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深淵の獣と封印の魔術

話の筋はかなり強引。でもこれくらい強引でも話がまとまらない感じがするので、仕方なく。

 




 憎悪と悪寒が頂点に達し、どっとあふれ出す汗。


 そこにはリビングのソファーに座り、こちらに振り返る、同じ銀髪の少女がいた。


 血のつながった自分の妹、エリス・オズワルドだった。


 リビングの入り口に立ちながら、奏夜は声を枯らして、背中をわななかせた。


 殺したいほどに、強く―――――


「……」


「お部屋広いね。お父さんと二人で住んでるの?」


「……エリス」


「はい?」


「アバズレと一緒に出ていったはずのお前がなんでここにいる?」


「お兄ちゃんに会いたかったから」


「ふざけた物言いだ……」


「一応我が家に帰ってきたんだけど?」


「お帰り……愛しい妹よ……!」


「ただいま、大好きなお兄ちゃんッ」


「反吐が出る……」


「そう言って眉間を寄せる顔も大好きッ」


「……」


 ――――以前と雰囲気が違った。


「えへへ、でも久しぶりだねぇ。四年ぶりだっけ?」


「……」


「お姉ちゃんももうすぐこっちにくるし、また家族で会えるよねッ」


 前は、眼に入るのにも顔をしかめていたはずだった。


 言葉を交わすのも躊躇う程の寒気があったはずだった。


 だが、眼の前の女は、三つ年下と言う幼さは変わらないものの、その物腰は柔らかだった。


 まるで、別人のよう――――


「おい……」


「へぇ、リビングも模様替えした。前の家とは大違いッ」


「エリィ」


「何? お兄ちゃん?」


 リビングを見渡し目を輝かせるエリスに、奏夜は少し眉を潜めて首をかしげると、訝しげに尋ねた。


「お前、何者だよ……」


「お兄ちゃんの許嫁ッ」


「殺すぞ……!」


「嘘だと思う?」


「吐けよ……」


「エリス・オズワルド。お兄ちゃんの妹だよ?」


「……」


「嘘だと思う?」


「――――違和感を覚える」


「そっか……じゃあもうすぐだね」


「何の話だ……」


「何でもないッ」


 何か呟いて俯いていた顔を上げると、少女、エリスは満面の笑みを浮かべテーブルの椅子に腰かけた。


 奏夜は汗の引いた髪を掻き上げると、拳を固めた。


「なんでだ。親父も言ったろ、敷居は跨ぐなって」


「らしんね」


「なんで来た……よっぽどの理由があるんだろうな?」


「お兄ちゃんに会いたいから」


「吐きそうだ……」


「昔から変わんないね、そういう人間嫌いな所」


「誰のせいだと思ってる、殺すぞくそアマが……!」


 クスクスと笑って妹のエリスは肩を震わせて、にじり寄る兄の顔を覗き込んだ。


「怖い顔。じゃあ、本当のことを教えるね?」


「おうよ……」


「私ね、お兄ちゃんにいくつか尋ねたかった事があったの。それによって今後の私の身の振り方も変わるし」


「……好きにしろ」


 奏夜は呆れてため息を零そうとしたところ――――


「お兄ちゃんは魔術って知ってる?」


 ――――ゾクリと背筋に寒気が走った。


「魔術。封印魔術って言葉。記憶にない?」


 知らない言葉が耳から頭の中に入って言った。


 だけど、身体は覚えていた。


 何かが、身体の奥で疼いた――――


「……」


「お兄ちゃん?」


「……ない」


「――――やっぱり、か」


 そう言って少し憂鬱気味にため息を零しつつ、エリスは短いスカートから長い脚を伸ばして組んだ。


「お兄ちゃんってね、昔は魔術師だったの。それも凄い力を持った封印の魔術師」


「……」


「覚えてる?」


「知らん……」


「うーん。揺さぶりかけてもダメかぁ。これは、随分と吸われたみたいだねぇ……」


「何の話だ……?」


「お兄ちゃんは、昔ガンガン魔術を使ってたんだよ? 覚えてる?


「そう言う設定で漫画描くのか?」


「そうそう。突然身体の奥に眠っていた力が蘇って、魔王と対峙するお兄ちゃんとその妹の物語」


「三流もいい所だ」


「でも事実――――お兄ちゃんはかつて、強大な危機に立ち向かったことがある」


「戯れるなよ……!」


「けど、お兄ちゃんはまだ使えないからね」


 頭に青筋が走り、奏夜はにじり寄るままに、一歩を踏み出した。


「こんな風にはッ」


 ――――膨れ上がる炎。


 ボッと空気の破裂する音。


 一瞬だけ、炎が眼の前で弾けて、火の粉が埃の如く宙に舞い落ちた。


 残るのは、僅かに焦げる白い肌。


 スッと熱を帯びた頬を拭うままに、奏夜は苦い表情を滲ませた。


「……。何だよ今の」


「魔術」


「……」


「身体が疼くでしょ?」


 ――――図星だった。


 恐怖ではなかった。


 何かが身体の奥で渦巻いて、吐き出されそうだった――――


「よっと」


 惚ける奏夜を尻目に、ニッコリと微笑んで少女は立ち上がると、ぴょんと飛び上がってはスカートを靡かせた。


「おにぃちゃんッ」


「ぐぅ……!」


「足がすくんで動けないでしょッ。怖いもんね、火って」


 そう言って抱きつくままに、妹のエリィはニンマリと笑って後ずある奏夜の首元に顔を埋めた。


 グニュゥウウ……


 胸板に感じるのは柔らかい感触。


 トクンと重なる二つの心音。


 膨らんで跳ね返るような二つのマシュマロの弾力に、奏夜は目を丸くして身体をよじった。


「は、離れろ!」


「えへへぇ……結構大きくなったでしょ。もっとぎゅってしていいからねっ」


「お、大きいが……違う!」


「えへへぇ、お兄ちゃん昔からおっぱい好きだったもんね」


「ぐぅうう……」


「だからね、私頑張ったんだ。お兄ちゃんの為に毎日おっぱい自分で揉んで大きくして……」


「お、お前に何があった!? 二年前はこんな性格じゃなかっただろ!」


「ずっとこんな性格だよ? 忘れたのぉ?」


 意地の悪い笑みを滲ませつつ、頬を擦りつけるエリスに肌が泡立ち、奏夜は後ずさった。


「離れろ、クソ女……!」


「こっちはどうかな?」


「どこ触ってる!?」


「おちんちん?」


「触るなぁ!」


 そう言ってほっそりとした腕を解くと、奏夜は息を荒げて、綿毛の如く軽やかに飛び退くエリスを睨みつけた。


 少女はそのブロンドの髪を宙に漂わせ、床から浮かんだまま眼の前に立った。


「空飛んでるでしょ?」


「あ……」


 ――――頭が痛い。


「思い出した? お兄ちゃんも魔術師だって」


「うう……鳥だって、空は飛ぶものだ」


「人は飛べないよ?」


「飛べるさ……」


 ――――何かが、出てくる。


「私達はね、昔から封印魔術の家系なの。……お兄ちゃんだって例外じゃない」


「ぐぅ、知らん……帰れ、お前の顔なんぞ見たくもない」


「いや。私にはお姉ちゃんに負けないくらい、欲しいものがあるもん」


「だったらソレを取りに行け、ここに立ちよるな!」


「だって眼の前にあるもんッ」


 そう呟くその笑みは口元に意地悪っぽく浮かべる。


 だがその瞳は、獣のようにぎらつき、右手を後ずさる奏夜に向けて、エリスは息を吸い込む。


 濡れた唇が小刻みに動く―――


「フォルテ・アトラ・グラマテ――――古の呪印の規律を今ここに目覚めさせよ」


 炎が小さな手に集まる。


「なんだよそれ……」


「今からお兄ちゃんの身体をこの炎で焼きます」


「そんなに俺を殺したいか……?」


「まさか」


「やれよ……」


 ――――闇の底から這い出そうとする。


「ならせめて、お兄ちゃん、力に目覚めて……」


「……くそったれ」


 炎が大きくなり天井が焼け焦げて、火の粉が舞い落ちる。


 青年は後ずさって、息を吸い込み、顔をしかめることしことしかできない。


 眼をつむって祈るしか――――



 ――――闇に輝く光よ。



 エリスの手から飛び出す巨大な火球を前に、奏夜は息を凝らしその両手を眼前にかざす。


 奇跡が起きるように――――


「……出てきた……」


 ―――頭の中に聞こえるのは、闇を這いだす獣の足音。


 眼の前ではじけ飛ぶ巨大な火球。


 飛び散る火の粉は紅い雪となり、後ずさる奏夜の蒼い瞳を茜に濡らした。


「な……」



 ――――闇に魂を深く沈め、そして闇の底に希望を求めるか。



 虚空に浮かぶ、円形の奇妙な文様。


 それは翳した奏夜の両手の先に、身を守る盾の如く空中に光を放ち刻まれた。


 そして、その円陣の奥から『腕』が一本伸びていた。



 ――――ならば、我がお前をその望み叶えよう……!



 獣のように毛深く、丸太程の太さもある大きな右腕。


 表面は紅い毛並みで覆われ、人間をも軽々と鷲掴みにできるほどの巨大な手の平は焼け焦げていた。


 その手は文様から飛び出し、奏夜を護り、立ちつくすエリスを捉えていた。


 這い出ようとしていた――――


「深淵の闇……」


「……なんだ、こいつは?」



 ――――我は『世界』の底にありし者。



 頭に声が響く。


 ソレと共に頭痛がやってきて、奏夜は頭を抑えると、その場に蹲った。


「……いでぇ……」



 ――――我は力、我は知恵。ありとあらゆる存在の底にありし者。



「くそ……!」



 ――――我は、汝の魂の叫びを受け受胎せし者。故に影、故に闇。



「喋るな……くそぉお……!」



 ――――我を呼べ、我が名は深淵なるもの、我は、深淵の獣!



「喋るなぁあああああああああああ!」


 頭を抑え奏夜は『声』をかき消す様に叫ぶ。


 そして意識が途切れて、闇へと引きずりこまれた。


 ゆっくりと心が闇の底へと沈んでいった―――ーー


(何が……どうなって……)


 ギュッ……


 闇の中で、何かが手を掴んだ。


 ソレは、とても小さな、子どもの手だった――――


 ――――ようやく……会えた。


 闇の底で、誰かが微笑んだ。


 暖かくて、心地よくて、闇の底で、奏夜はその手を強く握り返して、引っ張った。


 その手の感触は、どこか懐かしかった。


(沙紀……さ……き)


 どこかで、出会ったことのある――――






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