真紅の仙6
『……こっちだ』
言ったのは項弦だ。彼は身を翻すと音も無く一つの納谷に入っていった。藁が隅々まで押し込められている、古びた小さな納屋だった。たぶん家畜の餌なのだろう。持ちやすいようにある程度の大きさで縛られている。
私が先ほどまでいた所とほとんど変わらないほどの小さな納屋だ。人がいるとは眉唾だが言っているのは項弦だ。なにか本当にいるのかもしれないと思った。
「あ。歌が止んだ」
やはりと言うべきかそこに人がいるとは到底思うことなどできなかった。そしてもちろんいたようにも見えない。
なにより藁の中に隠れてあんなきれいな歌が響くとは思えなかった。
「ここ?」
訝しげに言うと私の足元を平然と指した。
『ああ。この下』
沈黙。
私は思わず自分の靴を凝視してから項弦に目を向けた。足元にはばらばらとこぼれた藁と硬い土があるだけだ。思わずがりがりと足で削ってみるがなにも無い。
「と言う事は埋まってる?」
引きっつた顔で見る。やはり幽霊なのではと思うのだが違うのだろうか。
聞くと彼は肩を小さく竦めた。分からない。と言う事なのだろう。とにかく、何かが埋まっているという事は間違いないようだった。
『幽霊じゃねぇことは確かだな――だから近づかない方がって』
私はおもむろに近くにあった鍬を構えた。目を丸くしている項弦を無視するように振り下ろす。
鬼が出るか蛇が出るか。
『はっ?』
「こんなところに埋まってたら可哀想でしょ?」
死体なんて何体出てきても、何度恨まれようがどうせ同じだ。ここから出して恨むなら恨めばいい。けれどこのままにしておけないと思った。あんな悲しそうな歌。切ない声。放っては置けなかった。
項弦が呆れたように苦笑を浮かべ踵を返しながら手をひらひらさせた。多少なりとも何処か嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
『――ったく。変な女。じゃ、俺外見てくるから』
多分、穴を掘る鈍い音は響きわたっていただろう。人が誰一人来ないのは幸運と呼べるものだったのか項弦が作り出してくれていたものなのかは分からなかった。
美しい絹の衣は酷く薄汚れ、整えられた髪は酷く乱れているだろうがそんな事どうでもいい。
とにかく私は鍬を振り上げて掘り続けていた。
一体どのぐらい掘ったのだろうか。腕と背中。足までが疲労で痙攣を起こしはじめた頃、鍬の刃に何か硬いものが当たった。暗い中よくは見えないが覗き込んで見るとそれはどうやら取っ手の様に見える。
棺だろうか。私は鍬を近くに置くとその取っ手を中心にして土を退けた。整えられて赤く塗られたそれは酷いことになっているだろう。ヒリヒリ痛みもするそれを見てしまえば更に痛みが増す気がして見るのを避けた。
「扉?」
上がった息を整えながら、思わず訝しげに私は呟いていた。棺だと思っていたがそれは酷く小さな――人が一人やっとはいれるほどの小さな扉だ。開き扉。その中心には古びた紙のような物が貼ってあったがそれが何なのかもう原型も残していない。何か書かれていたようだが今となっては何も分からなかった。
『――これって』
いつの間に帰っていたのか項弦が覗き込んでいた。何か思い当たる節で見あるのだろう。彼は愕然と呟いた。
「なにか知ってるの?」
『あんた――どうしてそんなに仙に好かれるんだよ?』
呻く様に彼は言った後で笑い出しそうになる自身を必死に堪えるように喉を鳴らしてみせた。
「は?」
何故分かるのかは幽霊故なのだろうか。とにかくこの先に居るのは『仙』らしい。この国の王が欲しがっているその名。何処か私にとって現実味に欠けるそれ。風雅以外にもいたのだ。とぼんやり思う。
――あれ?
はた、と思いついて私は項弦に目を向けた。私の不思議そうな顔に何となく嫌な予感はしたらしい。項弦は構えるように顔を強張らせた。




