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山村7

 やめてほしいと叫んだところで彼女には届かない。今から駆けてもあの少女の命には遠く離れたこの街からではきっと届かない。


 行ったところで凛の願いは叶わない。彼女の願いが俺を護ると言うことならばーー。


 こんなことなら五年前手を取らなければよかった。こんなことなら瓦礫の中でずっと眠っていればよかった。


 こんなことなら――。


 自分が酷く情けなくて、憎くて、噛み締めた奥歯からは血が滲んてくるような気さえした。


『愚かだな』


 ふと声が聞こえて顔を上げると、そこには項弦がいつもの麻の薄汚れた服を着ている。今の俺とそう変わらなかった。彼は俺の隣にゆっくりと腰を掛ける。


「項弦」


 ぼんやりと呟いた言葉は言葉になっていなかったのかいたのかよく分からない。それでも届いたはずだ。


『めそめそ。ガキじゃあるまいし。何歳なんだよ?お前』


 口を尖らせた。どっちが子供じみているだろうか。彼は続ける。


『お前は何がしてぇんだ?めそめそ、グチグチ。いつまでも過去と己にこだわりやがって。知ってたんだろ? 本当は。何もかも』


「な――」


 言おうとして項弦は俺を殴りつけた。とはいっても幽霊なので風が身体を通り過ぎるくらいだったが。悔しそうに拳を見つめた後で俺を睨んだ。まるで責めるように。


 仕方ない。起こった事実すべて俺のせいだ。俺は目線を地面に落とした。


『嬢ちゃんからわざわざ逃げたんだ。気付いてないって言い切るつもりか?』


 身体すべての細胞が反応したかのようだった。張り付くように動かなくなった身体はまるで肯定しているかのようだ。だが。肯定できない。するわけにもいかない。俺は真一文字に口を結んだ。


「俺は逃げて――」


 彼は低く畳みかけるように言った。


『逃げただろうよ。単純な話本当は戦えばよかっただけなんだから。俺はお前がどれだけ戦いにおいてすげぇか知ってるし。仙術なんてせこい性質じゃねぇ――認めろ。すべてはそこを認めなかったお前の責任だ』


 幽霊のくせに生前のようなまっすぐな目は俺から逃げ道を奪う。まるで蛇に見つめられた蛙のようだ。ジワリと汗が背中に滲むのを感じた。


 逃げ道を探しながら低く言葉を紡ぐ。


「俺は――仙だ。人より長い時間を生きてお前の死も見送った。お前がどう思ってるか知らないが俺は凛を」


 まだ言うのか。お前は。と呆れたように肩を竦める。


『馬鹿なのか? 御託はいいんだよ。仙がなんだ。人が何だ? 見えない未来になんか脅えてどうするんだ? 大切なのはお前がどうしたいか、じゃないのか? ――風雅』


「俺は……」


『それとも、このまま譲ちゃんを見殺しに?お前のおかしな意地のために、村の奴らと同じく殺すのか?』


 何がしたいのか。と問われたときに真っ先に思いつくのは彼女の艶やかな姿だった。


 助けたい。そう思った。何よりも誰よりも失くすのは嫌だ。触れたい。笑ってほしい。そう願う。


 本当は願ってはいけないのだとわかってはいても。そう願ってしまうのだ。


「俺は」


 どうしてか、と考える前に閉じた蓋はすでに開いているようだった。答えはとっくの昔にそこにあって見なかっただけだ。見ようとしていなかったのだ。


 とても怖かったから。


 未来の結果がとても怖かったから俺は避けていた。だけど。そんな事より『今』彼女をこの世界から失くすことが怖い。不謹慎でも見た時彼女だけでも生きていてくれることが嬉しかった。


「助けたい」


『……まぁ、まぁ。だな。及第点とはいかねぇけど』


 ぽつりと言った俺の声とは裏腹に豪快に笑うと項弦はゆっくりと立ち上がった。背中の強張りを取るかのように背伸びをする幽霊。なんだか不思議な光景だった。半透明の幽霊が午後の光を浴びる姿は。


『さ、じゃあ。かわいい親友の為に言ってくるかねえ? 何とかいろいろお前が来る前にごまかすことはできるだろうよ。こんな俺でもさ』


「――頼む」


 俺は搾り出すように言った。そして、『死ぬなとも』。どうしてそれを言ったのかは自身でも理解できなかったのではあるが。


 ただ。


 死んでるよと軽く笑ってから項弦は霞の様に消えてしまった。



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