処刑された悪役令嬢は悪い魔女ではない。
公爵令嬢のアリスが処刑された。理由は王太子への侮辱、王太子の愛した女性への侮蔑。アリスは処刑された。広場の中心で生きたまま焼かれた。王太子であるリチャードは本当にアリスが悪いことをしたのか、本当に魔女だったのかと思案する。愛した女性に話しかけられたときに感じた濃密な気配。ああそれこそ、おぞましい、火刑されるべき魔女にふさわしい気配だった。
※細かいことは気にせず読んでください。
一人の令嬢が処刑された。ただ何も言わなかっただけで処刑された。侮辱したと、侮蔑したと勝手に言われて処刑された。
公爵令嬢アリスは、完璧な令嬢だった。
「……」
火刑を執行した王太子であり、アリスの婚約者であったリチャードはあんなにも燃え上がっていた火がくすぶっていくのを見つめていた。
リチャードとアリスは親に、国に婚約を決められた。しかし幼いころから一緒にいたので、婚約者や恋人と言うよりは、親友のような間柄であった。アリスとならきっとうまく国を回していける。そう確信まで持っていたのに。
まだ、リチャードは信じられなかった。アリスがリチャードのことを嫌っていたという話も。リチャードが愛した人のことを憎んでいたという話も、信じられなかった。だってアリスは昔言っていたのだ。好きな人が出来たらちゃんと教えてね、と。
リチャードがアリスに愛した人であるペトラを紹介した時、アリスは喜んでいた。貴方にも恋する季節が来たのですねと笑っていた。それなのに、アリスは変わってしまったというのか。
アリスのことを悪役令嬢だと揶揄する人間が増えたのはいつからだっただろうか。多分学園での催し物の際に、リチャードとペトラが一緒にいたところをたくさんの人間が見たことがきっかけだっただろう。いつの間にかアリスは二人を引き裂く障害と呼ばれるようになった。悪役令嬢だと、悪女だと。――魔女だと。
そんな風に言われても、アリスは反論しなかった。扇で顔を隠してどんな顔しているのか見せなかった。リチャードにも、仲の良かった友人たちにも。アリスが孤立し始めたとき、リチャードも何もしなかった。それがよくなかったのだろうか。
どうしてだろうか、リチャードの目には涙が溜まっていた。恋ではなかったが、アリスのことは好きだった。これからも一緒だと思っていた。ペトラは面白くないようだったが、きっと仲良くなれると思っていた。それなのに。
――そもそも罪状が侮辱と侮蔑だなんて、軽すぎる。生きたまま火刑になるほどの罪だったのだろうか。魔女だと言われても、実際に魔法を使うところなんて誰も見たことなかったのに。
ようやく、リチャードは思った。なんでこんなことになっているんだと。間違っているんじゃないかと。思って思って思って、まるで魔法が解けたかのように頭がすっきりしていることに気が付いた。
魔法?
「リチャード様……」
後方から、気づかわしげな声がした。それと同時に、さっき晴れたばかりのもやもやが戻ってきそうだった。可笑しい。まるで自分が自分で無くなるような感覚があった。
「ペトラ……君は何をした?」
リチャードがそう言い切る前に、どこからか叫び声が聞こえた。女性の叫び声だ。男性の叫び声だ。老人の叫び声だ。子供の叫び声だ。いったいなんだと思ってリチャードはその声のする方へと向かった。近くにいたリチャードの護衛のルポアが近づいた。
「殿下、このままペトラ嬢から離れてください」
「なに?」
「今、ペトラ嬢から濃い魔力の気配がありました」
リチャードはそれを聞いて、口に溜まったつばを飲み込んだ。魔力。簡単に言うが、それを持つ人間はほんの一握りに過ぎない。そしてその一握りの人間は、女性だけだ。そう、魔女。魔女だけが、魔力を持っている。魔力を持っていれば、魔女だ。
「北での魔女狩りに参加した時と同じ気配がありました。あれが先ほど使おうとしていたのは、おそらく精神干渉の魔法です」
「――」
ペトラ。リチャードが愛した女性。しかし彼女は魔法が使えることが、魔力を持っていることがわかってしまった。魔力を持っていたら、例外なく魔女だ。ペトラは魔女だ。ペトラが魔女だ。
じゃあアリスは?なぜ火刑にされた?魔法を使った事のないアリスが、なぜ。
「俺は、俺はなんてことを!!!」
走りながら、泣きながら、リチャードは悔いた。気づいてしまった。ペトラと出会ってから今の今まで、すべてペトラによって操作された結果なのだと。気が付くのが遅すぎた。リチャードの支えは、すでに燃え尽きたのだから。
「どうした!なにがあった!」
「これは……」
たどり着いた先に広がっていたのは、この世に滲みだした地獄だった。真っ黒くうごめく泥のようなものが人を捕まえて飲み込んでいく。リチャードはルポアとともに近くにいた男性を助けようとした。だが、泥が人を飲み込む力が強すぎる。やってきた他の兵士とともに引っ張る。急に引っ張る力が弱まったから、みんなして後ろに倒れ込んだ。
「大丈夫――」
――ではない。見ればそれはすぐにわかった。男性の、泥に飲み込まれていた部分が消えていた。下半身が、そこになかった。ルポアが男性の息を、脈を、眼球を確認して、それから首を振った。
また叫び声がする。兵士が散り散りになって、まだ泥に飲み込まれ切っていない人から助けようと試みだした。先の男性を見てしまったから、半分以上飲み込まれた人はもう助からないと判断した。恨みの声が混じってきた。
泥がリチャードの元にも迫ってきた。ルポアが気が付いてリチャードを引っ張りそのまま離れた。どっと、リチャードから汗が噴き出してきた。
「――ペトラァ!!!!!」
リチャードがそう叫んですぐ、くすくすと笑い声が聞こえてきた。この光景を楽しんでいるようだった。
「なぁに、王子様。楽しんでほしくてこの余興を考えたの!」
「貴様の仕業か!すぐにやめろ!やめさせろ!」
「なんで?」
本当に、本当にペトラは何が悪いのかわからないという顔をしていた。その顔に、リチャードはぞっとした。彼女の笑う顔が好きだった。そのはずなのに。今では邪悪が愉しんでいるようにしか見えない。
リチャードは、自分の選択のせいでこうなったことはもうわかっていた。アリスを選んでいたらこうはならなかった。ペトラを選んでいたからこうなってしまった。アリスを少しでも信じる心があったなら、アリスはリチャードの隣で一緒に策を考えてくれていたに違いない。
操られていたのはもうわかっている。でもならなんで、いま操られていないのだろうか。
「でも予想外。私の魔法が解けてるなんて。いったいどうしてかしら。もう一度かけようとしてもかからないなんて。なにか加護でも受けたの?」
加護。それを聞いてすぐに浮かんだのは、なぜかアリスの顔だった。
「――そんなところかしら」
その時リチャードの耳に届いた声に、リチャードは振り返った。地獄が、消えていた。
「え、あれ、なんで?なんであんた死んだでしょ?うわ、うわ、なぁに、あんた本当に魔女だったの?」
泥に飲み込まれていた人々が兵士たちに助け起こされていた。もう無理だと捨て置かれていた人たちが泣きながら抱きしめあっていた。初めに体を両断されてしまった男性も、自分の下半身を確かめて驚いていた。
空から、厚い雲がぎっしり詰め込まれていた空から、ひび割れたように日が差し込んでいた。
「ええ、死んだわ。でもね、死んでいないわ。だって魔女だもの」
「……あ、やだ、やだ、ちょっとまじで?」
「でもあなたたちと一緒にされるのは、とっても癪なの」
アリスは真っ白なドレスに身を包んでいた。上半身は体のラインが出ているが、決してエロチックではなくむしろ健康的ですらあり、前だけが短いフィッシュテールのスカートからさらけ出された足は膝上まであるロングブーツでおおわれていた。手には大きな宝玉が埋め込まれた、複雑な形状の杖を持っており、それ相まって神々しさすらある。頭に乗っているティアラは、彼女をこの場の支配者であることを指していた。
「ごきげんよう黒い魔女、私は白い魔女です」
「ヒ」
言うが早いか、アリスは杖を頭上に掲げた。同時に天から光でできた矢がペトラに向かって降り注いだ。叫び声も出なかったのは、一番初めの矢がペトラの顔を潰したからだろう。
矢が何本も何本もペトラの体に突き刺さった後、ゆっくりと、ゆっくりと、アリスは杖を揺らし始めた。しばらくして、ペトラの体が火に覆われだした。もがこうとする腕がバタバタと動くものの、矢は一本も抜けなかった。
アリスが燃えた時よりも、異臭があたり一面に立ち込めた。
「リチャード様」
呼ばれてリチャードははっとなってアリスを見た。アリスは微笑んでいた。燃やされたことも、見捨てられたことも気にしていない笑みだった。
「ごめんなさい、ペトラが魔女であることに気が付いたのは本当後になってからだったの。だから普通に魔法を使っては貴方にかけられた魅了を解くことができなかった」
「アリス、本当に、アリスなのか」
「はい、リチャード様。私はアリス。公爵家に生まれた、白い魔女です」
白い魔女。話をリチャードの側で聞いていたルポアがはっとなった顔になった。
「もしや先の北の魔女狩りで我々を導いてくださった白い魔女様は」
「私です。あの時は父である公爵、並びに国王より拝命して向かいました」
「ああ、そう、そう、だったのですね」
言ってルポアは頭を下げた。剣を落とし、相手にどうされてもいいように首を差し出す格好であった。
「申し訳ありませんでしたアリス様。悪き魔女と貴方が嘯かれているのにもかかわらず、何の疑いもせずに責めたてるようなことをしてしまった」
「あれは強い魔女でした。きっと町をいくつも滅ぼしているはずです。気づいたときには後手後手に回っていたせいでもう手の付けようがなかった。だから」
リチャードはアリスの顔を見ていた。火刑にされ、炭になってしまった体を思い出してめまいまで起こしていた。死んでしまった元婚約者。殺したと思っていた隣にいた人。五体満足でそこにいるのがやっと不可解だと思えるようになった時、後方から声がかかった。
「アリス嬢」
「陛下」
リチャードの父である国王が近づいてき、膝をつき、さらに頭を下げた。その様子を見て、側近や護衛騎士までも同じようにして頭を下げた。その光景に、周りで見ていた人たちも、真似て頭を下げた。リチャードとアリスだけが、その光景を見ていた。
ペトラは、まだ燃えている。火の爆ぜる音がする。
「君に、君にこのような決断をさせてしまうほど、弱い国で申し訳なかった」
「いいえ、私の力が足りなかったのもよくなかったのです」
国王が謝罪の言葉を述べた。王冠を地面に置いた国王は、情けない声を指していた。
「君から『リチャードが魔女に魅入られてしまった』と聞いたとき、私はリチャードを始末しようとした。しかし君は猛反対した」
「私はリチャードの婚約者でしたから。それに――」
アリスがリチャードの顔を見つめて微笑んだ。慈愛に満ちた、優しい微笑みだった。
「魔女の初恋って、火刑されても終わらないんですのよ」
アリスは、リチャードを愛していた。普通の魔女にとって男と言うものは傀儡であって恋愛対象にはなりえない。魔女の集まりであるサバトでは遊びで性行為をすることがあるようだが、しかしアリスはそうではない。
白い魔女は、他の魔女とは違う特性がある。もしくは、その特性が発現した魔女が白い魔女になるのかもしれない。それが、恋。
「本当はあそこまで着ていたら、国も、民も、父も母も、どうなっても仕方ないと思っていたけれども、リチャードが巻き込まれていたからどうにかしないとと思ったの。単純な力比べなら私が勝っていただろうけれども、あの魔女は魔力を隠すのが上手過ぎた。気が付くのが遅すぎたの」
アリスが杖を掲げる。杖から白い光が空に向かって放たれ空へと向かう。黒い雲が割れ、青空が一瞬にして現れた。光があたりを照らしていく。
同時に、ペトラから上がっていた煙も空に向かっていく。そうしてそのまま、灰も空へと上がっていく。そこに誰もいなかった。床の焦げ跡だけが残った。黒い魔女は、滅びた。
「白い魔女の力が増すのは、死の際。けれども私には刃は通らない、毒も効かない。火にくべられることでしか、死に向かう事が出来ない」
黒い魔女が燃やされても力が増さないのは、黒い魔女の肉体は人間の構造と違うからだ。黒い魔女は黒い感情の中で生まれる存在だ。対して白い魔女は、人に望まれて人から生まれるのだ。アリスが、そうだった。
人だから、人を愛する。人だから、火が怖い。普通のことだが、魔女としては意味のあることだった。
「私の火刑を進言したのは私でした」
「……!」
「この程度の罪で死刑になるはずがない。けれどもペトラにとらわれていた人にはそれがわからない。好都合でした。父と陛下は最後まで反対なさっていましたが……」
「アリス……」
人々が思い思いに頭を上げていた。そうして日の元に照らされた白い魔女を見て涙ぐむ。恐ろしい目に会うところだった。恐ろしい目に会ったのを助けられた。だから、皆の目には神の遣いとでも移っているようだった。
「君は、私のところへ戻ってきてくれるのか?」
「……どうしましょうね?」
アリスは微笑んだまま国王を見つめた。国王は目を一瞬だけ地面に落とした後、申し訳なさそうに言った。
「アリス嬢はすでに死亡が確認されている」
「……父上」
「この作戦が終われば、君はこの国を離れて楽園を探しに行く、そうだったな」
「はい」
「……!」
自分の感情を自分で動かすことができるようになったリチャードは、自分がショックを受けているのを感じていた。アリスが日に焼かれる直前までは浮かばなかったもの。婚約者が燃える炎の中で隅になっていくのを見つめている中で、ようやく感情を取り戻した。アリスのおかげだ。
「俺も、連れて行ってくれ」
だから、リチャードは願望を口にした。アリスと過ごしてきた日々は、リチャードにとって穏やかで優しく、そして愛していたのだと今更に気が付いた。ペトラのせいで捻じ曲げられたのが許せなかった。名誉を挽回したかった。汚名を返上したかった。しかしそれはリチャードの独りよがりだ。アリスは、ちっとも頷かなかった。
「貴方には、この国を守る使命がある」
「私は間違った理由で国を動かした。国にいられない」
「……でも」
「のう、アリス嬢」
アリスは首を縦に振らず、リチャードは首を横に振り続けた。そこに国王が口をはさんできた。王冠を置いたままの国王は、王とは呼べない。ただの、父親だった。
「この後始末は、わしがきちんと片付ける。その間、リチャードは批難にさらされるかもしれない。そうなれば責任をリチャードにと言われる可能性がある」
「いえ、いえ、私がすぐに気が付けなかったのが――」
「悪いのはペトラじゃった。君のリチャードも悪くない。だから、ちょっとだけリチャードと国を離れてくれんか?」
それはつまり、アリスとリチャードの二人で国を出ていけばいいという言葉だった。この場にいるのが国民の全員ではないから、間違った情報が蔓延する可能性がある。アリスの死刑執行の直後に黒い泥がわき始めたのだから、やはりアリスが魔女だったと。アリスの死刑執行を先導したリチャードのせいで国民が危険にさらされたと。情報が訂正されたとしても、面白くて恐ろしいものが広がるのだから、国にいては謂れなき言葉に傷つくかもしれない。それを乗り越えるのも勉強かもしれないが、国王はまだそれは親の仕事だと思っている。子供のやらかしは、親が償う。
「……アリス、殿下と一緒に行きなさい」
人をかき分けてきたのは、アリスの父だった。泣きはらしたように、目が真っ赤だった。
「お父様」
「あの魔女のことに気が付いたときの、お前の覚悟の顔はもう見たくないのだよ。お願いだ、好きな人と、幸せになってくれ」
父親の願いなんてそんなものなのだ。娘が幸せになってほしい。たったそれだけ。
けれども黒い魔女がすでに国の中枢まで入り込んでいるため今のままでは退治できない、だから白い魔女は力の底上げのために死の際まで向かわねばならないと説明を受けたとき、父は絶望した。ごめんなさいと言った娘に、自分だけ辛い思いをして皆が幸せになってくれればいいと願う娘に、父は何もできない自分が許せなかった。
けれども、すべて終わった今なら、願いを再びよみがえらせてもいいのではないかと思ったのだ。どうか、どうか、幸せになっておくれ、と。それだけが、父の願いだった。魔女とか、そんなもの、関係なかった。
リチャードは立ち上がり、アリスの前まで進んだ。そうしてアリスの、杖を持っていない手を恭しく手に取り、しゃがむ。片膝を付け、アリスの手の甲にキスを落とす。その瞬間、二人の体が淡く光りだした。
「……ああ、本気なのですね……」
その声にリチャードが顔を上げれば、アリスの大きな瞳から涙がほろりほろりと零れ落ちて行っていた。火にくべられたときにも、リチャードを奪われたと分かった時にもアリスは泣かなかった。
白い魔女は、嬉しい感情の中で生まれる。だから、涙も、嬉しい時によく流すのだ。
二人はそうして、ふわりと宙に舞った。手を握り直し、リチャードがアリスを抱きしめた。
祝福の拍手が起こる。二人はその時初めて、両想いになったのだ。
*****
楽園と言うものは、どこかにあるとだけアリスは知っている。夢で見た。夢でしか見たことがない。けれどもこの世界のどこかにあるというのはなんとなくわかった。だから、探しに行きたかった。
「アリス、君のスープだよ」
「リチャード様、ありがとうございます」
けれども人にとって楽園と言うものの定義が変わるのではないかと今なら思う。アリスはリチャードについでもらったスープのお椀を両手で抱えた。その温かさが心にまでしみてくる。
二人は旅の途中で森の中にいた。その先に昔いた白い魔女が訪れたという遺跡があると耳にしたからだ。アリスは魔法で認識を妨害させる魔法を張り、その中で野営を行っていた。
「……存外楽園とはこんなところにあるのかもしれない」
「そうかもしれないな」
倒れた木を椅子にして、二人は並んで座っていた。ふうふうとスープにスプーンを突っ込んで熱い熱いとほおばるリチャードの横顔を眺め、アリスはいつもの微笑みの形を、満面の笑みに変えた。
国の復興は旅から旅をしている二人の耳にも届いた。悪い魔女のせいで国が滅ぼされかけたが白い魔女が国を救ったのだという美談を聞き、アリスはむずがゆくなったものだ。
もう何年も国には戻っていないが、国の復興が進むたびに駆け抜けていく噂が二人に笑顔をもたらした。
「……あ」
アリスがリチャードの横顔から空へと視線を動かすと、一つの星が流れていくのを見た。その星をきっかけにして、追いかけるように星が落ちていく。
「きれいだな」
「はい」
アリスは、幸せだった。愛したリチャードの道を狭めてしまったのは申し訳ないけれども、一緒に来てくれたことには本当に嬉しかった。その愛は一向に枯れることなく、むしろ増していくばかりだった。
もしここでリチャードが別の女性に惹かれて離れていくとしたら、アリスが黒い魔女に転じてしまう可能性はないとは言えない。前は許せても今は許せないかもしれない。一度死を迎えてよみがえった白い魔女であるアリスが転じた場合、ペトラ以上の、あるいはこの世界の黒い魔女を合わせても足りないくらいの強さを持った黒い魔女になる可能性が否めない。アリス自身それに気が付いており、時折リチャードに別の選択肢を示唆し、嫌になれば一思いにと願った。けれどもリチャードはそのたびにアリスを抱きしめるのだ。
あの日二人が淡い光に包まれたあの日、二人は離れることが出来なくなった。魔女の契約は人間側の死亡か魔女側の破棄宣言でしか解消されない。けれどもリチャードは自分の死をアリスに看取ってほしいと願うのだ。あの日死んでいくアリスを自分が見たのだから、公平に行こうとまで言い出した。それは違うのでは、と思っても、アリスは否定はしなかった。
「アリス、今度国に寄らないか?」
「……ええ、いい案ですね」
お互いの父に母に会いに行こう。そうして改めて二人の仲が良好だと伝えに行こう。子供たちのせいで迷惑をこうむった大人たちにごめんなさいをしに行こう。きっとしかたないと呆れた顔するのが目に浮かんで、二人は似た顔をして笑った。
星は、そんな二人をいつまでも見守っていた。
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