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澱み無き無刃の一振り

あ^~タイトル思い浮かばんのじゃ^~


 ――――太陽はなかった。


「これは……」


 頭上に広がるは、分厚い雲の天井。


 日差しを失い薄暗い駅前のエリアには、人気はなく、横転したバスや自動車がかしこに転がっていた。


 ただ、廃虚同然の街の風景が、熱気の中に広がっていた。


 熱気に景色が薄暗く揺らいだ――――


「……夕立ち?」


「――――来たわね、奏夜」


「……。懐かしい声だ」


 グッと血が滲むほどに拳を固め、恐る恐る振り返るままに、背中を風が叩き、険しい表情の奏夜を前に押し出す。


 奏夜は目を細め、薄暗い景色に目を細める。


 

 薄暗い雲の下、駅前の広場を背に立ちつくす、そこには小さな影があった。


 熱波に揺れる長いブロンドの髪。


 見下ろす視線は鋭く奏夜を捉え、黒のローブを風に靡かせ、そこには背の高い女がいた。


 その蒼い瞳は奏夜と変わらず。


 その透き通った銀髪は奏夜と変わらず。


 その背丈は奏夜より少し低く――――冷たい表情の女が視界の隅に立っていて、奏夜は顔をしかめる。


「よぉ……くそ姉貴」


 その声に、女は眉一つ動かさず涼しい表情。 


 女性、マリア・オズワルドはスッと指を二本立てて、奏夜の方へと向けると風に囁いた。


「……最重要対象を視認したわ」


「害獣扱いかよ……」


 わらわらと建物の隅、屋上、噴水の水底から現れる人影。


 一様に羽織るのは黒いローブ。


 皆、似たような面をかぶっていて、その異様な光景に、奏夜は鼻を鳴らして肩をすぼめた。


「何だこいつら?」


「封印魔術教会のメンバーよ。皆深淵を歩き、深き闇と交わり契約を結んだ者達ばかりよ。


 貴方より数段階上の魔術も神術も使える子たちよ」


「部活の仲良しごっこでよくも付き合えるもんだな、お前ら」


「久しいわね、奏夜」


 突き出される無数の銃口。


 細長い狙撃銃が至る角度から奏夜を狙っていて、そのぎらつく銃身を前に奏夜は両手を頭にかざした。


「両手でも上げたら、許してくれるか?」


「戯れないで」

 

おどけた調子の奏夜を睨み、冷たい一言。


 黒ローブ姿の女、マリアは一歩を踏み出すと虚空に手をかざして、薄暗い空に囁いた。


「ソルド・エトラ……封印魔術は魔を封じる力。これまで多くの深淵に踏み込み悪魔を封じてきた。


 古き神も悪魔も今では私達の手の中……」


「――――今更何しに来た?」


「あなたを捕まえに」


 地面から這い出すのは巨大な剣の柄。


 握りしめればグラリと身体が傾き、マリアは呆れる奏夜を前に、天を衝く巨大な剣を構えた。


「さぁ、ガラティアード。行こう……」


「いきなり出てきてソレかよ。頭の中は相変わらずすっからかんだな」


「私はあなたが心配なだけ……」


「そのでかい剣を突きつけておいて、大層なセリフだ……」


 嘲りに鼻を鳴らすと、奏夜はいらいらした様子で顔をしかめて拳を突き出し、その拳にマリアの巨大な剣を捉えた。


「ほれ、なんかしたいんだろ? 魔法か? 魔術か? 何でもいいから出せよ能なし。得体のしれない」


「エリスが接触したようね」


「うるせぇ……」


「あの子はあなたを手に入れようとしている。危険ね……クローンB体ははそちらの探索を当たって」


 そう言って周囲の黒ローブの人間数人に指示するマリアの横顔を見つめ、奏夜は背中を震わせた。


「そうやって自分勝手に物事を見つめる、勝手な物言い、決めつけ……アンタはアンタの世界で全てが完結している……」


「今は聞く必要がないからよ」


「なら俺に関わるなよ、眼の前に出てくるな不愉快だ! それだけ自分が可愛いなら鏡に頭でも突っ込んで死んでろ!」


「あなたには必要な処置なの」


「にもかかわらず人の前にズカズカと現れる、アンタの存在が目障りなんだよ!」


「もはや是非も無く……。

 各員、魔弾装填!」


「――――アンタは楽でいい。エリィみたいに好きだのどうのという気がないようだからな」


 姉が構えた大剣を前に、目が紅く光を放つ。


 そして奏夜は魂を打ち震わせる。


「二年前の礼だ……顔の形が変わるほどに殴り潰してやるぶち……!」


「発射ッ」


「お前だけは――――殺してやる……!」


 深淵の獣が咆哮する――――


「―――――答えろ、そこの魔術師」


「……。強いわね」


 ピタリと虚空に縫いつけられる無数の弾丸。


 それはまるで透明の壁に吸い寄せられたようにピタリと宙に止まり、解くなして弾丸が地面に転がった。


 振り下ろした三メートル強の大剣が、ピタリと受け止められる。


 その巨大な腕が二本。


 何もない空間からヌゥと伸びて、マリアの大剣を握りしめ、紅い炎を体毛代わりに漂わせていた。


 その切っ先は、今にも振り下ろされそうになりながら、鼻先で震える。


 肌に明滅する蒼い文様。


 ニィと牙を覗かせ綻ぶ口元。


 紅い目を見開き、銀の髪を掻き上げるままに、青年、奏夜・オズワルドは、姉のマリアを睨みつけた。


「我を……否、我が主を追い詰めるのは、偏に力のみか?」


 その口調は柔らかく、そして低い。


 その目は獣のように、紅く、そして深い――――


「それとも……ただ憎いからか?」


「――――その力は危険よ」


「見苦しい嫉妬だ。持ち得ぬ力に恋焦がれて、見果てぬ夢を追い、そして手に入れるものは、空虚な感情だ。


 なるほど、お前の姉はひどく哀れだな、奏夜―――我が主よ」


「黙れケダモノ!」


 ギィイインッ


 振り下ろした刃で虚空を薙ぎ、剣身を握りしめた二本の腕を振り払うと、マリアは眼の前の『獣』を睨みつけた。


「私はあなたを許さない……どれだけの事があろうと、どれほどの時間が経とうと、必ず追い詰めてみせる!」


「殊勝な心がけだ……」


 ニィと牙を覗かせほくそ笑む口元。


 スゥと虚空にかざす右腕。


 ――――薄暗い街の『景色』に走る罅。


 バキンッ


 ガラスの割れる甲高い音共に、虚空に刻まれた無数の罅が砕けて飛び散った。


 そして景色の破片が地面に広がる――――


「深淵の地に澱みし灰は、魂の色を表す。即ち、その色は光を透過する水の如き」


『獣』の手に長い柄が握られる。


 鋭き刃を虚空にぎらつかせ、刀が一振り、闇の底より這い出し、『獣』の両手に握りしめられる。


「……我が主は、刀が好きだった。昔から友達とチャンバラが大好きでな……可愛いだろう、私の好きなエピソードの一つだ。


 その趣味すらも、お前は気持ち悪いの一言で全て潰してしまった」


「あなたの力は強すぎる……!」


「そうやって、我が主を否定するか……」


――――その刀は、雪のように白かった。


その刃は、氷のように透き通っていた。


それは、水晶のような刀身を帯びた刀――――両手で柄を握り翳しては、刃の向こうで青年はニヤリと笑う。


 その血のように紅い瞳が、後ずさるマリアを捉える――――


「安心しろ奏夜……この女は、我が否定する……我とお前は、永遠に一緒だ」


「――――撃てぇ!」


「さぁ行こうか、閻魔獄……」


夏の空気を震わせ、切っ先が尾を引き虚空を薙ぎ、青年は緩やかに構えて、息を吸い込む。


「お前の恐怖……死と共に、その魂に塗り込んでやろう」


発破音と共に飛び出す弾丸に、水晶刀をやや下段に構える。


その刃を震わせ、柄に魂を流し込む――――


「……六道を震わせ、三界に刻め、その刀」


 ――――キィイイインッ


 世界を震わせ『破壊』する、無尽に残響する激しいいななき。


 バキリと表面に走る無数の罅。


 空気が震えて歪み、甲高い音が広がるままに、周囲のビルの窓ガラスが一斉に砕け散った。


 衝撃が街全体に広がる。


 そして舞い散るガラスは雪のように薄暗い街へと降り注ぐ。


 夏の雪のように、輝き舞い広がる――――


「喰らえ閻魔獄――――刀魂放気……」


 ――――無音の風。

 

 景色に浮かぶ、一文字。


 青年の眼に浮かぶは、『裂かれた』世界。


 その街の景色に、スゥと刃の痕が浮かび上がり、聳え立ついくつものビルの壁に、木々の幹に、人の身体に。、何もない虚空に、無象の区別なく刻まれる。


 ズズズズズズズズッ……


 土埃を上げて反響し呻きわたる轟音。


 吹き上がる粉塵の中へといくつものビルが崩れて沈んでいく。


 ガラスの破片が舞い散る。


 地平線をなぞるように、街が二つに分かれる。


 金切り声の悲鳴を上げ、土埃を上げ、全てが断面に沿うように崩れ落ちていく。


 崩れゆく街の景色を背に、青年は水晶の刀を肩に担ぎ立ちつくす。


「……主よ、まだ手加減をするか」


「強い……」


 半径一キロ。


 街全体を真円に切り裂く鋭い斬撃を受け止め、後ずさること五十メートル。


 その両手に巨大な剣を楯のように構えながら、マリアは顔をしかめ、地面に片膝をついた。


 周囲には吹き飛ばされて倒れる魔術師の姿。


 だがその身体に傷はなく、鋭い刃の痕が倒れた魔術師の足元に無数に浮かび上がる。


「ぐ、ぐぅうう……」


「……なぜ殺さない。獣の力をもってすれば殺せるはず」


 ため息と共にそう呟く青年を睨み、周りに倒れ込む仲間を尻目にマリアは剣を杖代わりに立ちあがった。


「ガラティアードがなければ……」


「まったく……とことん女には甘いな」


「でも、貴方は私が倒す……誰の為でもない、私と、貴方自身の為に……!」


「……。可愛くない」


「……あの時は捕まえられなかったけど……今度こそ……今度こそあなたを!」


「――――興が醒めた。退くがいい」


 そう言って振り下ろした刃はアスファルトを叩く。


 力なく風と共に翻す短い銀髪。

 

ため息もそこそこに、肩に刀を担ぐ奏夜のせなかを、マリアはヨロヨロト立ち上がりながら眉を潜めた。


「逃げるの……? 逃げても追いかけて、今度こそ捕まえるわよ……?」


「――――好きにしろよ。アンタの顔が潰れるだけだ」


「……その澄ました顔。相変わらずね」


「知るかよ……」


 パシャッ


 弾けて水になって飛び散る水晶の刀。


 そうして歩きだしては、自然と空の雲が刃の閃きと共に裂けていき、土埃と共に潰れる街並みが日差しに照らされた。


 そして夏の風が身体を叩き、奏夜は眩さに俯くと、汗を僅かに拭った。


「……一つだけ」


「――――貴方は、私達封印の魔術師の中で異端なの。魔術が使えたころの貴方は、時間すら操れた」


「……覚えてねぇよ」


「それはあなたが力を使わないようにするため」


「……なら、なんで俺を生かした?」


「……」


「なんで、俺はあんたの前で生きているんだ?」


 踵を返すことなく、奏夜はため息交じりに呟いた。


 その言葉に、マリアは口をつぐむと、立ち上がるままに空に向かって声を発した。


「アルクトゥルス!」


 バサリと風に羽ばたく外套の音色。


 一瞬で晴れる土煙。


 そして地響きとともに、何かが地面に降り立ち、衝撃が足元を突き上げる。


 気だるげに蒼い瞳を細めて振り返れば、そこには姉の姿があった。


 手に既に大剣はなく、その背後には、見上げるばかりに首が折れそうなほどに巨大な人影があった。


 ギシリと軋む黒い鎧。


 フルフェイスの奥から噴き上がる白い蒸気。


 蒼いマントを夏風に靡かせ、全身を覆うその巨人は、騎士の風貌で奏夜を見下ろしていた。


 手にはマリアが持っていた巨大な大剣。


 収めた鞘ごと背負って片膝をつき、主を護るようにもう片方の腕で覆いながら、そこには黒い鎧の巨人がいた。


「なっ……」


 ――――雄々しきアルクトゥルスの騎士。『深淵』の古き子だ。


 グルルルルゥ……


 角付きのフルフェイスの奥からうめき声を震わせながら、黒き鎧の巨人は静かにマリアを担ぎあげる。


 その右腕には主のマリア・オズワルド。


 その左腕には、見覚えのある少女が担がれていた。


 ぐったりと垂れる四肢を空に投げ出しながら、その巨大な両腕に握られているのは、間違いなく沙紀だった。


「見つけてくれたようね……ありがとう、アルクトゥルス」


「姉貴……!」


 ――――紅く目が光る。

 

両腕に少女を抱えて立ち上がる巨人を眼の前に、奏夜は全身の文様を蒼く光らせた。


「てめぇ、そこまでやる気か……!」


「あなたを完全に捕らえるために、私達封印式魔術師教会は決して手を緩めない。


 例えアルクトゥルスの名が汚れようと、私あはなたを捕まえて……殺す」


 そう言って、巨人の鎧を宥めるように撫でれば、黒き鎧を打ち震わせ巨人『アルクトゥルス』は小さく頷いた。


 その足元には、よろよろと駆けよっていく黒ローブの人影。


 メンバーが集まった様子に、マリアは満足げに頷くと、巨人の肩に飛び乗りながら奏夜に叫んだ。


「五日間」


「沙紀を返せ……!」


「時間を上げるわ奏夜。その前に、エリス共々私の前に来なさい。エリスは首を刎ねて殺し、貴方は私達の所に来てもらう」


「――――許さねぇ」


「それとも恋人の腸が裂かれる様でも拝みたい?」


 そう呟くマリアの表情は冷たく氷のよう。


 覗かせた舌で僅かに三日月状に歪んだ唇を舐めると、マリアは踵を返すとソッと黒い鎧を撫でた。


「戻るわよ。彼の能力の再審査と本部からの応援を呼ばなければ」


「……クソ姉貴がぁ!」


「単純な話。私の手の中には、今もこれからも貴方の恋人の命がある」


「……」


「あなたが死ねば、全てが終わるわ。……私の苦労も、全て……」


「―――――今すぐ殺せよ」


「……戻るわよ、皆」


「どうしてだ! 俺が憎いなら俺だけ殺せよ! 沙紀を巻き込むなぁ!」


「……」


 きつくかみしめる乾いた唇。


 枯れた悲痛な声で叫ぶ奏夜を背に、マリアは力なく項垂れると、ギュッと胸元に手を食い込ませては、長い髪を振り乱し何度も首を振った。


「……貴方が悪いの……あなたが……!」


「くそったれがぁああああああ!」


「奏夜……貴方は、私が必ず――――」


 そう呟く声が遠のいていき、やがて黒い巨人の姿が景色の中に溶けていく。


 ソレと共にマリアの姿も、周りの黒ローブの人影も倒壊した街のビルの風景に吸い込まれていく。


 そして残るのは土埃のみ。


 汗がポタリポタリと頬を伝い、アスファルトに広がる。


 指先が震え、膝が折れる。


 肌に浮かんだ文様の光がゆっくりと、途切れて消える――――


「……くそ……ったれ」


 ドサリ……


 地面に倒れれば、立ち上る土埃。


 青年はその場に崩れ落ちると、息をするのも苦しくアスファルトに横たわった。


気だるさが身体を覆い、指の一本も動かない。


 瞼が重たい。


(……身体……動かないや)


 ―――――大丈夫か? 主よ……。


 意識が遠のき、闇が視界に広がり、声が心配そうに投げかけられる。


 青年は声のする方に手を伸ばす。


 そして目を閉じる――――


(……なぁ、俺って何者だ?)


 ―――――汝は我が愛しき主……そして、誰よりも気高き獣。


(バァカ……お前誰だよ……ったく)


 ―――――我が名は『』、我は……汝は封印の魔術師。


(魔術師……くそ姉貴、エリス……なんで……俺達をそっとしてくれない……)


 ―――――主よ、目覚めよ……我が愛しき主よ。


(俺は……ただ沙紀……)


 ――――主よ……!


 意識が闇に落ちていき、視界が日差しの中に白く溶けていった。


(沙紀……くそ……!)


 何も見えなくなっていく――――






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