背に浮かぶもう一人の君
そこは沙紀の家。
歩いているのは、二階の廊下。
いつもの調子。
いつも足取り。
いつもの足音で、二人は沙紀の部屋の扉を開けた。
暗闇が眼の前に広がった
「へぇ。こっちの私の部屋ってこんな風になってるんだぁ」
――――聞こえるのは、明るく幼い声。
胸を突く痛みに零れるため息。
奏夜は軽く胸をかきむしると、目を輝かせ沙紀の部屋に入り、内装を覗きこむエリスに、苦しげに顔をしかめた。
トコトコと小気味よく歩く背中は良く見るものだった。
その記憶すらも、塗り替えられたものだと知るまでは、それが真実だと考えていた。
奏夜は、深いため息と共に、苛立ち紛れに頭を書く。
「……エリス」
「何、奏夜くん?」
そう言って結った長い髪を翻し、エリスはキョトンと蒼い瞳を丸くしてこっちに振り返った。
その瞳は驚くくらいに蒼く、透き通っていた。
その髪はとても透き通る灰色をしていた――――
「……」
「どしたの?」
――――その小首を傾げる仕草は、今も変わらない。
小さな肩幅。
小さな手、つま先立ちで少し覗きこむくらい低い背丈。
子どもの頃の沙紀が、立ちつくす奏夜の目の前にいた―――――
「……」
「―――――信じられないって顔してるね?」
「……。覚えて、ないんだ」
「うん」
「どうしてこうなったか……自分の身に何があったのか」
「うん……」
「俺は……一体何者なんだ……」
――――手の甲に吸いつく冷たい感触。
前髪を掻きむしっていた奏夜は、顔を上げると、つま先立ちで覗きこむエリスに目を見開いた。
「沙紀……」
優しく微笑む表情は幼く、昔と変わらず――――エリスはギュッと奏夜の手を握りしめて宥めるように囁く。
「焦らなくていいよ。奏夜くん」
「……」
「大丈夫。私はずっとここにいるから。奏夜くんの傍を離れたりしないから」
「……沙紀」
「焦らないで……ゆっくり思い出せばいいからね」
「……ああ」
苛立ちが収まっていき、代わりに自己嫌悪が頭をもたげる。
奏夜は気恥ずかしそうに小さく頷くと、踵を返して部屋の中を歩きだすエリスの背中を眼で追った。
「うーんッ、可愛い装飾が一杯だね。ピンクメインだねぇ」
「……ああ。沙紀の趣味だからな」
「違うよ?」
「?」
「全部ね、奏夜くんが可愛いと思ってくれるから、少しだけ綺麗に飾ってるだけなんだよ?」
「あ……」
声を失う奏夜を横目に、沙紀は少し俯きがちに明りのつかない部屋を滑るように歩いていく。
「ホントはね、ピンクもそんなに好きじゃないの」
「……知らなかった」
「だって教えてないから」
「……」
「でも奏夜くんが前、可愛いって言ったからね。慌てて揃えたんだ」
そう言ってピンクを基調とした部屋の家具を指でなぞりながら、エリスは部屋の中見て回った。
「白とピンクの絨毯、こたつ、ベッド、勉強机。
お父さんにごねて、お母さんにしかられて、それでも少しずつお小遣いをためて揃えていったんだよ?」
「……」
「大好きな男の子がね、ずっと傍にいたから……」
「―――――」
「ぶっきらぼうで、そのくせ人一倍他人のことを心配する、銀の髪の綺麗な男の子……ずっと一緒にいた、大切な幼馴染」
「沙紀……」
「その子の為に、沙紀はね、とても頑張った。ずっとずっと頑張ってきたんだ」
風に囁くように一人呟き、懐かしむように、眼を細め、エリスはその手を部屋の隅の勉強机に伸ばす。
「片倉沙紀って女の子はね、そういう子なの……」
「……知らなかった」
「教えてないからねッ」
照れくさそうな笑みを零し、エリスは肩を落とす奏夜に振り返ると、床を蹴って奏夜に駆け寄った。
ギュッと手の甲を掴む手は少し冷たい。
奏夜は照れくさそうに顔をしかめると、覗きこむエリスのあどけない笑顔に首をすぼめた。
「……相変わらず、冷たい手だ」
「だって、奏夜くんの手が熱いから……私の手は冷たくないとね」
「……そうだな」
「ほら、入ってきて、お兄ちゃんッ」
「――――ああ……」
躊躇いに顔をしかめながら、奏夜はぎこちなく微笑みつつ、エリスに引っ張られて部屋に入った。
カーテンが引かれ、開く部屋の窓。
そうして月明かりが窓辺から零れ、夜風に靡く銀色の髪が淡く光を帯びる。
「うーん。風が気持ちいいね。こっちの世界は、夏が長くていいなぁ」
「……こっちの世界?」
「私の世界はね、もう夏もなくなっちゃったからね。冬も秋もないけど」
「……季節が?」
「世界がなくなっちゃったからねぇ……」
そう言って、窓辺に座るエリスに、奏夜は不思議そうに眉をひそめつつ、沙紀のベッドに座った。
沙紀は月明かりに目を細め、ため息交じりに吹きこむ夜風に髪を掻き上げる。
「もう。私の部屋もなくなっちゃったなぁ……奏夜くん、喜んでくれたのにな」
「……何があったんだ?」
「イブの祈り」
「……?」
「そう言う名前の、呪いかな?」
「イブの、か。しゃれた名前だな」
「――――その呪いを被り、世界は崩壊することになった」
そう言って振り返ると、エリスは窓辺で優しく微笑んだ。
「お兄ちゃん、前にも言ったよね。魔術って魂の輝きだって」
「あ、ああ」
「魔術ってね、所謂情報の集合体なの。物質であり、定義であり、方程式であり、行為。
あらゆる情報を結合し分解し、再構築する。そうしたあまねく情報の連続性を実体化する行為なの」
「……魂の輝きの方程式化、か……」
「思い出した?」
「少しだけ……」
「だけどその情報が過多になればどうなるか、わかるよね?」
そう言って手招きをするエリスに誘われ、奏夜は部屋の中へと足を踏み込んだ。
ガチャリと風の勢いのままに閉まる扉。
そうして薄暗い部屋の中、月明かりに目を細めながら、奏夜はベッドに腰を落とす。
そして窓辺に浮かぶ少女の影に目を細める。
「……情報の過多は、人に悪影響を与える」
「私が使う論理爆弾は、イブの祈りの一部を利用したの。敵に過剰に情報を送り込み、相手を処理不能なまでに陥らせ、自己崩壊させる。
私の世界はそうやって消えたの。処理不能になり、あらゆるものが現状を保てず、崩壊した」
「……」
呆然とする奏夜に、エリスはハッとなると気まずそうに微笑むままに少しだけ首を横に振った。
「もちろん、情報の過多で世界が自己崩壊を起こしたわけじゃないの。それはね、単なる綻びだった。
次にね、世界に大きな災厄が起きた」
「なんだ?」
「奏夜くん、あの男から深淵ってなんだって聞いた?」
――――世界が創世される以前の空間。
ゴードンのニヤケ面と共にその言葉が頭の中に思い浮かべて、奏夜は苦々しく顔をしかめて項垂れた。
「……世界の外側の世界」
「うん」
「――――そう言う事か」
額を抑え、奏夜は項垂れるままに、苦しげにそう呟いた。
エリスは、躊躇いがちに笑みを滲ませるままに、小さく頷くと、項垂れる奏夜から目を背けた。
「袋に穴が空けば、水が零れる。……世界の内側にね『深淵』が流れ込んだの。そして世界は深い澱みの底に沈んだ。
光すら差さない、深い深い水底へと、消えていったの……」
「皆は?」
「世界と共に、『深淵』の澱みに呑まれて、消えていった」
「親父さんは?」
「同じく」
「お前は、どうなった?」
「今もここにいるよ? 世界が壊れて、私は封印魔術師の一人になった」
「……俺は、どうなった?」
「――――私に、力を与えた」
夜風に、揺れる長い栗色の髪。
エリスは悲しげに微笑む。
そしてポケットに手を突っ込むと、エリスはそっと神に靡く長い髪を後ろにまとめる。
そしてポケットからヘアバンドを取り出す。
長い髪が後ろに結われ、少女は結った髪を靡かせ、照れくさそうに小首を傾げる。
「似合う?」
「……ああ」
「えへへッ、奏夜くんがね、昔私がくれたものなの。これ」
「……覚えが、ない」
「いいの、それで――――奏夜くんは、最期に私に魔術を全て与えて、世界を崩壊させる『深淵』の浸食を、情報の渦を全身で受け止めた。
結果、『イブの祈り』は消えた。
辛うじて世界の断片が残って、人類は辛うじて残って……私は生き残った」
「……」
「奏夜くんが、世界を救ったの」
「……そうか」
そう言って、奏夜は額を抑えてその場に蹲る。
「……エリィ」
「フィフテもね、奏夜がくれた力だよ。君がくれた大切な力の断片。魔術も全部君が与えてくれた。
全部、君が私に与えてくれた。……私にとって、それが全てだった」
「……すまない」
「だから、今度は私が奏夜を救うの……」
月明かりを背に、少女は微笑み、ソッと窓辺から飛び降りて、地面に足を下ろした。
フワリ……
優しく吹きこむ月明かりの風を受けて靡くローブ。
その奥に覗かせる華奢な体つきを見つめ、奏夜は目を細めると、戸惑いがちに首をすぼめた。
「……痩せたな。沙紀」
「戦っていたからね。ずっと、ずっと封印の魔術師達と」
「封印……」
「うん、イブの祈りが起こした世界の崩壊を、『深淵』の浸食を防ぐ人達。
世界への深淵の浸食を防いだ魔術師、偉大なる奏夜・アルテナ・オズワルドの下に集う人達の事」
「……俺が、か?」
「有名人なんだから」
「別の世界の『俺』だろ?」
――――少女は妖しく微笑み、首を横に振る。
「……奏夜は、この『世界』に一人だけ」
「……お前はこの世界にもう二人いる」
「だからデータの情報過多による一時的な世界の自己崩壊が起きるのを防ぐために、私は『妹』として世界に登録されている」
「だったら……」
「でも、お兄ちゃんは一人だけなの。どの世界にも、奏夜・アルテナ・オズワルドはいない」
「……」
「前にアポクリファの無限回廊を歩いて、無尽の魔術書を紐解いて、時間をいくつも調べて……ようやくわかった。
奏夜は、この世界と言う枠組みに、一つしか存在しない。
うん……かつて、深淵の浸食を全身で受け止め、自らを深淵の淵に沈めた、奏夜君。
貴方は、この世に一人しかいないの……」
「……戯れてる」
「だね。……私が二人いるのも、君が魔術師なのも、本当は嘘かもしれない」
「違う……」
「え?」
「そんなことじゃないんだ」
奏夜は僅かに首を振り、俯いていた顔を上げる。
その蒼い瞳を細め、惚ける『妹』を見つめる――――
「お兄ちゃん……?」
「エリィ……沙紀。お前は俺を見つけてどうする気だ?」
「……。元の世界に帰りたいとは、思わない」
「……」
「ただ、一緒に暮らしたい。一緒に同じ空を見つめて、手を繋いで、同じ道を歩いていきたい。
傍にもう一人『私』がいても構わない。ただ、ずっと一緒にいたい」
頬を濡らす、小さな滴。
微笑みながら、少女は月を背にそう囁くと、ソッと床を滑り奏夜の下へと歩み寄った。
「お兄ちゃん……私、ずっとお兄ちゃんの傍にいたい。ずっとずっと妹ととして傍にいたい」
「沙紀……」
「私はエリス・オズワルド。お兄ちゃんの妹だよ?」
「……」
「もう、たくさんのものを奏夜から貰った。たくさん、奏夜に助けてもらったの。
だから今の私がここにいる。だから今度は私が奏夜を助ける。どこまでも奏夜の盾になる。
その為に、私が死んでも、構わない」
「……沙紀」
「だから……大好きだよ、お兄ちゃんッ」
「――――俺もだ」
そう言って首を垂れる兄に、エリスは目尻を僅かに擦ると、きつく胸元を抑え優しく微笑んだ。
「嬉しい……それ、こっちの彼女にも言ってあげて。とても喜ぶと思うから」
手が震えていた。
目尻に大粒の滴を浮かべ、少女は優しく微笑んでいて、奏夜は気まずそうに力なく項垂れた。
「言うさ……絶対にな」
「うんっ……言ってあげて」
――――奏夜はため息を漏らした。
「ったく……鈍いのは相変わらず、か」
「ふぇ?」
「なんでもねぇ……お前らみたいなじゃじゃ馬がこの世に二人もいてたまるかよ」
「?」
キョトンとして首を傾げるエリスを横目に、奏夜は顔を真っ赤にして目を背けると、声を荒げた。
「で、どうすればいい? あの『姉貴』とでかい化け物から沙紀を助けるなんて大凡考えつかないぞ。
そもそもアイツが今どこにいるか……」
「大丈夫、彼女の場所は私が把握しているから」
自信たっぷりに頷くエリスに、奏夜は立ち上がると、壁に立てかけていた刀に手を伸ばした。
「後は、どうやってあの女から沙紀を取り返すか……」
「あのホムンクルスも相手に来るよ?」
「……親父、か」
深いため息と共に、奏夜はグッと刀の柄を握りしめると、悔しげに顔をしかめた。
「ったく……どうしてやればいいのかねぇ……?」
「アイツは私が抑える。お兄ちゃんは、彼女を倒して、『私』を助けてあげて」
「……」
「彼女も、ソレを望んでいるだろうから」
「……それは経験と実感か?」
「後、希望……」
「……」
「ずっと、君の手を握っていたかったって言う、ただの願望」
「――――意地悪な事を聞いたな、悪い」
そう言って、奏夜は踵を返すと、腰に携えた刀の柄に力を込めて僅かに刃を引き抜いた、
月明かりを吸い込み、淡く白む水晶の刀身。
その透明な刃は、確かに奏夜の顔を映し、透き通るままに夜の景色を映しこむ。
そして全ての『色』を吸い込む。
無刃・閻魔獄――――魂の光を映すと言われた真刀を前に、奏夜は顔を強張らせる。
「……なぁ、勝てるのか、あの女に?」
――――勝てるさ……。
頭の中から声が響き、そして消え入る。
それは記憶の淵から浮かぶ蜃気楼か、霞に漂う囁きか――――奏夜は、僅かに頷いた。
「……信じるぜ。化け物め」
「お兄ちゃんの『闇』の声?」
「わかんね……」
そう言って、脇から覗きこむように上目遣いに見上げるエリスに、奏夜は首を横に振った。
そして透明の刃を鞘に収め、奏夜は宵の月を見つめて眼を細める。
「ただ、信じてみたくはなった……」
「お兄ちゃん……」
「……俺は強いのか?」
「うんッ」
「……。ならやってやるさ」
低く部屋に響く奏夜の声。
トンと床を蹴る足音。
そうして夜風を肩で切り歩きだす奏夜の背中に、エリスはギョッと目を剥いて叫んだ。
「ど、どこ行くの!?」
「倒せばいいんだろう? 腰引いてる場合じゃないんだ。魂だろうと魔術だろうとなんだってやるさ。
エリス。あの女の場所まで連れていけ」
「ま、まって無茶だよ奏夜くんッ。まだ魔術だって使いこなしてないんだよねッ」
「首刎ねれば人間って言うのは死ぬもんだ……!」
「せめて魔術式ぐらい覚えてッ。今のままじゃ無謀だよ」
「ダメだ。沙紀が心配だ……」
そう言って奏夜は部屋を出ようとする。
グイッ
汗に湿ったシャツが後ろ方向に伸びる。
グッとシャツの裾を掴む小さな両手。
服がドンドンと伸びていき、服に食い込むほっそりとした指が震え、エリスは力なく頷く。
「行かないで……」
「エリス……」
「私は……奏夜くんが心配だよ」
「……」
「私は、奏夜くんに、死んでほしく……ない」
「沙紀……」
「せめて、魔術の基礎ぐらい……お願いだから……いかないで……いかないでッ……」
「――――わかった」
ピタリと止まる脚。
小さなため息と共に、奏夜は後ろを振り返ると、俯いたまま服を掴んで立ちつくすエリスを見下ろした。
ヒクリ……
咽ぶほっそりとした背中が丸まって痙攣していて、奏夜はため息を零した。
「……ったく。泣くなよ。俺が悪いみたいだろ」
「だって……いつも無茶ばかりするから」
「……」
「もう、死んでほしくないの……離れたくない……」
「――――何をすればいい?」
気まずそうに奏夜はクシャクシャと銀色の髪を掻くと、ため息交じりに首をかしげて見せた。
その言葉に、エリスは泣きじゃくりながら、ポツリと言葉を紡ぐ。
「ひくっ……あのね……まず……魔術を、少しだけ……呪いの防ぎ方とか……解呪の術とか……。
最悪、呪いさえ防げれば……私が治せるから」
「……わかった」
「あのね……お願いだから、死なないで」
「わかった……だから、魔術を教えて――ーー」
「――――やだよぉ……また奏夜くんが死んじゃうなんてやだよぉ……!」
堰を切ったように、零れる鳴き声。
背中を震わせむせび泣くままに、エリスは戸惑う奏夜に抱き付き、顔を擦りつける。
奏夜は押し込まれるままに、壁に背中を打ちつけながら、苦い表情で胸元にしがみつくエリスを見下ろす。
「お、おい……離れろ。大丈夫だ、俺はここにいるから」
「そう言ってまた無茶する……知ってるんだから、何回も見たんだからッ!」
「……」
「絶対に離れないッ、奏夜くんが別の私を好きになっても、私は絶対に奏夜くんから離れないからッ。
死なせないし、危ない目に合わせない、私が護るの……今度は私が護るのッ」
「……沙紀」
「ずっと……ずっと奏夜くんの傍に……ずっと」
「……」
胸元で抱きつきすすり泣くエリスをあやしつつ、奏夜は困ったようにしかめた顔を上げた。
―――――カチカチカチ……
腰回りに留めていた刀が勝手に震えていた。
鍔の合間から滲むのは、黒い憎悪。
怒っている。
刃の奥で何かが恨み事を吐いている。
そうして今にも鞘から刃が抜かれんほどに刀が痙攣していて、奏夜は慌てて柄を掴むと苦笑いを浮かべた。
「え、エリス……わかった。お前の言うとおりするからそろそろ離れてくれ」
「やだぁ! 私ずっと奏夜くんの傍にいる。もう絶対に離れない、もう絶対に手を離さないから!
私の世界なんてどうなってもいい、なくなったっていい。奏夜くんが傍にいるなら何も要らない!
同じ家で、同じ場所で、同じ名字で……これからもずっと傍にいるのッ。
ずっと……ずっと同じ場所で同じ空を見ていたい……一人は、いやなの……」
「……はぁ」
泣きじゃくるエリスをあやす様に髪を撫でながら、奏夜はため息交じりに天井を仰ぎ見た。
「……どうしたものかねぇ」
「奏夜くん……置いていかないで、一人にしないで……」
「あいよ……」
「好きだから……ずっと、一緒にいたいから……」
「……ったく」
――――同じことを、今も考えているのだろうか。
そう考えつつ、呟くエリスの髪を梳きながら、奏夜はため息交じりに、強く抱きしめた。
トクン……トクン……
優しい心音が胸板に響いてくる。
その音はどこか懐かしくて、奏夜は複雑な表情で泣きじゃくるエリスに囁いた。
「……なぁ」
「ふぇ……?」
「お前……どっちなんだ?」
「……どっちが、いい?」
「――――どっちも」
「ずるい……」
「ダメか?」
「――――傍に、いていい?」
「俺の『妹』だろ?」
「……なら、奏夜くんと二人きりの時だけ」
「沙紀……」
「うん……」
「――――力を貸してくれ……」
「うんッ……」
「ありがとう……」
すすり泣きが不意に途切れて、か細い背中を摩りながら、奏夜はため息交じりに頷いた。
ギュッと背中に食い込む爪の感触が痛かった。
だけど、いやじゃなかった――――
ごめん。ここだけは言い訳を。
どうしても、ここだけはちゃんと書けなかったの。書けば書くほどドツボに嵌まるのよ。
理由はまたいつか書くけど、ここだけは満足のいく内容じゃない事をここに付記します。




