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夏休み七日目:変わらぬ景色、変わらぬ日常。

暑い・・・

 

 藤真市。


 東京市街から離れたこの街は、東武線の沿線走る真新しいマンションや住宅街が立ち並ぶ閑静な街並みだった。


 山を切り崩してできたそこは、武蔵野市と場所を似する小さなニュータウン。


 夏色の鮮やかな山並みと風に稲穂揺れる田園風景の合間を縫うように聳えるビルやマンションを、電車が横

 切っていく。


 図書館は、街の中心から一駅向こうだった。


 騒がしい街並みは直ぐに山の景色塗り変わっていき、電車に五分と揺られて、扉が開けば、なだらかな山を切り崩した住宅街が広がる。


 駅に降りれば、熱気が風と共に身体を貫き、ため息が零れる。

「うう……」


 身体を舐めるような湿気を含んだ熱波にうんざりとうめき声が漏れ、電車のけたたましい走行音に掻き消える。


「やれやれ……」


 暑さに団扇を仰ぎつつ、誰もいない無人駅を青年、奏夜・オズワルドが歩き始める。


 小さな駅だった。


 直ぐに改札が見えて、駅員はいなかった。


 自分の足音が、耳に響いた。


 思わず、イヤホンで音楽を聞きたくなるほど、静かだった。


 改札を通れば、更に日差しが加わり、帽子をかぶりなだらかな住宅街の坂道を登る。


 フワリ……


 ふと背中を風が叩いた。


 振り返れば、そこには坂道の向こうに広がる街の景色があった。


 見渡すばかりの田園風景。


 遠くには山。


 その向こうには、頂から顔を出す大きな夏の雲。


 何も変わらない――――いつも通りの夏の景色が眼の前に広がっていた。


「あちぃ……」


 夏風に背中を押され、奏夜は汗を拭いつつ、田舎風景を背に再び坂道を歩いた。


 途中、虫とりに駆けていく子どもたちを横目に、静かな街並みは続く。


 そして五分。


 歩き続けて見えてきたのは、藤真市立の大きな図書館だった。


 山間と住宅街の際目にできたその図書館は、青々とした景色をバックにした綺麗な建物だった。


「ふぅ……」


 脱いだ帽子でパタパタとしていた奏夜が入り口のカウンターを抜け、館内へと足を踏み入れる。


 冷房が利いていて、汗がすぐに引いていく。


 涼しさは奥に行くほどに深まり、退いていく汗を拭いつつ、奏夜は館内を歩きつつ、目当ての棚を見上げた。


 眼を細めながら、見上げる棚は自分の倍ほどの高さで、奏夜は備えつけの脚立を動かし本を探す。


 無数の背表紙に指を這わせること十分――――


(……。お、面白そう)


 見つけた本は、歴史本。


 まだ見たことのない世界に蒼い瞳が僅かに輝き、奏夜は分厚い歴史の解説本の背表紙に手を伸ばした。


「んん……もう少し」


 ――――足音。


 ガタリ、と続いて何かが崩れる音が響く。


「んぁ!?」


 図書館に響く間の抜けた悲鳴。


 小さな脚立がその場に崩れ落ちて、奏夜は背表紙を手に引っ張りつ虚空に放り出された。


 分厚い本を掴めば、隣同士になった本が続けて引っ張り出されていく。


 そして棚一枠分の本が倒れる奏夜の頭上に降り注ぐ――――


「ぐはぁ!」


 立ち込める埃の中へと沈む身体。


 眼の前が真っ白になり、意識が一瞬吹き飛ぶ。


 三秒後。


 気がつけば、頭上には図書館のライトがチカチカと瞬き、奏夜は身体にのしかかる重たさに顔をしかめた。


「……死ぬ」


「大丈夫、奏夜!?」


 聞こえてくるのは、甲高い叫び声。


 大量の本の下敷きになりながら、奏夜は眼だけ動かすとそこには見知った女が立っていた。


「……沙紀か」


「大丈夫!? 頭打ってない!? なんでそんな事になったの!?」


 太ももが露わになった短いスカートに粟立つ白い肌。


 クリっとした大きな瞳。


 フラリと長い髪は後ろに結ってポニーテールが肩越しに揺れていた。


 小さな唇から零れるため息。


 幼い表情は不安そうになっていて、そこには幼馴染の早河沙紀が不安げにこちらを見ていた。


「びっくりした……大声が聞こえたから覗いてみたら」


「……お前、いつもここに?」


「た、偶々だよッ」


「……。夏だしな」


「う、うん……暑いから図書館に――――ってそんな事言ってないで、大丈夫なの奏夜!?」


 夏らしい露出度の高い服を着た少女が膝を折りこちらを覗きこめば、少し汗ばんだ太ももが眼に映る。


 うっすらと汗ばんだ下着が見えた。


 ピンクだった。


「……」


「奏夜?」


「なんでも……くそっ」


 奏夜は息苦しさに唇をかみしめると、蒼い瞳を反らし身じろぎした。


 すると、うず高く積っていた本は自然と崩れていき、重たさが和らいでいったが、それでも身体は本の山から抜け出せない。


「うう……くそ」


「早く掴まってッ」


「そんなことしなくても……」と言いつつ、奏夜は差し出された沙紀の手を取り、本の山から這い出す。


 ドサリ……


 這い出す際に足を打つ本の感触。


 沙紀の手に掴まり崩れた本の山から這い出しながら、ふと足元を見下ろせば、さっき取ろうとした本があった。


「……ったく。ありがとうよ」


「大丈夫?」


「おうよ……なんとかな」


 深いため息と共に取り上げた本は重く、奏夜はため息交じりに両手に歴史の解説本を持ち上げた。


 その分厚さに、沙紀は前かがみになって手元を覗きこむ。


「うわぁ……分厚いねぇ。奏夜、それ取ろうとしたの?」


「おう……」


「こんなの読んでるの? すごいねぇ」


「……。日本の歴史って実はあんまり知らないからな」


「私、日本史好きだよ?」


「俺は単なる趣味だよ……勉強とか関係なく日本の歴史を調べたいんだ」


「へぇ……」


「――――まぁ、できれば片付けるの手伝ってくれ」


「うんッ」


 躊躇いがちに頷く沙紀を促し、奏夜は積み上がった本の山を空の本棚へと戻していく。


「毎日来てるの? 奏夜は」


「ん……ほれ、脚立」


「ありがとっ」


 照れくさそうに頬を赤らめ微笑む沙紀。


 そうしてヒョコリと小気味よく飛び上がれば、短いスカートが舞い上がって下着がふと視界に映った。


「……バカ」


「え、何?」


「なんでもない……」そう言って奏夜は崩れやすい脚立を抑えつつ、本を収める沙紀を横目に見つめる。


 静かなものだった。


 足音は二人分しか聞こえず、息遣いも聞こえるほどだった。


「あ……」


「ん……」


 ボフッ……


 時折、本を棚に収めながら、肩がぶつかり、息が絡む。


 その度に奏夜は、ほっそりとした先の横顔を躊躇いがちに覗き込んだ。


「ごめん……」


「う、ううん……」


 頬を赤らめ長い髪を振り乱す少女の背丈は肩ほどで俯く横顔は幼く映り、胸元がシャツを膨らませていた。


 少し汗に濡れて、下着が見えて、奏夜は本を収めながら少し顔を背けた。


「……お前、少し汗かき過ぎ」


「外、暑かったから……」


「……」


「……見えてる?」


「ん……」


「……えっち」


「いいじゃん……見えるんだし」


「やだ……」


 そう言いながら、隠す仕草は特に見せず、俯きがちに沙紀は幼い顔を強張らせ本を片付ける。


 唇が半開きになって濡れたため息が漏れていた。


 その仕草に、胸が跳ねあがりそうだった。


 嫌悪感はなかった。


 指先が震えて、本が手元から零れおちそうだった。


「あっそ……」としか言えず、奏夜は顔をしかめると、小さなため息とともに本を棚に収めた。


「終わった?」


 気がつけば、全ての本が棚に収まっていた。


 沙紀は満面の笑みを浮かべて、前かがみに仏頂面のハーフの青年の顔を覗き込む。


「うんッ。奏夜のおかげだねッ」


「お前は頑張ったろうが、ありがとう……」


「えへへぇ……」


「……俺、本読みに行くわ」本を一冊取ろうとする奏夜のシャツを、沙紀は慌てて掴む。


 ギュッと掴んで裾が伸びていき、奏夜は熱っぽい手に首をすぼめ後ろを振り返った。


「……ったく」


「あ、あのね、私図書館で勉強してるんだッ」


「……。邪魔になるだろ」


「ついでに奏夜教えてよ、いいでしょ、ねッ」


「……お前の方が頭いいだろ?」


「いいからッ」


「……わかった」


「やったぁ!」


 沙紀は子どものように長いポニーテールを振り乱して小さく何度もジャンプする。


 その太陽のような笑顔だった。


 胸を掴まれそうで、奏夜は僅かに顔をしかめて眼を背けて歩き出す。


「ったく……変わらないな」


「えへへ。行こうよ奏夜」


「所で宿題どれくらいやった?」


「……」


「何故黙る……」


「ふ、二人でやればすぐ終わるよッ」


「手伝いかよ……」


「ほらぁ、行くよ奏夜ッ。一緒に勉強ッ」


「あいよ……」


 手を強く引っ張られ急かされるままに、奏夜はむくれ面の沙紀に引っ張られて、本棚の間から出た。


 ギュッと手を握る柔らかな感触が、奏夜には心地よかった。



 

例によって推敲なし。ぐずぐずだね

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