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真紅の仙3

 私は広くはない――とはいっても農家の家程度の広さはあるが――けれど豪華な部屋に移されていた。何をもって豪華と言うのか分からないけれど少なくとも私にとって生活に関係のなさそうな置物や絵画が置いてある時点で豪勢だ。


 それにーー私はため息交じりに衣服へ眼を向けた。謁見時着せられた赤い女官服がましに見える。絹だろうか。つやつやと輝くような衣服には美しい刺繍。それを何枚か彩よく羽織らされ、酷く重たい。纏めていた髪は痛いほど結い上げられた。動くたびに音が鳴る髪飾り。首にも腕にもいろいろな装飾道具が付けられ、おまけに化粧まで施された。


 とくに、綺麗だとか可愛いとは思わない。それよりも、まるで見世物みたいだ。鏡の前で失笑してしまう。


 そういえば昔一度だけ先生と見世物小屋に行ったことがあるのを思い出して私は口許を歪めた。あの時握った手。


 私は自身の掌に目を向けた。あの時より数倍大きくなったけれど何も掴めない。今ではひどく遠い気がした。


 あの時は満月だったように思える。窓から見上げる今日の月は淡く弓なりに輝いていた。


『ったく、色物好きって困るよなぁ? でもあんたの場合救われたんじゃねぇの?』


 何の前触れもなく響く低い声に私は弾けるように身を翻した。広くない部屋だ。入ってくれば誰かは分かるのだが。見渡す限り人がいた様子はない。沈黙だけが辺りを包んでいる。


 私は息を呑んで目を凝らしたが声の主などどこにも何もないようだ。静まり返った部屋だけがそこにはある。


「え?」


 気のせいだろうか。けれどそうではないと身体の全てが言っているようなきがするのだけれど。私は些か納得行かない気分で見を翻すーー。


『あのままじゃ拷問だ。酷いのは知ってるだろ? 特に女の身で耐えられるもんじゃねぇ』


「――きゃ!」


 鼻先に突然現れたそれに私は小さく悲鳴を上げ思わず飛び退いた。その所為で足が絡み床に身体を打ち付ける。豪華な首飾りは壊れ宝石はばらばらと床に転がった。


 鈍い痛みを感じながら私が顔を上げると、そこには気のせいではない。青年が立っていた。窓を背にした大きな男。武人風の厳つい顔をしていたが笑顔は人懐っこく見える。麻で出来た衣服は酷く薄汚れていた。


 一目で分かる。


 彼は人間ではない。その輪郭はどこか薄く空気と溶け込んでいるように見えたからだ。


「……お迎え?」


 見たことも無い。知らない男。ぼんやりとそんなこと呟いてみるが彼は鼻先に不快そうに皺を寄せる。


『そんなわけないだろが? 俺は項弦だ。「呂 項弦」よろしくな。嬢ちゃん』


 呂――どこかで聞いたことがある。その名前も。どこだろうか。いまいち思い出すことはできないが。


 差し出した手。それに重ね合わせるが当然何の感覚も無い。冷たい風の感覚だけが掌を抜けていく。


「はぁ。――ええと。何か? ゆ、幽霊?」


『助けに来たに決まってないか?』


「幽霊だよね?」


 サラリと言う男に私はもう一度強調して半眼で返した。いったい幽霊が何の助けになるのだろうか。しかし、と私は内心感心していた。このような類には初めて会ったけれど思ったほど案外怖くないものだ。


『……かわいい親友の為に助けに来た俺を侮辱するとはいい度胸だ。小娘。色気一つ無いくせに』


 彼はにっこりと私に笑いかけたまま暴言を吐く。『小娘』と『色気』に当然苛立たしく感じたのは間違いない。だがそんな事よりも『親友』という言葉に私は反応して思わず彼の両眼を覗き込んでいた。


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