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2017年8月25日


――――異臭がした。


 校舎の中は、既に吐き気がする程、肉が大量に広がっていた。


 沙紀が見えていないのが、幸運と思えるほどに、腐敗臭と腐った肉が廊下一面に広がっていた。


 窓にはびっしりと肉の膜が張り巡らされていた。


 天井からは紅い肉の蔦が垂れて、頬を叩いた。


 床には、ぶよぶよとした肉の塊。


 眼の前が紅い。


 間違いない。


 ここは異界だ。


 深淵の入り口、世界の裂け目がここにあった。


 おかしい。


 なんで、こんな大きな裂け目が出てきているんだ。


 こんな、何にもない小学校に―――――


「……そ、奏夜」


「大丈夫、僕から離れないで」


「……うんっ」


 ―――――ヒタヒタヒタヒタッ


 足音が遠くから聞こえる。


 さすがに窓にべったりと紅い手形が無数についていると、沙紀も周りの様子がおかしいのがわかる。


 繋いだ手が震えているのがわかる。


 今すぐ出よう。


 そう思ってさっき入り口を叩いてみたら――――


「と、扉があかない……!」


「……」


「奏夜……どうしよう、私達……」


 ――――異界の入り口が形成されようとしている。


 世界と深淵との接点が、この巨大な自然結界の中で作られようとしている。


 ソレはつまり―――――世界の終わり。


 父は以前言っていた。


 この世界そのすぐ外側には深淵が広がり、裂け目を見つけては、巧妙に入ってくるのだと。


 そして、世界が壊れていく。


 この肉のヒダは、その裂け目を埋めるために出来た血しょうのようなものだと。


 裂け目が広がれば、肉のヒダが大きくなる。


 おそらく、僕らは生き埋めになる。


「……屋上に行こう」


 ――――誰がこの結界を作ったのかは分からない。


 それでも、現世と異界の接点が薄い場所を探さないと、恐らく異界に取り込まれるか、この肉の塊の中で生き埋めになる。


 時間がなかった。


 早くここから出ないと――――


「奏夜……なんか、変だよここ……」


「大丈夫……なんとかなる」


 ――――僕のせいだ。


 魔法で足元を照らしながら、後悔と自己嫌悪に今にも頭を抱えて逃げ出したかった。


 でも、彼女だけでも助けないといけない。


 彼女だけは――――


 ――――愛しき主よ……逃げよ。


「え……?」


「何、奏夜?」


 声がした。


 どこか、懐かしいような、聞き覚えのないような。


 振り返ればそこには二階への階段を上がる沙紀の少し引きつった顔だけで、他に誰もいない。


 空耳だろうか。


 それとも――――


「……行こう」


 時間がない。


 頭にこびりつく声を払い、僕は怯える沙紀を連れて二階、そして三階へと上がっていく。


 だけど、階段を潜るたびに身体が重たくなる。


 分厚い靄が階段を覆っていて、それを潜るたびに、ズシンと何かが全身にのしかかる。


 まるで深海にいるかのよう。


 内臓がギュッと締めつけられ、視界が狭くなっていくのを感じる。


 心が、吸い上げられていく。


 気持ち悪い。


「かはっ……」


 当然、沙紀が耐えられるわけもなく、四階の階段前で、彼女は蹲って嘔吐く嵌めになった。


 青ざめた表情が汗ばんだ髪の奥から覗かせる。


 眼が虚ろで、涙すら出ないような横顔。


 限界だ。


「……休もう」


「で、でも……行かないと」


「教室に行こう……」


 首を横に振る沙紀を引っ張り、僕らは教室に入る。


 6年3組。


 いつも入っていた僕らの教室は夜のせいで薄暗く、それでも月の光でほんのりと明るかった。


 見渡せば、廊下に広がる肉の蔦や塊は見えない。


 もしかしたら、ここが裂け目の影響の薄い場所かもしれない。


 でも――――


(……出来過ぎている)


 微かな疑念を頭によぎらせつつも、僕は教室の隅に沙紀を横たえると、窓ガラスを叩いた。


 ガラリ……


 開いたッ。


 僕は窓から身体を乗り出すと、ベランダへと転げ落ちそうになりつつ外を見渡した。


「……まずい」


 裂け目の影響か、肉の塊が校舎の外へと逃げている。


 このままじゃ、ここらへん一帯が、多分異界へと飲みこまれるかもしれない。


 止めないと――――


「……沙紀は、ここに」


「そ、奏夜……」


 ―――――震えた声。


 滲むのは恐怖。


 眼を見開いて、振り返れば、そこには沙紀が立っていた。


 その背後には、巨大な化け物が沙紀の頭を掴んでいた。


 その身体は墨のように黒く、眼は見開いて紅かった。


 深淵の獣。


 父さんが前に言っていた、化け物――――


 ―――――ヒヒヒヒヒッ……ヤハリココニ来タァ……!


「そ、奏夜……助けて……」


「沙紀ッ、沙紀ぃ!」


 メキリと鈍い音が聞こえる。


 少女の頭が持ち上げられる――――


「いやぁああああああ!」


「沙紀ぃいいいいいい!」


 








 ――――頭が真っ白になった。









 気がつけば、血の海が広がっていた。


 沙紀が倒れていた。


 頭が割れて、血がドクドクと出て、眼が見開いたまま動かなくなっていた。


 死んでいた。


 死んで――――いた。


「あ――――――あああああああああああああ!」


 ―――――我が愛しき主よ。


「あああああああああああああああああああああああああ! あああああああああああああああああああああ!」


 ―――――我を呼べ。我が名は。


「がぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ―――――意識に闇が広がる。


 誰かが、呼んでいる――――――







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