朽ちた城
書籍が堆く積まれ、乱雑に書簡が散らばる小さな部屋の中。俺はいつものように目を覚ました。夢は見ていない。実際には眠っていたというより目を閉じていただけだから。
時を告げる天文時計はどれほど前になるのか止まったまま動かない。それを告げるのは小さな窓から入る薄明り。太陽の光のみだった。
じりり、と部屋を照らしていた明かりが揺れる。淡い赤。今にも消え入りそうな炎の 元に油を注ぎこむとまた煌々と部屋を照らし出した。
俺は固まったような身体を一度伸ばすと近くの本を手に取った。古びた本は変色し所々虫が食っている。
何度この本を見ただろう。さして特別なことが書いてあるわけでもない。そしてお気に入りというわけでもなかった。理由は簡単で手に取りやすいところにあるからだろう。俺は本を二、三項捲ると無造作に机の上に置く。掃除もしていない埃まみれの机。微かに埃が舞った。
少し咳き込んだが気にも留めることなく堆く積まれた本に手を伸ばす。どれもこれも知っている。もう読みつくしてしまった。何度も何度も。
「仕方無い」
ため息一つ。本を読む気にもなれなくなって再び椅子に腰を掛けた。軋む椅子はもうすぐ壊れるのかもしれない。ぼんやりと向けた視線の先には天井が映りこんだ。煤だらけで黒く濁ったような色をしている天井。だがそんな事よりも無数に走るひび割れが気になった。毎日それは確実に大きくなりパラパラと何かが部屋に落ちて居心地の悪いものへと変化させる。
それが何を意味するのかは明らかだったが俺は特に動く気も無かった。もう、どうだっていいと思っている。この部屋がつぶれようが何だろうか俺はこの部屋を動くことはできないし動こうとは思っていない。
左手首に付けていた腕輪に俺は目線を変えた。金を薄く引き伸ばした薄く軽い腕輪だ。その表面に何か彫り付けてあるようだったがそれが何か俺には分からない。ただ思うのはこれを付けた当時から何も変わらない輝きを放っていると言う事だけだろう。これだけが俺と同じに時を進める気がした。
二百年ほど前から何も変わらない。何が滅んでも、何が生まれても。
『ったく。馬鹿だよなぁ。出会った頃と何も変わっちゃいねぇ』
ふと響くような低い声に目を向けると、薄明りの中、男が立っていた。二十代後半だろう。大柄の厳つい男だ。だがその輪郭は空気と同化するようにぼんやりとし儚げに見える。
生きてはいない。そう思うが別に驚くことも無い。それは日常茶飯事の事だったから。
俺はすでに身体を無くしてしまった旧友の名を呼ぶ。
「項弦、今日は何の用だ?」
実際何か用事があって来たことなど一度だってない。大体幽霊の用事なんて大したことではないだろう。
鬱陶しく言う俺の声に項弦は目を細めた。
『いいじゃねぇか、風雅。いつも暇だろうが。お前何年暇してんだよ?』
「この国が滅んでこの城に誰も来なくなった時からか?」
そう、この部屋は城の呼ばれる建物の一部だ。半地下。隠すようにこの部屋は存在している。そしてこの上には朽ち果てた城があるはずだ。もう二百年以上前に滅んだ国の城。俺自体は一度もそれの姿を目にしたことはないが項弦によると吹き出すくらい面白いらしい。




