表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/29

眠る記憶の水底<2017年8月25日>



「あ、奏夜ッ」


 夜の公園に集まったのは、二人だけだった。


 僕と沙紀だけ。


 他には誰もいなくて、暗闇の中にポツンポツンと街灯の明かりが灯るばかりだった。


 午後九時。

 

時折バイクの音が傍を通りすぎていって、けたたましさが聞こえる夜。


 汗が首筋を伝った。


 眼の前には、照れくさそうに微笑む少女がいた。


「えへへぇ……奏夜と夜に会うのは初めてだねッ」


「……部屋ではよくあってるよ?」


「外でッ」

「う、うん……」


 ギュッと手を繋ぐ感触が懐かしい。


 これが最後だと思うと、なんだか悲しいけど、僕は照れくさくてぎこちなく微笑んだ。


「じゃあ、いこっか……」


「うん……」


 僕らは手を繋いで歩きだす。


 学校は少し遠くて、ここからじゃ見えないけれど、歩けばすぐだった。


「学校……楽しかったねぇ」


「うん……」


すぐの、はずだった。


だけど、足取りは少し重たかった。


一週間後にいなくなる大切な幼馴染。


新しくなる周りの人達。


大切なものが、僕の手から零れおちていく――――


「奏夜、今も魔法って使える?」


「うん。後で見せるよ。暗いところも照らせるよ?」


「えへへ、だから今日は懐中電灯持ってこなかったッ」


「うん。ぼくが沙紀の前に立つね」


「うんっ」


「だから……」


「?」


「だから――――沙紀は僕の後ろにいてね」


「……うんっ」


――――寂しかった


僕は、ここにいたかった。


だから、出来るだけゆっくりとした足取りで夜の学校まで歩いて行った。


彼女も、ゆっくりと歩いてくれた。


同じ足取りで、同じ足音が誰もいない町に響いた。


手が熱かった。


「それでね、昨日はね、近所のおばちゃんがね、町内会の司会のお礼ってねスイカ一個くれたのッ」


「大きいねぇ……」


「後で奏夜に半分上げるねッ。お母さんが切ってまだ半分冷蔵庫に残ってるの」


「うん。ちゃんと食べるよ」


「――――来年もね、一緒に食べようね。今度は奏夜の家で一緒にッ」


「……うん」


「約束だよッ」


「――――うんっ」


「絶対だよッ」


 ギュッと指が手の甲に食い込んだ。


 痛かった。


 でも、彼女の手を、離したくなかった。


「……あ……」


 ――――見えてきたのは、大きな建物。


 四階建ての校舎。


 四百人ぐらいが入る大きな建物の周りには、広いグラウンドがあって、今も大きなトラックが白せんで引かれていた。


 藤真第二小学校。


 夜の学校の正門が眼の前にあり、その奥に大きな校舎が見えた。


 見える、はずだった。


「――――」


 そこには、巨大な闇が広がっていた。


 ぶよぶよの肉の塊のようなものが、校舎全体を覆って、正門から流れ出していた。


 質感はなく、蜃気楼の様なものだけど、確かにそこには黒い靄が広がっていた。


「……どうして」


 ――――魔法使いの父からよく知らされている事だった。


 世界の向こう側にある生き物。


 世界と世界の狭間、その深い所に澱む大地。


 全ての光を透過する水晶の世界。


 全ての光を反射する鏡の世界。


 全ての光を受け付けない、闇の底。


 深淵。


世界の底に広がる、魂の輝きすら受け付けない最初の暗闇が眼の前にあった。


「どうしたの奏夜?」


「……」


 ――――沙紀には見えていなかった。


 どうしようと、迷った。


 危険だ。


 頭の中でリフレインする警告音。


 下がれと、逃げろと頭が叫ぶ。


 退けと――――


「奏夜?」


 ――――一緒にいたい。


 胸が張り裂けそうだった。


 このまま、終わりたくなかった。


 このまま、逃げ出したくなかった。


 ――――この闇は、ソレほど危ないものではないと、聞かされていた。


 なんとかなると、勘違いしていた。


 離れたくなかった。


 ずっと一緒にいたかった。


 この時間を終わらせたくなかった。


 だから――――


「……なんでも、ない」


「?」


「行こうッ。沙紀」


 ――――だから僕は正門に一歩を踏み出した。


 僕は、沙紀を連れて、黒い靄に覆われた校舎へと歩いて行った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ