表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

夜明けの地平に願いを込めて<2017年8月26日>

 闇が眼の前に広がった。


 僕の意識は暗い底にあった。


 何もなかった。


 ただ、眠りだけが広がった。


 このまま死ぬのか。


 消えていくのか、僕は……僕は……。


 ――――奏夜、さぁ、起きなさい。


 誰かは、わからなかった。


 闇の中に聞こえるそれは、母親のような、懐かしい友達のような少し低くて優しくて、暖かい声。


 ――――そうだ……お前は、ずっと我と共に。


 闇の中に、誰かが手を伸ばす。


 光の向こうへと僕を引き上げていく。


 瞼に、朝焼けが差し込む――――


「……奏夜、奏夜ぁ!」


 ――――聞こえてくるのは、悲痛な声。


 眼を開けると、そこには沙紀が泣きそうな顔で僕の顔を覗き込んでいた。


 ポタポタと涙が零れて僕の顔に当たった。


 暖かい。


 彼女は、目の前で生きているんだ。


「……沙紀。生きてる?」


「バカぁ! こっちが聞きたいのよッ。奏夜、急に倒れて……」


「……」


 ――――記憶があやふやだった。


 確か、大きなお兄さんが靄の奥からあられて、光って、それから沙紀が起き上がって。


 その後、逃げるように教室から出て――――


「……ここは?」


「屋上……奏夜がここまで連れてきてくれたんだよ?」


「そうなの……?」


「そうだよ……! なのに、急にここにきて倒れるんだからッ」


 起き上がるままに、周囲を見渡す僕に、彼女は眼を擦りながらすすり泣きつつそう言ってくれた。


 振り返れば、そこには屋上の入り口。


 何か大きな力でドアが破れて床に転がり、ドアの奥には、未だに黒い靄が渦巻いていた。


 だけど、こちらには入ってこない。


 なぜ―――――


「あ……」


 ふと足元を見下ろせば、そこには長い影。


 振り返れば、街のビルの向こうから朝日が昇って光が覆い被さるように、街に押し寄せてきていた。


 茜色に色づく空。


 景色が熱と色を帯びて、朝が街全体に広がっていく。


 夜明けがやってきていた――――


「……」


 もうしばらくすれば、靄は消えるだろう。


 そんな予感がして、僕は立ち上がると、フェンスに覆われた屋上から朝日を見つめた。


「――――終わったね」


「え?」


 駆けよる沙紀を横目に、僕は少し照れくさそうに笑みを滲ませると、彼女の手を取った。


 そして強く握る――――


「肝試し……終わったね」


「ん……怖かった。凄く」


「……だね。ぼくも怖かった」


 言葉が互いにとぎれとぎれだった。


 昇る朝日が滲んだ。


 声が、少し震えた。


「僕……やっぱり怖いや」


「何が?」



「……沙紀がいなくなるの」


「――――私も、奏夜がいなくなるの、凄く怖い……」


「ん……」


「ずっと一緒にいたい……離れたくない」


「このまま、遠くに行けたらね……」


「うん……うんッ」


「……」


 今日は8月26日。


 もうすぐ、僕はこの街から去らないといけない。


 それで、彼女と離れ離れになる。


 いやだなぁ。


 いやだ。


「……沙紀」


「ぐすっ……何?」


 ――――だから、ずっと一緒にいよう。


「結婚しよう」


「え?」


 ポカンとする沙紀の顔を覗き込み、僕は少し照れくささに顔をしかめてそう言った。


 ギュッと握る手に汗が滲む。


 でも、離したくない―――――


「……ダメ?」


「で、でも……奏夜と私……小学生だし……その……」


「じゃあ、僕のファミリーネームだけでも貰って」


「で、でででもッ」


 沙紀は顔を真っ赤にして戸惑ったように、声を震わせて何度も首を振る。


「結婚なんてまだ早いよッ。私達小学生だよッ!」


「そんなことないよぉ。ただ沙紀の家でずっと一緒に暮らすってだけじゃんッ」


「そ、それは……」


「一緒にいたいから。僕は沙紀の所に住むッ」


「でもでもっ、奏夜すっごい格好いいし、ハーフだし、私なんかより可愛い女の子一杯見つかるし。


 向こうに行った方が奏夜、綺麗なお嫁さん見つかるだろうし、ダメだよッ」


「僕は沙紀といたい。だったら沙紀の家に住んだ方がいいよね?」


「ぜ、全然人の話聞いてない」


「だめ?」


「だ、だ……だっ」


 ――――願いは、想いに詰め込んで形になる。


 願うだけじゃだめだと思うから。


 行動しよう。


 多分、それは僕らが魔術師でなくてもできる、最高の行い。


「わ、わわわ私ね、私もぉ!」


「沙紀」


「……ふぇ?」


「手を出して」


「う、うん……」


「ちゃんと握って」


「う、うん……」


 ――――今は叶わないかもしれない。


 でも、未来では、そうじゃないかもしれない。とても、成功しているのかもしれない。


 だって、朝日の向こうには、何があるか分からないじゃないか。


「綺麗……これ……指輪?」


「今作った。……今願って、今叶えた」


「魔法で?」


「これはね、願いを込めた指輪。ずっと一緒にいられるようにって」


「奏夜……」


「ずっと一緒にいよう。願うだけじゃなくて、一緒にいよう」


「……うんッ」


 未来に繋がるために、今を実現させよう。


 願うんじゃなくて、叶えよう。


 僕ら人間には、その力があると、思うから――――


「僕ね、今日父さんにお願いしてみる。こっちに残っていいかって、頼んでみる」


「奏夜……」


「それで、もしこっちに残れたら、また一緒に学校に行ってくれる?」


「――――ハイッ」


「沙紀ッ」


「ウンッ」


「僕は、君が大好きだッ」


 朝日に頬に受けて、沙紀は涙を浮かべながら、嬉しそうに微笑んでいた。


「うんッ。私も……奏夜が大好きッ」


 僕は彼女の手を握りしめた。


 とても暖かった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ