独白:名も知らぬ過去の呼び声
――――懐かしい、そう思えた。
「じゃあまず魂を輝かせて?」
「……どうやるの?」
「奏夜くん、本当に記憶戻った?」
「いきなりすぎる、さすがに……」
「むぅ……こっからかぁ」
難しい表情をした時の、少しムスッとした口元。
少しぎこちなく結った髪。
髪の色はすっかり変わって銀か栗色になってしまったけれど、それでもその艶やかさも長さも変わらない。
肩幅も、背丈も、あの時と変わらない。
声も、匂いも、口元も、丸い瞳も、何も変わらない。
小学六年生。
おそらくそれくらいだろうか――――あの頃の先が今目の前であたふたと踊っていた。
「奏夜くん、これ読んでみるッ!?」
「何それ?」
「深淵の魔術書ッ、ネクロノミコンの複写だよッ」
「――――その分厚いの、一週間で読み終わるのかよ?」
「徹夜でッ」
「……思い出した」
「ん?」
「俺、本読むのが苦手だったんだ」
「が、頑張ろうッ。眠ったら今度は私が一緒に添い寝するからッ」
「目的が違うよな……」
――――小学六年生。
小学校。
昔――――何か、ひどい事をしたような記憶がある。
八月……。
夏休みの最終週。
俺が――――引越しをする日だ。
え?
引っ越し?
誰と、どこに?
父親は?
母親は?
皆どこへ行ったのか?
俺は、誰なのか――――
「奏夜くん?」
「……いや、なんでもない」
――――君は、あの世界の奏夜くんだよ。
エリスはそう言った。
恐らく、元の父親は向こうの世界にいないのだろう。そしてこの世界に来た時、あのホムンクルスが宛がわれた。
そして、俺は一人だけになってしまった。
どうやって?
仮に俺が助けられたとして、なんでこちら側に保留になっているんだ?
相手が組織なら、無論そちら側に匿う、捕縛するのが筋だろう。
なぜ放置?
……仕組まれた出来事?
或いは、封印の魔術師と呼ばれる連中は、少なくともこちらの動向を知っている、近くで見ている。
誰か、近くに敵がいる―――――
「……ああ」
「どうしたの?」
「明日、少し図書館によっていいか?」
――――ふと、思い出した。
「うん……どうしたの?」
――――自分は、本が好きじゃなかった。
特に、父からよく読むように言われていた、何千冊の魔術書を読まされてから、本は、見るのもいやだったはずだった。
なのに……。
「もしかしたら……な」
「?」
「少し、思い出した気がしてな……」
――――エリスが帰って来てから、記憶が少しずつ戻ってきている気がした。
ただ、それと同じ時期だろうか。
断片的な言葉が、頭をよぎるようになった。
『誰も巻き込むな』
『あの八月の最終週』
『溢れだす深淵』
警告のような、後悔のような―――――聞き覚えのない単語ばかり、頭をよぎる。
なぜ?
唐突に思い浮かぶこの言葉と、ソレと共に再生される微かな記憶に、俺は時折戸惑いばかりを覚えていた。
いつの八月かはわからない。
いつの俺かは分からない。
だけど、いつの日か、俺は彼女にひどい事をした気がする。
誰かに、とてもひどいことをして、俺は――――
「……すごい。もう魔術が使えるなんて」
「……。本を読んだだけだよ」
「普通の人なら、眼に入れたら潰れてしまうのに……」
「つまらん才能だよ……」
「じゃあ、次はこれッ」
「あいよ」
「フィフテ、魔術書もっと出して。これだったらもしかしたら奏夜くん、勝てるかもッ」
――――八月の最終週。
その日、何があったのだろうか。
気になる。
エリスを――――沙紀を見ていると無性に。
「……なぁ沙紀」
「何、奏夜くん?」
「……六年生の時の夏休みの最終週――――覚えているか?」
「――――う、ううん……」
「そうか……」
何かあったのだろう。
記憶の向こうにある、世界。
それも、聞く必要があるだろう。
あの親父は『姉貴』の所に行ったはずだ――――ちょうどいい、締めあげて吐かせてやる。
俺の記憶を、全て――――




