独白:遠き記憶に心を捧げて
覚えているのは、風の匂い。空の青さ。
ずっと傍にいてくれた。
悲しい時は手を繋いで、楽しい時はずっと同じ空を見ていた。
君が大好きだった。
君が大好きで、大好きで、ずっと傍にいたくて、手を繋ぐのも、声を駆けるのも、息をするのも辛くて。
でもずっと君だけを見ていたくて。
「どうしてだ! なんでお前を殺す必要がある!?」
「……お前は弱い」
「だからだろ!?」
「その弱さは意図的なものだ。わかるか、奏夜?」
「……?」
「お前は、失くしたのだ。その記憶、その感情、その意識、その魂、その力……全て奪われて、この世界に閉じ込められた」
「だから……だからお前を殺すのか?」
「そうだ。……お前の力を回復させるために、そして我を完全な姿で呼び出すために」
―――――ねぇねぇ、向こうの星、知ってる? あれね……。
星空の下、お前は目を輝かせて、星の海を指差した。
その手は太陽のように熱かった。
―――――そうだよ、すごいや――――は頭がいいなぁ。
その目は、星よりも綺麗に瞬いていた。
その瞳は炎のように鮮やかだった。
―――――帰ろう。送っていくよ。だって帰り道一緒だろ?
それだけで、私の心はグッと轢かれた。
「お前の力は、今再び目覚めようとしている。強い魂の奮えに、力が芽生えようとしている」
「……」
「故に、我も再び目覚めねばならぬ……」
「助けてくれるんじゃないのか……!?」
「マリア・オズワルドの目的は、お前の『力』だ。お前の力を再び奪おうと遠い時代から来ている」
「どういう事だ?」
「本人に聞いてみろ、顔を真っ赤にして答えてくれる」
――――言ってくるよ……留守を頼む。
君はそう言って微笑んで、私だけを見つめる。
じっとその目で、その唇で、その胸で私を全て受け止めてくれる。
私の気も知らないで抱きしめて、何度も手を繋いで私をずっと縛って、無邪気に微笑んで何度もハグして、何度もキスをして心まで奪っていく。
心が全部吸い取られていく。
身体も魂も、命が全て貴方のものになっていく。
ずっといたい。
離れたくない。
手を繋いでいたい。
なのに、手を離して、草原の向こうへ歩いていく。
銀色の髪が、今でも愛おしい。
その背中にずっと付いていきたい。
ああ……我が主よ。
私だけの――――
「――――あの女を止めるためには、あの女の妄執を止めねばならぬ。
もしかしたら、自分の目的が、お前の力を奪う事で達せられるかもしれないという、根深い妄執だ」
「……」
「愚かな……無尽なる輝きに、尽きる底などないというに……」
「……その為に 俺の力を封じるために?」
「あの女を、殺したくないのだろう、主よ?」
その目が好きだ。
その子犬のような、そのくせ、獣のようにぎらついた瞳。
奥に宿した蒼い炎が、私の魂を奥の奥まで引き付ける。
ため息ばかりが出る。
胸が苦しい。
お前に、抱かれたい……。
もう一度、何度でも。
永遠に。
「……どうしてだ。そんな事をしなくても、お前がいたら……!」
「それとも、あのアルクトゥルスに一人で勝てると?」
「そ、それは……」
「それにお前の『姉』もいる。……もう一人もいるがな」
「……」
「いい子だ……故に、その刀に我の力を封じる。あの女にも、妹にも、誰にも渡しはしない。
そして、奪われた魂の欠落を元に戻す。元の輝きそのままに」
「……奪われた?」
「お前は失った。力も、記憶も、そして故郷も。そして大切なものも」
「……な、何を言っている……!」
「奪った相手を殺せ。そしてその魂の輝きの強さで、深淵を深き所まで照らし、我を生み出せ。
我を呼び出せ……我が名を呼べ」
アレから、もう千年以上も経った。
だけどのあの景色は今も変わらず、深淵の底で広がって私の眼の前にある。
草原。
蒼い空と白い雲。
そして貴方の背中。
何回転生しようと、何回神の悪戯で遠くに離されようと、私は追い掛けて、手を伸ばす。
もう、離れたくないから。
もう、離さない――――
「さぁやれ。さっくりとやれば痛みも少なくて済む」
「お、おい……!」
「助けるのだろう? 誰よりも信じたその女を」
「……」
「さぁ。我の道を進め。我を殺し、我を内に封じ、そして我を力強く呼び出せ」
「……」
「沙紀を、助けると決めたのだろ?」
「……ああ」
「奏夜、我が愛しき主よ。我を信じろ。我だけを見てくれ……」
「――――一つ聞かせてくれ……」
「どうした?」
「どうして、俺にこんな力がある?」
「自らの魂に問いかけよ」
「くそが……!」
――――ああ。暖かい。
これで、ずっと―――――
「はぁ……はぁ……!」
「愛しき……主よ。愛している……」
「くそ……なんで……なんでだよぉ!」
「勝てるさ……私はいつでもお前の傍にいる……」
「なんでこんなに、悲しんだよぉおおおおお!」
「我が名は……我が名を呼べ……我が愛しき……」
「沙紀……沙紀ぃいいいいいいいいいいい!」
主よ。
我が愛しき、誰よりも愛しき―――――




