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夕闇の帰り道

 夕方。


 影が二つ、並んで駅までの長い坂道を歩いていた。


 二つの影は伸ばした手を重ねていた。


 ほっそりとした指先が絡んで、手の甲の手袋に食い込んで、汗が額を伝った。


「……あちぃ」


「いいじゃん。最近全然奏夜手を繋いでくれなかったし」


「恥ずかしい……」


「恥ずかしいから暑いの?」


「そうだよ……」


 そう言って自分の帽子を被せた沙紀の頭を軽く撫でる。


 被せた奏夜の帽子は大きく手少し隠れていて、ポニーテールを揺らしながら、沙紀は俯きがちに口を尖らせた


「だって……奏夜。最近冷たいもん」


「そんなことないよ……」


「うそッ。クラス一緒なのに、喋った回数なんて今週だと十回だよッ」


「数えるなよ……」


「だってぇ……」


 グッと身体を寄せて上目遣いに恨めしげに覗き込む沙紀。


 プクッと膨らんだ頬っぺたが夕焼けに赤らむ。


 眉を潜めて口をすぼめる少女の唇に、奏夜はため息交じりにソッと指先を添えた。


「ふにゃ……」


「可愛くて声かけづらいの……」


「……本当?」


「さてな……」


 少し濡れた唇を僅か指でぬぐうと、奏夜は肩をすぼめるままに惚ける沙紀の手を繋いだ。


 ギュッと指が絡みつく。


 いつもより強く、いつもより距離が近い。


 肩がこつこつ当たって、時折沙紀は顔を肩に擦りつけて、気だるげに歩く。


 息遣いが胸に響いた。


「……歩きづらい」


「……。いいじゃん」


「良くない……」


「……奏夜ってさ」


「ん……」


「私の事、キライ?」


「……だったら手なんて繋がないし、お前と会話なんて交わさないし、触れたいと思わない」


「……そうなの?」


「そうだよ……」


「……」


「……」


 ほっそりとした肩に提げた鞄が揺れる。


 影がより深く重なり、指先が手の甲に食い込み、熱っぽい息が混じり合って夕焼けに溶けていく。


 息遣いが重なり、少女は僅かに項垂れて胸に手を当てる。


「――――奏夜……」


「ん」


「……あのね」


「――――言わんぞ……」


「……」


「恥ずかしいからな……」


「……バカ」


「帰ろう……送っていくよ」


「家近いくせに……」


「どうせなら部屋まで送ろうか?」


「ん……」


「ったく……」


 降りる坂は長く、沈む夕焼けに影が伸びていき、駅に着くころには夜が降りてきていた。


 電車には人気がなくて、二人は長椅子の隅で肩を重ねる。


 少し汗ばんだ匂いが絡んだ。


 少しして電車を降りて、夜道を歩く足音が街中に響いて、無言の中息遣いが響く。


 手を引っ張るように、青年は街灯の下を歩く――――


「……ここでいい」


「おう」


「ありがと……」


 そう言って止まった先には一軒の家。


 隣は奏夜の自宅で、奏夜は門扉を潜る沙紀の背中を見つめながら、複雑な表情を滲ませた。


「あのさ……」


「え?」


「……。俺、図書館いく」


「……」


「また明日、図書館に、行こうと思う……」


「――――え、駅で、待ってていい?」


 とたんに目を輝かせて長い黒髪を振り乱して振り返る沙紀に、奏夜は照れくさそうに鼻先を指で掻いた。


「なら……また明日、メールする」


「ん。おやすみッ」


「……期待するなよ」


「ううんっ、すっごい期待するッ、おやすみッ」


「おやすみ……」


 満面の笑みを浮かべて手を振る先を横目に、奏夜は肩越しに手を振り背中を向ける。


 そして自分の家の門扉を潜りながら、汗に濡れた銀髪を掻き上げ、思い出す。


「……帽子。忘れたや」


 彼女のことを思い浮かべながら、奏夜は家の玄関を潜る――――


 ――――悪寒が走った。


(なんで……?)


 ――――靴が一足増えていた。


(……まじか。絶対にこっちに来ないものだと)


 見慣れた靴だった。


(くそが……)


 なぜ、かは問わない。


 ただ苛立ちの身を募らせつつ、奏夜は息を切らして、慌てて靴を脱ぎリビングと床を蹴りあげた。


(どの面下げて……どの面下げて)


 怒りにチリチリと痛みが瞼の奥に走る。


 胸の奥から吐き気がこみ上げる。


 汗の滲んだ手で、奏夜は背中をわななかせ、リビングのドアを開き、中へと一歩を力強く踏み入れる。


 そしてソファーに腰掛ける背中に目を見開く――――


「あ、お帰りお兄ちゃんッ」


 そこには妹がいた。


 何も変わらない――――オズワルド家の二女がこちらに振り返っていた。


 奏夜はぞっとした。


 その存在が日常を破壊するものだと、本能的に感じていた。


 やがて自分の世界観すら壊すものだと――――


「エリス……!」


「お兄ちゃんッ」


 吐き出すような低い声に、エリスは微笑んだ。


 怪しげな笑みが紅い瞳に映った――――



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