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水底に深く手を伸ばして

 

 ――――針は九時を指していた。


「……月明かりよ」


 見上げれば半月が頭上に浮かび、見上げる奏夜へと降り注いでいた。


 カチリ……


 軽々と片手で持ちあがる刀。


 掲げた刃は水晶のように透明で、淡く注がれる月明かりを吸い込んで、乳白色に色づく。


 そして空気を震わせ、無刃・閻魔獄は、その力と色と魂を得る――――


「名を現せ……月影双刃・冥宝……」


 囁けば、呼応するように淡く刀は白く命を帯びて光を放つ。


 カチリ……


 鞘に吸い込まれる月明かりの刃。


 そうして刀を腰に溜めると、奏夜は振り返るままに辺りに目を細めた。


 誰もいない。


 そこは近くの公園。


 褐色肌の少女に介抱されて目覚めた場所と、同じ場所。


 そして、同じ黄昏時――――


「……」


 ――――まず私が見てくる。奴がいたらこっちに戻るから。


 エリスに待てと言われて、ここで待つこと二時間。


 奏夜は胸を掴む苛立ちを抑えつつ夜風を背に受け、公園の隅でぽつんと立ちつくしていた。


「おそい……」


 ――――二時間。


 既にエリスが傍を離れてから、それほどに時が過ぎた。


 しかし、公園に佇むのは、自分だけ。


 足音すら聞こえてこず、苛立ちと不安が頭をよぎる。


「……ったく、どうしたんだよ」


 風にかきあげる銀色の髪。


 手すりにもたれかかれば、夜の息吹が背中を押す。


 振り返れば、切り立った崖の向こうには、山と平地に囲まれた藤真市の夜景が広がっていた。


 ぽつぽつと明りがあたりに灯り、夜の深みとは対照的だった。


 さながら平地に漂う星明かりの様で、奏夜は風に靡く銀髪を抑えつつ、夜景を見つめて気を晴らす。


「……沙紀」


 言葉にすれば思いが募る。


 会いたい――――助けたい―――――奏夜は唇を噛みしめ、俯くとため息と共に夜景から目を背けた。


「おい……」


 刀の柄を握りしめながら、奏夜は呻く。


「おい……助けろよ」


 ――――だが、声は聞こえない。


 耳に響くのは風の音色。


 耳障りな艶めかしい声は聞こえず、背中を摩るような熱っぽい気配もなく、ただ胸に寂しさが走る。


 不安が胸をよぎる――――


「……くそっ」


「――――よぉ」


「……よくもノコノコと」


 風にはためくネクタイ。


 顔をしかめて振り返れば、そこにはくたびれたスーツを着込んだ初老の男がベンチに座っていた。


 街灯の明かりの下、ニヤリと笑って、こちらを見つめていた。


「調子はどうだ? 魔術師様よ」


「単身俺に喧嘩を売りに来たのか?」


「記憶を返しに来た」


「アンタの首を刎ねてから、返してもらうさ」


 そう言って、奏夜は冷たい表情で腰のベルトに差し込んだ刀を引き抜くと、柄に手を掛けた。


 初老の男、ゴードン・オズワルドは深いため息と共に首を横に振る。


「おいおい……俺は喧嘩をしに来たわけじゃないぜ?


「黙れよ……」


「俺はな、ただのホムンクルスだ。ホムンクルスっていうのがなんなのかは前に話したよな。ただの人形なの俺達。


 自分から喧嘩するって事はないし、自分で動くこともできんわけ」


「あの女か……!」


「言ったろう、喧嘩をしに来たわけじゃないって」


 黄昏を背に、顔をしかめる奏夜の足元に長い影が伸びる。


「……何をしに来た」


「二つ程伝えたいことがあってきた」


「……」


「聞けよ。やぶさかな話じゃないぜ?」


「なんだ?」


「一つは、今回の件、封印魔術師協会は一旦手を引くそうだ。まぁ本気のお前を敵に回したくないんだろうな。


 というわけで、もうここに残ってる封印魔術師は、俺達だけになった」


「なぜ伝える?」


「マスター・マリアの口ぶりからすれば、他の連中に口出ししてほしくないのが本音だ」


「ならなぜ、沙紀を巻き込んだ!」


「俺が知るかよ……」


 深いため息と共にうんざりとした様相でゴードンは顔を背けると、やれやれと言った表情で言葉をつづけた。


「というわけで、だ。さっさと来いよというのがマスターの言葉だ」


「あの女はどこにいる……!」


「お前が良く知る場所だよ」


「沙紀はどこにいる!」


「さぁな」


「沙紀を返せ……!」


「どっちだ?」


 ――――背筋に寒気が走る。


 ニヤリとゴードンは俯きがちに、笑って、立ちつくす奏夜に囁いた。


「……どっちだよ?」


「なんて言った今……」


「所詮湖に斧を落とした所で、貰えるのは金の斧か銀の斧、二つに一つってこと。両方もらえるとかあり得ない。


 まして沈んだ斧が戻ってくる事は、決してない」


「刀魂放気……!」


「――――凄い魔力だ」


 柄を握りしめるだけで、鍔の隙間から景色が歪むほどの衝撃が周囲に迸り、辺りの木々をしならせる。


 そして風が渦を描いて地面に罅が走る。


 膨大な力が溢れだして、眼を血走らせた奏夜の身体を包み込んでいく――――


「天蓋より堕ちし魂よ、月に充てられ、月に触れ、狂い震えて、命を焦がす。その愚かさ気高さを地の底より見せよ……」


「……マスター・マリアが言っていた。『片倉沙紀』を返してほしかったら学校に一人で来なさい。


 まぁ、もうお前の隣には誰もいないけどな」


「うるせぇ……ぶち殺してやる……!」


「九割ほどの魔力を削ぎ落されて尚その波動……恐ろしいわね」


 溢れだす力は奏夜の影を歪め、飛び退くゴードンを追いかけ、黒い靄が引き抜いた刀の鍔から溢れだす。


 そして対照的に乳白色に刃が光を放ち、辺りの暗闇を引き裂く。


 光と闇が交差するように、奏夜の両腕から溢れだす。


 奏夜は力を込めて刃を抜く――――


「引き裂け、夜影の獣よ……!」


「私を殺しても、おまえの『幼馴染』は戻ってこないぜ……?」


「月影双刃……!」


「じゃあ、取引だ」


 ――――カチリと引き抜こうとした腕が止まる。


「……」


「怖いわねぇ……」


 溢れだす光と闇は変わらず奏夜の周囲を護るように漂い、乳白色の刃が闇の中で輝きを放つ。


 黒い靄は変わらず、足元を這ってきていて、ゴードンは黒い靄を払いつつ周囲の木々に飛び乗った。


「俺があの女を引きつけるから、お前はその間に二人を助ければいい」


「何のためだ……!」


「封印魔術師協会はな、この世界を捨て置いた。だからマリア・オズワルドを含めて全員に帰還してもらいたいのが実情だ」


「その為に、あの女を連れて帰ると?」


「いつまでもお前にかまけて欲しくないってことだよ」


 そう言って、木の枝の上に立つゴードンを睨みつけ、奏夜は青い瞳を細める。


「何が望みだ……!」


「あの女を殺してくれないか? 最近人使いが荒くてうざったくてな」


「……」


「いや、ホムンクルスか、人造兵器か――――まぁどっちでもいいさ」


「振り子のつもりか。顔がニヤけているぞ……!」


「元々だぜ?」


「血が上っている……多少の戯言すら相容れぬ構えぞ……!」


 奏夜は再び刃を引き抜こうとする。


 肩から溢れる覇気は周囲の木々を吹き飛ばし、街灯をなぎ倒し、地面をめくりながら膨れ上がる。


「話せ……つまらん物言いなら一切残さず刻んでくれる」


「まぁ単純だよ。


 俺な、お前の記憶と力――――魂を封じている器だって言うのは、前に聞いたよな」


「……」


「そんな身分だからよ、向こうに帰ったら、身体バラバラにされてお前の魂だけ取り出されるわけ。


 そしたら俺はどうなる?」


 やや疲れた表情でそう言うと、ゴードンは首に巻きつけていたネクタイを外し、首をかしげてみせた。


「まぁ当然死ぬわな。ただ俺は死にたくないし、この世界で何も知らずにのんびり生きたいんだよ。


 俺の矜持だよ。知らずに生きることの幸せって言うのがどれほどありがたいことか」


「……くだらん」


「お前にとってはな。……だが俺にとってはそれが欲しい」


「――――その物言い、保身の為と言うのなら、素直にここから立ち去れ」


 鞘に吸い込まれていく黒い靄に白い月の輝き。


 小さなため息と共にゴードンから視線を外すと、奏夜は刃を収め、腰に刀を留め、地面を蹴りあげた。


「……二度と顔を出すな」


「どうする気だ?」


「お前と手を組むにはリスクがでかいし、言い争っている時間も惜しい。背中を穿ちたければすきにするといい。


 アンタにかまっている暇もない。言いたいことが分からないわけでもあるまい」


「記憶と力はどうするよ? 欲しけりゃくれてやるぜ?」


「好きにしろ。今は沙紀を助けたい……」


「格好いいねぇ」


 その言葉に奏夜はピタリと足を止めると、木から飛び降りるゴードンへと振り返った。


「――――本音を言うとな、邪魔なんだよ、あんた」


「?」


「沙紀は……俺一人で助ける」


「ヒーロー気取りかよ?」


「今も昔もそのつもりさ……」


 自嘲気味に笑うままに奏夜は踵を返す。


 そうして駆けていく奏夜の背中を眼で追いながら、ゴードンはまたベンチに腰掛けた。


 頬杖を立て、夜空を見上げて囁く―――


「惜しいねぇ。あのまま力を使えば、封印魔術師協会を全て牛耳れるのに。世界すら支配できるのによぉ。


 なぁ奏夜・オズワルド……」


 そう呟く声は寂しげで、ゴードンは深いため息と共に項垂れ、自分の足元を見下ろした。


 街灯の下。そこには自分の影が伸びていた。


 影は、ニヤリと笑っていた――――


「でもなぁ……やっぱり甘い」


 そう囁く声が聞こえた次の瞬間。


 ザァアアア……


 夜風と木々のささめきの中、ゴードンの姿は霧の如く消えていった。


「――――お兄ちゃんッ」


 タッタッタッタッ


 そしてそのすぐ後、足音が響く音が、木々のささめきに掻き消え、銀色の髪を結って靡かせ少女が走る。


 公園の奥に足を踏み入れ、誰もいない周囲を見渡す。


 薄暗い周囲に目を細める――――


「……お兄ちゃん?」


「そう、甘い……」


「え?」


 結った銀色の髪を翻し、少女は後ろを振り返る――――


「だから、大切なものを失う……」






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