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フィフテの黒き獣

ダラダラとぉ書くのが好きなのぉ。


奏夜は踵を返し、巨大な黒き『悪魔』に向き合って、悲痛な沙紀の叫びに背中を向けた。


 グッと拳を固める――――


「……よくもやる」


「お兄ちゃん、戦おっか。今度は手を抜かないでねッ」


 人気がなくなり響くのは、二人と巨獣の大きな翼。


 ガヤガヤとゲームのBGMが響く中、奏夜はすっと片腕を突き出すと、眼の前の化け物を手の平に捉えた。


 そのその手の平の構え方に、エリスは頬を赤らめるとトロンと眼を細める。


 胸元に手を当て、熱っぽくため息を零す――――


「フィフテ・アロス―――――トリス・グラマトン……」


「答えろエリス、これはなんだ。こいつらは何だ!?」


「深淵の獣だよ。忘れたの?」


 少し下腹部を両手で抑えつつ、少女はニィと口の端を歪めると、俯きがちに優しく囁いた


「この世界の底、裏側――――世界という枠の外に位置する場所。


 そこは闇と呼ぶには深く、夜と呼ぶには重たく、ありとあらゆる存在が融け合って澱んでいるの。

 深淵――――私達、封印の魔術師はそう呼んでる」


「……そこから生まれたのが、この化け物か」


「この子達はね、誰もが持つ『闇』なの……」


指でなぞれば、輝きを増す蒼い文様。


 微笑む表情は、蒼い首輪の文様に照らされ妖しく映り、奏夜は拳を固めては一歩を踏み出した。


「……闇」


「封印の魔術師は世界の裏側に満ちた深淵との対話を果たす者。

 彼らは人の魂の輝きを受けて、その形を確かなものとする、それは受肉と呼ばれる現象。

 その受肉を果たすためには、その身体に『深淵』を取り込まないといけない」


「……闇?」


「心の闇、魂の闇――――光を受けて闇が影を映す」


「そしてその結果がその化け物か……」


「『悪魔』……そう呼ばれる獣が眠る場所」


「……こいつもか」


「お兄ちゃんの中にもいるよ? 封じられた『深淵』の者が」


「……」


 スゥと息を吸い込んでは、蒼く光を放つ肌の痣。


 奏夜は全身に浮かびあがる文様が発する熱に顔をしかめつつ、胸元に手を当てて眼を閉じた。


 ソレと共に頭の奥から声が、響いてくる――――


 ――――フィフテの黒き神獣。深淵より魂の輝きを受け受肉した悪魔。


「……こいつらをいなしたい」


 ――――女に会いたいか?


「答えろ!」


 ――――戦えばいい。力は十分にあるはずだ。


 聞こえるのは、少し不満げな声。


 ドクンッ


 心音が跳ねて胸に響き、奏夜は眼を見開くとハッとなって顔を上げた。


 そこには振り下ろされる巨大な槍。


 ――――御免被らん!


 天井を砕き激しく立ち上る土埃。


 トンッ


 振り下ろした大槍の上に吸いつく足先。


 風を切り飛び退くままに奏夜は身体を屈めて、振り下ろした大槍の先端に飛び乗った。


 ――――ようやりおる……。


「今更なんで帰ってきた!」


 振り下ろした槍の柄を伝い、奏夜は眼の前の『悪魔』の顔めがけて、膝を振り上げた。


 ドスリッ


 突き出た鼻筋の先端に深々と食い込む膝。


 大きく仰け反る黒い化け物の頭上を蹴りあげると、奏夜は声を荒げた。


 ――――グハァ!


「お前が帰ってきて、何かがおかしくなった、俺もこの場所も!」


「私はお兄ちゃんを護りたい」


 黒いローブを翻し飛び退く華奢な身体。


 振り下ろした踵は瓦礫を散らし深々と床へとめり込み、奏夜は床を蹴って後ずさるエリスに飛びかかった。


「戯言をぬかす!」


「好きだから……大好きだから」


 伸ばす手の平は、華奢な身体をよじり避けるエリスの首元を僅かに掠めて、虚空を掴んだ。


 ローブを翻しエリスは、床を滑るように宙に浮いたまま後ずさる。


 距離が離れる。


 それでも伸ばした手の平に、奏夜は妹の泣きそうな、嬉しそうな表情を捉える。


 眼が血走り、身体に浮かんだ蒼い文様が輝きを増す――――


「その戯言、今までの業を悔いて吐き捨てるもよし!」


「お兄ちゃん……!」


「さもなくば死んでしまえ!」


 ――――虚空を引き裂き剥きだす巨大な腕。


 その拳は大きく、奏夜の背後から飛び出すままに、エリスへと振り下ろされる。

 ドォオオンッ


ビル全体を突き上げる程の重たい地響き。


 周囲の匡体が一斉に吹き飛び衝撃波がフロア全体に走る中、土埃が辺り一帯に広がった。


 そして土埃が晴れた先、血走る蒼い瞳に、黒く巨大な化け物の姿が映る。


 その全身で景色の裂け目より飛び出した巨大な腕を受け止め、地面を抉り後ずさる。


 その精悍な胸板へとその拳が突き刺さる――――


 ――――グゥウウウ……貴様か……!


 パキン……


 破裂するガラスのような音。


 ――――フィフテ……獣は腕が二本ある。


 虚空に這い出すもう一本、紅い毛並みを靡かせ飛び出す巨大な腕。


 その手の平が、黒き巨人を捉える――――


 ――――我が主を、侮るなよ……!


 ドゴォオオオンッ


 空気を震わせ、世界を砕くほどの重たい衝撃。


 虚空から這い出した紅き双腕が黒き悪魔を吹き飛ばし、めり込む巨体に壁が抉れ、土埃が振り返る少女の頬を叩いた。


 土煙の向こうへと突き出される巨獣を、エリスは目を剥いて振り返る――――


「フィフテ……!」


「―――エリス……!」


 駆けだすエリスの手を掴む、汗だくの手。


 振り返れば、そこには蒼い光の文様を全身に浮かべ、ほっそりとした手首をを引っ張る奏夜の顔。


 眉間にしわを寄せたその鬼のような形相に、エリスは懐かしむようにため息を零す。


「お兄ちゃん……」


「この力はなんだ……!」


「――――それこそ、魔術……お兄ちゃんの力。深淵を支配する力」


「こんな物の為に……!」


 背中を打ち震わせ惚けるエリス壁に叩きつけると、奏夜は鼻息を荒げて、壁に手を突き立てた。


 そうして覗きこむ少女の蒼い瞳は潤み、嬉しそうに唇からため息が零れる。


 スルリと首筋に絡む細い腕。


 そうして抱き付くように首元に手を伸ばすと、エリスは険しい表情の奏夜に顔を近づけた。


「お兄ちゃん……」


「語れよ、その腹割いてほしいか……!」


「ふふ、怖い……お兄ちゃんはね、魔術師なの。それも私達なんかじゃ立ちうちで着ないレベルの。

 過去の魔術師の最高峰にも比肩するレベルだよ?」


「だからどうした……!」


「お兄ちゃんは強い……だから、封印する必要があったの……」


 そう呟く唇が頬に這い、肌が粟立つ。


 引き剥がす様にエリスの首元を掴みあげると、奏夜は微笑む妹の顔を覗き込んだ。


「だから俺を追い出したいのか……虚栄心で俺を追い詰めたか!」


「魔術は魂が詩を詠う事で奏でる神の声。それは奇跡と言い換え、その原動は魂の輝きなの。

 お兄ちゃんの魂は、輝き過ぎるの。世界を照らし、闇を飲み込むほどに」


「だから心を傷つける……俺を殺す事が望みか!」


 声が熱を帯びて、その肌に刻まれた痣が激しく光を放つ。


 その輝きは周囲を激しく照らし、エリスは眩さに顔をしかめつつ、小さく首を振った。


「その魂の慟哭は世界を容易に破壊する力を持つ……」


「望み通り殺してやる……!」


「私は……お兄ちゃんが欲しい」


「力が欲しければ好きなだけくれてやる……だから俺の眼の前から出ていけ!」


「私は――――」


 ――――轟音。


 空いた壁の穴から噴きこむ瓦礫と土埃。


 振り返れば、そこには吹き飛ばされてフロアに横たわる黒い巨人の姿があり、エリスは眼を見開いた。


「フィフテ!」


 ガラガラと崩れ落ちる無数の匡体。


 その瓦礫の上に身体を僅かに奮わせながら、持った槍を杖代わりにフィフテの神獣は立ちあがる。


 その四つの眼はスゥと細まり、ダラリと口の端から蒼い血が滴る。


 空気が震えて、翼が大きく広がる――――


 ――――この……人間風情が……!


「フィフテ、どうしたの!?」


 ――――お嬢、敵です……! 


「早い……」


 ――――行きましょう、時間です。


「でも……!」


 ――――ここは退くのですッ!


 苦々しく口の端を歪めながら、その四つの眼が駆けてくる幼い少女を捉える。


 ググッと伸びる巨大な腕。


 そうしてその手の平に力なく項垂れる少女を乗せると、黒き巨人は肩に大槍を担ぎつつ、奏夜の蒼い瞳を睨みつけた。


 ――――封印の魔術師よ……悪いが主は貰っていく。


「……。エリス、お前は俺に望む?」


 怒りが収まり、奏夜は険しい表情はそのままに、巨人の肩に座り込む少女の俯いた表情をを見上げた。


 フルフルと長い髪が揺れ、少女はその下腹部を僅かに摩る。


 そしてため息が零れて、妹は少し俯いて呟いた。


「……力なんて欲しくない」


「なら何が欲しい?」


「私は……貴方に目覚めてもらいたいの」


「……エリス?」


「――――行こうッ」


「エリス!」


 叫ぶ声が後ろ髪を引き、踵を返す黒き巨人の背中を、奏夜は睨みつけては叫んだ。


 グニャリと歪む景色。


 やがて景色に滲むようにして消えていく黒き巨人を睨みつけながら、奏夜は苛立ち紛れにクシャリと髪をかきむしった。


「くそッ……なんなんだよ」


 ――――背中を叩く生温かい風。


 カラリ……

 

破片が地面を叩く音が響く。


 風に肩を叩かれ振り返れば、そこにはぽっかりと開いたビルの壁があった。


 その向こうは街の景色。


「……」


 漂うのは死臭。


 そして、懐かしい匂い。


 誰かが呼んでいる―――――


 ――――さぁ……第二ラウンドだ、我が主よ。


「……。うるせぇ」


 翻すボロボロのシャツ。


 淡い栗色の髪を夏風に靡かせるままに、奏夜は顔をしかめてそう呻くと、崩れたフロアの壁から外へ飛び出した。


 そして、路地を駆け、風に呼ばれるままに走る。


 駅前のロータリー広場へと足を踏み入れる―――――


「……何だこれは?」




 ――――そこには、暗闇が広がっていた。






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