旅人2
「酷い? 何を怒ることがあるか? 妾は約束を果たしただけじゃ」
雪華は首を傾げてくるりと辺りを見回した。焼け焦げている建物。倒れている兵士。彼らの持つ大量の血は地面を汚しているがそんなことはどうでもいいのだろう。きっとその目にはその光景が映り込んでいないのだ。
悔しい。と思う。こんな事自体を招いたのは私だ。項弦の言葉を聞いておけばこんな事になどなりはしなかったのに。
けれどあのままにしたくはなかった。他にどうすれば良かったのだろう。
私は自分自身が憎くて悔しくて唇を噛んでいた。口の中を鉄の味がじわりと広がっていく。
「約束?」
言葉に彼女は目を細めた。何が悪い。そう言いたげに。
「いかにも。あの方は私を迎えに来ると言った。もし迎えに来なんだら、妾の好きに――とな? 妾の望みは妾を閉じ込めたあの方を殺すことぞ。あの方のすべてを殺すことぞ」
「……どうして?」
どこか狂ったように――恍惚そうに言う雪華に私は理解できなかった。『あの方』と何があったのかは分からない。けれど腕輪の事を話していたこの人はとても嬉しそうで――大好きと言う感情が滲み出ていたように思えたのに。今は――そのかけらも感じられない。それよりもひどく陰鬱なものを感じる。
彼女は苛立たしげに鼻を鳴らす。
「妾を謀ったからにに決まっておろう? 謀ってそんな嘘でごまかし妾を閉じ込めたことに決まっておろう?」
背筋が凍りそうな笑みだった。放つ声が震える。
「で、でも。もうその人は」
「もう迎えに来ることが出来なくとも仕方ないと言うつもりかえ? そんな事で妾が納得できるとでも? 遠い昔のことだ――忘れろと言うつもりかえ?」
「そんな事言ってない!」
私は思わず弾けるように叫んでいた。冷ややかな視線が落ちる。その突き刺すような視線に四肢は微か震えたが、こんな事肯定するわけにはいかなかった。この国に何ら恩義があるわけではない。むしろ憎い方だ。何もかも憎い。けれどやはりそんな事はしてほしくない。なんだか到底『いい気味』とは思えそうになかったし、雪華にも、もうそんな事をしてほしくなかった。
なんだかとても悲しいだけだ。
ポツリと私の頬に涙が落ちる。
「雪華の何が満たされるの? それで。ここを焼き尽くして殺しつくして。何が満たされる? 雪華が言うあの人はもういないのに――誰に向けて誇示するの?」
「黙りゃ」
初めてその双眸が揺れたようなそんな気がした。ぴしゃりと言う言葉に空気が震える。
「雪華――」
「黙りゃぁ!」
雪華は私の声に割り込むように言うと雪華は私に持っていた炎を投げつけるようにして解き放った。種火のような炎。だがそれは彼女の手を離れた刹那――まるで蛇の様に体躯を伸ばす。私に向けて空をうねる様に切り裂きながらくるそれを私は避けることもできずに身体を強張らせた。




