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宴は奏でる悲鳴と共に

はいこれで今日は最後ォ!

「奏夜これ見てこれぇ!」


「あぁ……」


「可愛いぃいい! こんな色の口紅つけてみたいなぁ」


「試してみろよ……」


「ダメ、私じゃ絶対に似合わないもんッ」


「じゃあなんで眼の色変えてるんだよ……」


「いいなぁ、欲しいなぁ……」


「――――店員さん……この色の試供品とかあります?」


 藤真市の中心に位置する駅。藤宮駅内にある大型複合型のデパート。


 その中には、映画館、ショッピングモール、コンサートホールを始め、様々な設備が用意されていた。


 その中、比較的老舗のデパート店内を歩きながら、奏夜はため息をついて肩をすぼめていた。


 眼の前には鏡を前に淡い色の口紅を薄く塗る沙紀の背中。


 鏡越しに頬を紅潮させ、緊張に恐る恐る唇に装飾を施す様子が見え、奏夜はぎこちなく笑みを滲ませた。


「……沙紀」


「喋らないでッ。ずれるからッ」


「……あい」


 塗りたくること一分。


 立ちながら眠気がやってくる頃、振り返った沙紀の唇は少し色づいて、奏夜の目に映っていた。


 紅と言うにはとても明るい配色に、奏夜は目を丸くする。


「……そういう色もあるのか」


「ど、どうかな……?」


「……綺麗だ」


「ほ、本当?」


「うーん、あまりよくわからんが、うん……可愛いと思う」


 そう言ってクシャクシャと髪を掻く奏夜に、沙紀は目を輝かせて飛び上がって奏夜に抱きつく。


「やったぁッ。奏夜に褒めてもらえたぁ!」


「……。店員さん」


 財布がとても軽くなった。





 眼の前の信号は赤。


 駅前の交差点前で立ち止まりながら、奏夜は帽子を脱いで、日差しに目を細めた。


 そして隣で申し訳なさそうに肩をすぼめる沙紀に帽子をかぶせ一言。


「よかったか?」


 フルフル……


 ポニーテールを左右に振り、俯きがちに沙紀は小さく首を振る。


 それでも買った口紅が入った箱を大切そうに胸元に持ちながら、沙紀は唇をすぼめる。


「あ、あの……」


「ん」


「ごめんね、奏夜……買ってもらうつもりはなかったんだけど」


「ありがとう、だろ……気にするなよ」


「でも……!」


「またバイトすればいいさ。買ってやったんだから喜んでくれよ」


「でも……」


「――――ありがとう」


「あ、ありがとう、奏夜……」


「あいよ」


 ポンと被せた帽子越しに、少し乱暴に頭を撫でると、奏夜は汗に濡れたブロンドの髪を掻きあげた。


「次、どこ行くよ?」


「―――と、図書館?」


「媚びるなよ。好きな所に行けばいいさ」


「……ゲームセンター?」


 信号が青に変わる。


 奏夜は上目遣いに覗きこむ幼馴染の手を握りしめると、横断歩道に一歩を踏み出した。


「行こう。金はまだあるさ……」


「あ、今度は私がッ」


「焦るなよ」


「でもぉ……」


「可愛いな、そう言う所」


「?」


「なんでもないさ……」


 不思議そうに首を傾げる幼馴染笑みが自然と零れ、奏夜はそう言って肩をすぼめた。


「でも、やだなぁ……」


「お前が言い出したことだろ?」


「でも……」


「なんでさ?」


「学校の子とかさ。ここら辺よく通るから」


「そうだな……」


「噂とか立ったら……恥ずかしいよ」


「そんなものかねぇ……」


「そうだよッ、皆にやにやしてこっち見るんだからッ」


「毎度のことだよ。気にするな」


「でもぉ……」


「俺も、前に二つ上の先輩と出来てるとか噂が立ったが、一月持たんかったぜ」


「……」


「噂なんてすぐに消えるさ」


「……ぶち殺す」


「お、おう……?」


「――――なんでもないッ。行こう奏夜ッ」


「おう……」


 会話を弾ませながら交差点を渡り、そそり立つ駅ビルの間を縫うように、二人は一軒のゲームセンターへと足を運ぶ。


 見慣れた場所で学校のクラスメイトがよくくる場所だった。


「でも楽しみだねッ。何しようかなッ」


「俺、あの大きなボックス型のゲーム台やってみたいな。引きこもれて楽しそうだ」


「ふ、二人で踊れるやつやろうよぉ」


「……わかったわかった、だからしがみつくな泣くな、暑い……」


「うにゅぅうう……!」


 涙目になりながら、沙紀は奏夜の腕にしがみつき、奏夜は肩を落として自動ドアを潜った。


 熱気と人気があった。


 ガヤガヤと行き交う人の影。


 匡体がライトを灯し、クレーンゲームがけたたましい音を奏でる。


 奥にはボックス型のゲーム台が四台程並んで異様な熱気を吐き出す。


 手前には、ワンゲーム百円のゲーム匡体が列をなして並んで、歩く二人の左右で騒音を響かせる。


 薄暗く狭い空間の中、音が反響しあって、濃密な空間を描いていた。


 それはまるで音が縦横に走り、キャンバスに落書きをするかのように―――


「お、奏夜ぁ!」


「……」


 ――――ゾクリと背筋に走る悪寒。


 振り返れば、そこには匡体の傍に立つ数人の男女がいて、奏夜は苦い表情を浮かべた。


 皆、見たことのある顔だった。


 クラスメイトの皆が、こちらを見つめてにやにやと笑っていた。


「……まぁ、そうなるわな」


「なんだよ奏夜、お前こんな所に。珍しいじゃんッ」


「ゲーセンとか好きじゃないとか前言ってただろ。どういう風の吹き回し?」


「あれじゃない? そこの彼女にいい所見せようとか?」


「あはは。仏頂面のお前にはあり得ないわなッ」


「て言うか彼女さん?」


「あれ片倉さんじゃないの? 後ろの席の……」


「なんだよ、奏夜ぁ! お前もう彼女とか作ったの!?」


「やっぱハーフだよな、日本人の俺らじゃレベルが違うわッ」


「あはははは、不細工なのよあんたたち全員さ」


「うるせぇ、お前らいつか俺だってな!」


「……」


 夏の熱気に浮かされて声がドンドンと大きくなっていく。


 その気味の悪さに奏夜は、顔を強張らせると、ため息交じりに沙紀の方へと振り返った。


 ギュッと二の腕に食い込む小さな指。


 しがみついた腕に顔を埋めるままに、沙紀は気分が悪そうに俯き首を横に振る。


「……奏夜」


「あいよ……悪い、沙紀が気分悪いみたいでな」


「お、片倉さん。もう帰っちゃうの?」


「今度は俺らとも遊んでねッ。今度は奏夜と一緒に皆で駅前歩こうぜッ」


「奏夜君も私達と一緒に後で遊んでねッ」


「メアドついでに教えてねッ」


 そう叫ぶ声がゲーム匡体の怒号の中へと掻き消えていき、剣呑に歪んでいた顔が綻ぶ。


「ったく……」


「……ごめんね」


「いいさ。人間が嫌いなのは、お互い様だ」


「……奏夜に……触って欲しくないから」


「ん?」


「ううん、なんでもない……」


 零れる小さなため息。


 ギュッと握り返す小さな手。


 項垂れる少女の手を掴み、人気を掻きわけつつ、奏夜はゲームセンターから出ようとした。


「……!?」


 ――――見つめる視線が一つ。


「……」


 物見程度にこちらを散見するのとは違う。


 ハッキリとこちらを捉えて、何かが殺意を滲ませ、じっと見つめる誰かの気配を感じる。


 懐かしく感じる―――誰かがいる。


「……沙紀」


「え?」


「後ろに下がれ……」


 そう言って振り返れば、そこにはニッコリと笑う少女が一人。


 ゲーム匡体前。


 椅子に座り、周囲の人に融け込みながら、そこには栗色の髪を後ろにまとめた少女がいた。


 エリスがゲームをしている様が見えた。


「……お前」


「えへへぇ。難しいね、このゲームって。なんか色々押さないとキャラが動かないよ」


 こちらには見向きもせず、エリスは対戦型のゲームを動かす。


 スティックがガチャガチャと小刻みに動き、五つほどあるボタンがランダムに押される。


 そして画面の向こうで、キャラクターが相手を圧倒している。


「でも……これで終わりッ」


 ――――勝利メッセージが画面に浮かぶ。


 相手キャラクターが倒れる。


 ゴンッ


 ソレと共に、向かい側の匡体に鈍い音が響き、奏夜と沙紀は目を剥いて顔を上げた。


「え……?」


「脆いね、特に人間は」


 そこには、匡体に突っ伏し動かなくなる人の姿があった。


 ダラリ……


 不気味な紫色の液体が開いた口から匡体のボタンへと流れ落ちていた。


「……死んだのか?」


「頭はね。相手の情報を吸い取ったの。精神に直接アクセスして魂を吸収したの。

 だから彼の心はもう死んだんじゃないかな?」


 立ち上がるままに、場違いなまでに黒いローブを翻し、エリスは押さない表情を綻ばせる。


 そしてこちらを見上げて、嬉しそうに蒼い瞳を潤ませる。


「えへへぇ。魔術って凄いでしょ?」


「エリス……!」


「そんな怖い顔しないでお兄ちゃん。この人は私の命を狙いに来たんだから」


「……」


「魔法は使えるようになった?」


「黙れ……!」


「その様子だと、まだ自覚がないみたいね」


 ――――蒼い瞳が獣のように細まり、痛いほどにぎらつく。


 その視線は、奏夜の後ろ隠れる沙紀を捉える。


 ニヤリと口の端に八重歯を覗かせ、エリスは微笑む――――


「……沙紀お姉ちゃんでしょ?」


「う、うん……エリィちゃんよね?」


「可愛い名前よね、お兄ちゃん?」


 ニッコリと笑って視線を向けるエリスに、奏夜は後ずさりながら、警戒心に息を潜ませ背中を僅かに丸める。


「……沙紀に手を出すな」


「うーん、どうしようか?」


「てめぇ……」


「――――お兄ちゃんには、今すぐにでも魔術を思い出してもらいたいの」


「今度は氷でもぶつける気か?」


「まさか」


 そう言ってヒョイッとゲーム台から降りると、エリスはトンと軽やかに一歩を踏み出し奏夜に歩み寄った。


「深淵の獣が眼を覚ました以上、こっちもそれなりの対応をするのが礼儀でしょ?」


「知らん……勝手な都合に俺と沙紀を巻き込むなッ」


「――――四年前の出来事を知ってなお、それが言える?」


 表情を強張らせて囁く、エリスの瞳に、僅かな悲しみがよぎる。


 その言葉と視線に、奏夜はハッなって目を見開くと、息をのんで僅かに後ずさった。


 ズキリ……


 頭に走る痛みと記憶の断片。




 ――――沙紀……!



 遠くでうめき声がリフレインする。


 瞼の奥に紅く滲んだ景色がよぎる。


 眼の前に誰かが眠っている。


 息ができない―――――


「ぐぅうう……!」


「奏夜……?」


「――――冗談だよッ」

 そう言ってニコリと微笑むとエリスはソッと虚空に指をかざし、青ざめたその場に片膝を立てる奏夜に言葉を紡いだ。


「お兄ちゃんには、魔術に目覚めてもらう。失った記憶と力を取り戻し、そしてあの女に対抗できるように」


「……誰だよ?」


「あなたの『お姉ちゃん』」


「!?」


「フィフテ。古き深淵の竜よ……」


 ローブから覗かせた首筋に浮かぶ、蒼い光の文様。


 ソレは首輪のようにエリスの首元を覆い、手首と足首に同様の印が浮かんで、光を放った。


「お兄ちゃん、今度は本気でやるよ?」


「姉貴……だと?」


「あの人は私より怖いよ?」


「――――ふざけんなよ」


 奏夜がグッと拳に手を込めれば、身体に刻まれた『痕』が蒼く光を放ち、薄暗いフロアを照らす。


 それは紛れも無く、魔術の印。


 その光は薄暗い周囲を僅かに明るく照らし、エリスの微笑みを淡く照らす。


「強い力……奪われたはずなのにまだそんなに……」


「次から次へと……ぶっとばしてやる」


「沙紀お姉ちゃんは逃がした方がいいよ?」


「……逃がすさ」


「そう。じゃあ行こうか、フィフテ……!」


 ――――『深淵』への扉が開く。


 ジャラリ……


 ライトが点滅する薄闇に微かに聞こえる鎖の擦れる音。


 刹那、ゲームセンターの光景に罅が走り、エリスの背後から何かが這い出そうとしていた。


 バキンッ


 破裂する空間の破片。


 広がる世界の裂け目。


 ソレと共に世界の向こう側より、巨大な化け物がヌゥと顔を出して裂け目に腕を伸ばした。


 メキメキメキッ


 両腕で裂け目を支え、左右に裂ける空間の割れ目。


 ソレと共にその巨体が露わになるままに、床に四つん這いになって巨大な化け物がエリスの眼の前に現れた。


 バサリと広げる大きな黒翼。


 立ち上がれば天井を砕くほどに力強く大きく、その両腕には巨大な槍が握られていた。


 闇に細める鋭い四つの眼。


 牙を覗かせ、身体を打ち震わせ、そこには巨大な『悪魔』が奏夜の前に立っていた。


 ――――お嬢。この者、倒してもよいのか?


「聞かないでフィフテ……私の為に戦いなさい」


 ――――我慢は体に毒ですぞ……?


「後で一杯お兄ちゃんに慰めてもらうからいもん……」


 ――――御意……!


 グォオオオオオオッ


 喧騒を引き裂き迸る激しい方向。


 ソレと共に場の空気に酔っていた周りの客は一斉に立ち上がると、こちらへと振り返った。


 天井を穿つほどの、四メートル強の巨体。


 その紅い四つの眼は、振り返るままに、凍りつく客を捉えて牙を剥く。


 シュゥウウウ……


 白い息を吐きだし、手に持った槍を振り上げる――――


「逃げろ、早くここから出ていけぇ!」


 奏夜の口から飛び出す怒号。


 ソレと共に悲鳴が一斉に迸り、客が一斉に飛びだしてきて、奏夜は入り口に群がる人々を掻きわけた。


 沙紀は身体をよじりながら、逃げてくる客に揉まれながら奏夜の背中を見上げる。


「そ、奏夜……どうなっているの?」


「……」


 掌に汗が滲む。


 その手には、ギュッと握りしめる沙紀の手。


 振り返れば、青ざめた表情でこちらを見つめる幼馴染が見える。


「奏夜……奏夜、怖いよ。あれきっと……!」


「……。すまないッ」


 ――――スルリと握り返していた手の力を抜く。


 フゥと倒れていく華奢な身体。


 支えを失い、沙紀は目を丸くするままに、逃げ出す人ごみに押し出されてゲームセンターから出ていく


「奏夜、奏夜ぁ!」


「家に戻れ、俺もすぐに帰る!」


「やだ、一緒がいい! 奏夜ぁ!」


「早く離れろ、行け!」


 沙紀は人の群れに巻き込まれながら、掻きわけようと悲痛な表情で手を伸ばす。


 それでも華奢な身体は人の波に押し返される。


 手が届かない――――


「奏夜、奏夜ぁ!」


 悲鳴が響き渡るフロアに、悲痛な叫び声が奏夜の背中に響き渡った。


 胸をかきむしり、奏夜は苦しげに顔をしかめて、巨大な黒き巨獣の前に腰を低く構える。


 不可思議な蒼き模様が身体全体に浮かび上がる。


 その瞳が血のように紅く、獣のように鋭くなる―――――





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