔を見ることが出来ずに私は思わず目を反らした。


 つまりーー余計なお世話だったと言っているのだ。雪華は。そうかもしれない。と私も思う。そんな考えに至らなければこんな事になどなる筈も誰も傷付く事なんてなかったのだから。全ては私のせいだ。


 けれど、どう考えてもと、何度考えても。何度あの時を繰り返しても、私はあれと同じ結論を出してしまうだろう。その答えにしか行かない自身がとても愚かしい。


 私は拳を固く握りしめていた。


 あれが幸せとはどうしても思う事などできなかった。どうしてもできなかったのだ。その先に未来があるとそう信じていたのに。だけれどその未来は何一つ雪華の口を付いて出てくることは無かった。


 現実にはどう見ても違うのだから。――いったい何を夢見たのだろうか。どうにかなると信じていたのだろうか。


 ポツリと涙が落ちる。


「まあいい。しかしこれも何かのめぐり合わせと言うものかの?」


 雪華は諦めたように嘆息すると軽く長い指を弾く。すると驚くほど突然だった。何事もそこには無かったように炎が止んだのだ。そう。なにも無かった。辺りは静寂に包まれ始めていた。


 私は唖然として辺りを見回す。


 ここでは何も起こっていないようだった。巻き上がる炎も、地面を濡らしていた血も。落ちた梁は無傷で建物に収まっている。


 ただ、ただ、虫の鳴き声だけが辺りを支配していた。


 現実であったことを示すのは倒れている兵士ぐらいだろうが、彼らはただ眠っているようにも見えた。


「雪華の幻術。半分本当で半分嘘だ。ま。一つだけ『壊すこと』の目的ははたしたみたいだな?」


 彼は西に目を向けると未だ赤く燃えているところがあるようだ。白くなり始めた空に黒い煙が舞い上がっている。チリチリと焦げ臭いにおいが今度こそ鼻に付いた。


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