欠落セシ思イ出ノ断片
タイトルが思い浮かばなかった(コナミ感)そしてぐずぐずのストーリー(震え声)
――――午後十時
「奏夜……奏夜ッ」
「うう……」
「……奏夜!」
聞こえてくるのは甲高い叫び声。
眼を見開き、辺りを見渡せば、そこは薄暗い部屋。
窓辺から零れる月明かりは、ピンクを基調とした部屋模様を淡く照らし、カーペットに長い影を映す。
小さな箪笥、大きなクローゼット。小綺麗な机と椅子。
壁に掛けられた同じ高校制服。
よく知っている、風景だった――――
「……奏夜。よかった」
「……沙紀」
眼を動かせば、そこには沙紀がベッドに横たわる奏夜の手を握りしめて蹲っていた。
「起きてる? びっくりしたんだから」
「す、すまない」
「奏夜の家から大きな声が聞こえてきて、それが奏夜の声で……私、いても経ってもいられなくて……」
「……」
「私……奏夜に何かあったら……」
「……悪い」
「バカ……バカ」
ギュゥウウウ……
ほっそりとした指が手の甲に食い込む。
そして咽ぶ声が部屋に響き、蹲って布団に顔を埋める先に奏夜は、おぼろげな意識の中、申し訳なさに顔をしかめた。
身体を動かせば、ギシリと全身が痛み、奏夜は上体を起こすままに顔をしかめる。
特に頭がズキリと痛む――――
「んん……」
「起きたらダメッ。わかんないけど奏夜傷だらけだったんだから」
「……」
見下ろせば、自分の身体があった。
節々に包帯が巻かれ、感覚を確かめるように指先を動かせば、痛みが頭の奥に走った。
痛みを覚えるたびに、胸の奥で、何かが息をするのを感じた。
何かが、身体の中にいる――――
――――封印魔術の構築が弱まっている……まったく。誰がこんな事を……。
(……誰だ……)
――――我は深淵の獣。魂の輝きを受け受肉せし者。
(悪魔……魔術……)
――――業の深い魔術師よ。望まずとも直ぐに会えるさ。
(ただの、人間だ……)
――――奏夜……我が主。
(俺は、ただの人間だ……)
――――我が愛しき……我が最愛の……。
「……奏夜?」
頭の内側から響く声が遠のき、奏夜はハッとなって顔を上げた。
そこには心配そうに覗きこむ、沙紀の今にも泣きそうな顔があり、奏夜は気まずそうに首をすぼめた。
「……すまない……いや、ありがとう」
「ううん……もう大丈夫?」
「うん……痛みは、あまりない」
「そっか……」
「……。何があったか覚えてるか?」
「こっちのセリフだよ……もう」
「ん……すまない」泣きそうな声に、奏夜は慌てて頭を下げる。
そうして自身が記憶している経緯を説明する事、五分。
「……エリィちゃんが、戻ってきたの?」
奏夜は話し終えると、コクリと頷いて、眼を丸くしてこちらを覗き込む沙紀に告げた。
「ああ……後、魔術がどうのと」
「……。そう言えば、昔からエリィちゃんってそう言うの好きだったから」
「……戯言じゃない。本気で魔術を扱っていた」
「魔法使いって事?」
「……わからん。そもそもあの女がどんな手品をしていたのかも」
「……」
沈黙が月明かりの闇の中に広がる。
奏夜は申し訳なさそうに、首をすぼめると絆創膏の貼られた頬を気まずそうに掻いた。
魔術、と言っても通じるわけがないと思った。
「……でも」
「ん……」
「奏夜が元気で良かった……」
ギュッと手の甲に食い込む小さな手。
振り返れば、沙紀は月明かりに目を細め、微笑んでいた。
奏夜は惚ける。
それでも、握りしめた彼女の手を強く握り返す――――
「……心配、掛けた」
「ううん……」
「……また、ここにいていいか?」
「うんッ」
涙を眼に浮かべ頷くと、沙紀はスッと立ち上がった。
小さな手が手の中から離れていく寂しさに、奏夜は僅かに眉をひそめつつ、踵を返す沙紀を見つめる。
「どうした?」
「私、おじさんに連絡してくる。奏夜がここにいてもいいかって」
「別に一日ぐらいだったら、話さなくても……」
「ずっとがいいッ」
「……」
「また一緒に奏夜と同じベッドで寝たいッ。いいよね、奏夜ッ」
「……好きにしろよ」
「うんッ」
そう言って部屋から小走りに出ていく沙紀の背中を見つめ、奏夜は照れくさそうに髪を掻いた。
「まったく……」
ため息が零れ、奏夜は照れくささに顔をしかめつつ、窓の向こうを見つめる。
月明かりが夜の街に満ちていた。
閑静な住宅街は静まり返り、僅かな人気を夜の暗闇が押し込める。
人の息遣いすら聞こえてきそうだ。
満月が宵の空に浮かんでいた――――
(魔術……か)
――――微かに記憶が、頭をよぎった。
小学校のころから、両手に火を抱えて、夜に花火を上げている自分が、瞼の奥によぎった。
だけどソレは、何か木切れに火をつけていると思い込んでいた。
花火を遠くから見ているだけだと思っていた
けど、確かに身体は覚えている。
手に残る熱の感触。
身体の底から湧き上がる、力への衝動。
思い出そうとすれば、時々身体が熱くなって、うっすらと肌に何かが浮かび上がる。
――――魔術。
頭に思い浮かべれば、それだけで鼓動が高鳴る。
まるで自分の中に何かがいるかのような―――――
(……けど、魔術師だった記憶はない)
魔術師だと、自認てしいた記憶はない。
あくまで、ただ炎や水が少し扱えるくらいの認識しかなかった。
あの時エリスの言うように、凄い力を持つ魔術師だとは、記憶を探っても到底思えなかった。
記憶があやふやだった。
そもそも自分が何か不思議な力を使えることすら、エリスが来るまで忘れていた。
記憶がない。
思い出そうとすれば、眼の前が真っ白になっていく――――
「……俺は」
「奏夜?」
後ろから声が聞こえる。
「さ、沙紀!?」
パチンとスイッチの押す音と共に明りが灯る。
振り返ればキョトンとする沙紀が不思議そうに目を丸くしていて、小首をかしげていた。
「どうしたの? なんか変なものでも見えた?」
「ああ……いや、その……」
――――フィフテ、いやクトゥルスか……。
頭に聞こえる低い声。
ズキリと背中が痛み、奏夜は僅かに顔をしかめると、恐る恐る後ろを振り返った。
窓の向こうには、夜に沈んだ藤真市の光景。
もう巨大な影は街には浮かんでいない。
「……」
――――すぐに来るぞ……お前の力を再び奪いに。用心しろよ主よ。
「奏夜?」
「……悪い。なんか少し気が遠くなった」
声が遠のいていく。
奏夜は苦笑いと共に首をすぼめた。
「もう少し、寝るわ……」
「じゃあ一緒に寝よっか」
「なんで!?」
「いつも一緒に寝てたじゃんッ。いいでしょッ」
そう言う沙紀は既に髪は下ろしていて、パジャマ姿になっていた。
「い、いつの間に……」
「もう私が部屋出てから一時間もしてるよ。私もとっくに寝てたと思ってた」
「一時間……」
「ほらっ、つめて。私入れないじゃんッ」
パチンとスイッチを押し、消える明り。
沙紀は縮こまると、モゾモゾとシーツにくるまり奏夜を窓際へと押し込もうとする。
そうしてシーツが隣でこんもりと盛り上がる。
戸惑う奏夜の隣に体を横たえると、シーツから顔を出した。
「えへへ。奏夜とまた一緒に寝れるね……」
「いや……お前、もう高校生だろッ、こんな男と一緒に寝るとかッ」
「ダメ?」
「ダメです!」
「奏夜、パパみたい」
「そもそも親父さん許したのかよ!?」
「うん」
「うん!?」
「奏夜君だったら安心だってッ。お酒飲みながらニコニコ笑ってたよ」
「……」
「お父さんもバカだよねぇ」
「何を期待してるの!?」
「ほらぁ、寝るよ奏夜ッ」
「いたたたッ」
眼を剥く奏夜を、引っ張り込み沙紀は奏夜と川の字になってベッドに寝そべる。
そして衣擦れの音が部屋に響く。
二つの息遣いが唇の間に絡む――――
「えへへ……奏夜ッ」
ギュッとシーツの下に繋ぐ小さな手。
眼の前には、嬉しそうに綻ぶ幼馴染の顔。
幼い顔は湯上りでほんのり上気して、じっとあどけなくこちらを見つめていていた。
「二年ぶりだね。……前はずっと奏夜と一緒にベッドでこうしてたんだよ?」
「あ……あれはまだ子どもだったからッ」
「今も子どもだよぉ」
「お前……!」
「でも……あの時より少し大人になったかな?」
そう呟きながら、フワリとかおるせっけんの香り。
ギュッと絡む小さな手。
華奢な身体をよじるたびに足が絡む。
膨らんだ胸元が身体に擦りつけられ、繋いだ手が引っ張られて膨らんだ沙紀の胸元に吸い寄せられる。
「ね?」
「ね、じゃなくてだな……!」
そう呟きながら柔らかい感触が手の中に広がる。
少し尖った心地が手の平に感じ、擦れば、沙紀の頬がほんのりと赤らみ、少女は眉をひそめる。
「んん……」
「いや……その……ごめんッ」
「ふにゅぅ……奏夜ぁ」
濡れた唇が近付いてくる。
逃げるにも脚が絡みついて動けない。
奏夜は強く目をつむる――――
「沙紀……!」
――――身体が熱くなる。
「眠ってくれ……!」
「あ……」
「……」
「……すぅ」
「――――寝息……?」
聞こえてくるのは小さな息遣い。
眼を開けば、そこには眠る沙紀の顔があり、奏夜は安堵に深いため息をついた。
(はぁ、まったく……ん?)
ふと手元を見下ろせば、そこには乳房を掴む自分の手。
その肌は、僅かに蒼く光を放っていた。
その文様は、かつて、どこかで刻まれたのか、傷をなぞるように描かれ、輝きを放っていた。
――――お兄ちゃんはね、魔術師なの。
ドクン……
心音が静けさの中に響く。
身体が熱い。
まるで内側から何かが溢れ、堰を切りそうだった。
「くそっ……記憶が、ないのに……」
「にゅぅ……奏夜ぁ」
「……」
寝息が掛かる。
あどけない寝顔が眼の前にあり、奏夜は目が覚めて眠れず口の端を強張らせた。
身体をよじれば少女の胸元に手が埋もれ、膝が眠る沙紀の股の間で擦れる。
その度にヒクリと少女の肌が震え、僅かに上気する。
「はぅ……奏夜ぁ……」
「沙紀……」
「んん……奏夜、好きぃ……大好きぃ……」
(……。眠らせたのは、いいけど)
動くに動けず、奏夜は力なく目を閉じた。
(これが魔術、か……)
――――まだ、身体が熱かった。
ドクン……
全身の血の気が巡り、溢れだす感情を抑えようと強く眼を閉じると、視界の端が血走って滲んで、脈打った。
そして脈打つ瞼の奥に、あのへらへらと笑う妹の顔が浮かぶ。
(あのアバズレ……今度会ったら……!)
――――殺すか?
闇の底から声が響く。
その声に、奏夜は眉を潜ませると、瞼を閉じながらギュッと膨らんだ乳房に埋めた手に力を込めた。
「ふぁ……んんん……」
(尻でも叩いてやるさ……血が滲むくらいにな)
――――クハハハハハッ……お前らしい……!
(お前はなんだ……俺に何を望む?)
――――お前に会う事。
(どういう事だ……?)
――――お前はどうなんだ? 我に何を望む? 世界の破滅か?
(……俺は、何もを望まない)
――――ならば望め。世界と深淵を繋ぐものよ……我を望め、力を望め。
(……悪魔め)
――――我は、いつでもお前の傍に……愛しき主よ。
声が遠のいていく。
腹に籠る怒りで、眼の前の興奮を払うようにして、奏夜吐きつく目を閉じると眠りについた。
それでも興奮に心臓がドクドクと脈打った。
今にも走り出してしまいそうなほどに――――




