真紅の仙
主人公交代します。凛視点です。
その建物の中は広かった。今まで生きて来た中、どんなものより広い。天井は無駄に高く天壁には美しい絵画が直接描かれていた。その天を支える柱は赤く所々に美しい彫刻が成されている。ここから見える景色はどこを見ても水墨画の様に美しい自然が広がっていた。
ここは『由』と呼ばれる国にある首都『関』。その中心にある『赤豊城』に私は居る。この国の王が住まうところ。そしてここはどうやら『謁見の間』らしい。私の後ろにはそれらしく軒並み眠そうな顔で国の官が並んでいる。
まるで私を値踏みし蔑むような視線が気持ち悪かった。
「小娘、頭が高いわ。我が君はもうすぐ参られるのであるぞ? 平民の分際で我が君に会えることを幸福と思え」
威圧的な声に私は顔を顰めて見せた。大体、会いたくて会いに来たわけではないのだ。後ろに控える官たちに叫びそうになったが、私は口を噤んだ。きっと何か言えば殺されてしまうのだろう。
死ぬのは怖くない。どうせ死んだ命だ。だけれど助けてくれた人もいる。命に代えながら泣きながら『ごめん』と言ったあの少年を私は裏切ることはできなかった。自分自身で捨てることができなかった。
だから私はまだここに立っている。
「――っ。」
じわりと込み上げる泣きそうな気持を押さえて唇を噛んだ。まだだ。まだ泣けない。泣くわけにはいかない。そうでなければ立っていられないそんな気がしたからだ。
握りしめた拳。連動するようにして幼い時の様につけられた手枷がカタカタと微かに鳴った。
「しかし小娘程度に直接会われるとは何をお考えか?」
一人の臣下がため息交じりに言うともう一人が『気まぐれだ』とせせら笑っている。私はそれを聞きながら落ち着かせるように息を吐いた。大丈夫。そう言い聞かせながら。
そんな事を考えていると奥の豪勢な扉が音も無く開いた。美しく着飾った女を引き攣れながら入って来る男。贅を凝らした美しい鮮やかな衣服からぱスルスルと滑るような音がした。
私は息を飲みこんでいた。この男が王だ。彼が歩くたびに『冕冠』と呼ばれる独特の帽子の飾りが波打つように揺れた。
「頭が高いぞ!」
誰の声だったか分からない。茫然と国王を見ていた私は声に合わせるように一度身体を震わすと、ほとんど反射的と言っていいほど慌てて床に伏せた。腕の枷が額に強く当たったがその痛みも感じることはできなかった。
一拍置いた後。
「――頭を上げよ」
低く声が響き渡った。それは澱みなく凛として威厳のある声だった。いかにも王らしいと言うのはこういう事かもしれないと思ったが、温かみなどは一つも感じることは無い。
顔を上げると謁見の間の中で一段上がったところに置いてある優美な椅子にその男は尊大に腰を掛けていた。大柄で細く切れ長の目。下あごを蓄えている三十代半ばぐらいの男だ。彼は私を値踏みするようにして見ると少しだけ驚いた様に眉を跳ねた。
「ほぉ? お前が仙の女か? なるほど趣味はいいらしい」
「――私は」
はっきり言って、このぐらいの騒ぎになっても『仙』と言う者が私には理解できなかった。『仙』と言う存在が何となく先生を指していると言う事だけは理解をできたのだが。でもどうしてこだわるのか分からない。
『俺を売れ』
強く耳に残った言葉に私は心臓が縮むのを感じて顔を顰めた。
「薄汚い口を閉じよ。赦した覚えはない」
限りなく冷たいぴしゃりと言われて口を噤む。どうやら勝手に喋ることは許されないらしかった。
「娘。仙はどこに?」
「存じません」
私は静かに言って瞑目する。




