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真紅の仙2

 すべては先生が去った翌日に始まっていた。私はその時までどうすればいいのか悩んでいた。悩むべきことではなかったのかもしれない。簡単なことだ。けれど私は先生を売りたくなど無かった。大丈夫だと言われても分からなかった。心配で、不安でたまらなかったのだ。そう息が詰まるくらいに。殺されてしまうかと震えてしまうくらいに。


 それからどのくらい経ったのだろう。信じるしかない。不安ながらそう思いついたと同時ぐらいだっただろうか。先生が付けて行った村の護りが音を立てて壊れたのは。私は自分自身の愚かさを走った。何もかも始まる前に、何もかも終わらせたかった。誰も死なないように。ただ先生だけが犠牲になることを脅えていたけれど。唇を固く結んで走っていた。


 ――けれど。頭に感じた鈍い音と共に私の記憶はいったんそこで途絶えている。


 次に目が覚めたのは轟音と熱風が吹き荒ぶ村の中だった。煌々と燃え上がる、見慣れた家。転々と転がる死体の山。血まみれでほとんど肉片になっている者もいた。


『う、動かないで』


 狂気で叫びそうなった私に耳元で諭すように声が聞こえたのを覚えている。掠れかけた声。息も絶え絶えな声に私が見るとそこには私と折り重なるようにして劉裕が倒れていた。幼さを色濃く残した顔だったはずなのに彼の頭は半分潰れているようにも見えた。どうして。と問う声に彼は薄く笑ったのを覚えている。ぽろぽろと涙をこぼしながら。


『ごめん。き、みに行って欲しくなく――って。あいつのところなんて言って、ほしくなくて。――ごめん。ごめん、こ。こんな。ことに』


 震える手が私に伸びてゆっくりと落ちた。護ろうとしてくれたのだろう。折り重なったのもその所為。死体として一夜過ごせばなにも無く逃げることが出来ると考えたのかもしれない、けれど私にはその頭はすでに無かった。


 深い絶望に私は身動きすることもできなかった。


「ほぉ? 嘘を? この余を謀ると申すか」


 声に私は目を開く。彼の居場所など言うつもりなど無かった。村が滅んだのは嫌でも私の責任だ。悩んだ結果だ。皆――結局劉裕が死んだのも私の責任。何もかも。護れなかった。誰一つ。何も。


 生き延びたくなんて無かった。


「心外です。私は事実を申し上げたまで」


 苦しい。悲しい。辛い。――怖い。生きているだけですべてに飲み込まれそうになる。けれど私はごくりと喉を鳴らした。自分になんて負けない。すべて終わるまで。この身が滅ぶまで。

 

 ――先生だけは絶対に守り抜く。


 ふわりと柔らかく笑って見せると国王は小さく嘆息を漏らした。


「まぁ、よい。向こうから来るだろうからな――が。この手駒は殺すには惜しい」


 金属が擦れるような音がして国王が椅子から滑り降りるように動く。彼は周りの者が止めるのも聞くことなくまっすぐに私の許にやって来た。息を詰めるような静寂にゆったりと刻む足音だけが響く。見上げるこの男は酷く大きく見えたが、何よりもその威圧に身に身が縮む気がした。


 皮の硬いごつごつした手。冷やりと冷たい手で国王は私の顎を乱暴に上げた。身の凍えるような薄い灰色の輝き。それはきっと私など映していない。『物』を映しているように見える。


 彼は面白そうに口許を歪めると私を放し、後ろに控える臣下に目を向ける。嫌な予感は何時もの事なのだろうか。誰もがいずれも何を言われるかと緊張した面持ちだった。


「後宮に上げよ――拷問して殺すよりかはよいだろう?」


 静かに響く声。


「――な?」


 そう言ったのは私が先だったか、臣下が先だったのかは分からない。大きく抗議を上げる者。口を噤む者。何かを考え込んでいる者。それらをすべて国王は一瞥すると、波打ったように静まり返った。


 押し殺したような沈黙に紛れるのは風景から聞こえてくる鳥のさえずりだけの様に思えた。


「これは決定事項だ。貴様らが首を出すことではないわ」


 軽く靴を鳴らすと身を翻す。その広い背中を私は茫然自失と見ていることしかできなかった。



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