死んだ聖女は一夜限りの花嫁として生き返る
アリス・カナベルは魔王を倒すために選ばれた聖女だった。
勇者リオン、魔法使いルークと共に、勇者パーティとして魔王を倒すために五年ものの歳月をかけて、魔王城へとたどり着き、やっとの思いで魔王を倒す機会を与えられた。
そして、勇者リオン・ファリオスが遂に魔王の心臓を捉えた。
魔王は血反吐を吐き、剣を握る手を弱めた。
魔王はリオンが剣を抜いたことで、地面へと倒れ落ちる。
魔王は動かなくなり、魔力でできているその体は、段々と形を崩して壊れていき、その欠片は空中に散っていった。
リオンは、振り向いてパーティーメンバーを見つめて喜びの表情を現していた。
皆も浮かれて、魔王の状態を確認できていなかった。
アリス以外を除いて。
魔王はリオンへと向かって、小さな魔法を撃とうとしていた。
そんな大きさでは普通ならば、ただのかすり傷であろう。
だが、相手は魔王だ。
油断してはいけない。
(リオン!)
アリスの声はリオンに届かなかった。
魔王との戦闘でカラカラになった喉は、声を発することすら出来なかったのだ。
アリスはリオンの方へと一目散に走っていった。
そして、リオンの背中を押して、魔王の一撃から逃れようとした瞬間。
その一撃は、リオンではなくアリスの方へと当たった。
胸へと直撃したそれは、段々と体を蝕んでいき、悶え苦しむ声がアリスから出ていた。
立てなくなってその場に倒れ込むアリスをリオンが支える。
そして、まだ生きている魔王へトドメを魔法使いのルークがさした。
リオンの目元から流れ落ちた水滴が、アリスの頬を伝っていく。
ルークが苦手な回復魔法をアリスに使うが、あまり効果はない。
アリスは辛うじて動く左手をリオンの頬へと収めた。
そして、手を上げることすら困難になって落ちていくアリスの手をリオンが頬に押さえつけた。
もう死んでしまうのだと、アリスは自分で理解していた。
この言葉を言ってしまえば、リオンへの呪いになってしまうのではないかという杞憂を考える程の時間は残されていない。
だから、アリスは自らが後悔しない選択を選んだ。
「好きよ。リオン」
段々と悪くなる視界の中、アリスにはリオンがどのような表情をしているのかは分からなかった。
ただ、リオンのアリスの手を握る力が強くなり、アリスの顔に落ちる水滴が多くなったことだけは分かった。
「俺も……アリスが好きだ」
アリスはその言葉を聞いて、もう覚ますことのない深い眠りについた。
「一時の夢」
アリスはゆっくりと目を開いて、体を起こした。
体に当たる感触がやけに柔らかいと思ったらどうやらベッドの上に寝ていたようだ。
手の感触を確かめるように何度も手を動かしたりする。
アリスは先程、自分が死んだという感触があった。
ならば、これが俗に言う天国だろうかと辺りを見渡した。
すると、ベッドの横にある椅子に座っている男性を見てアリスはぎょっとした。
「リオン!?」
まさか彼も死んでしまったのだろうかとアリスは、リオンの腕を掴んだ。
その感触はまさしく生きている人間そのものだ。
「アリス……!」
リオンはまるで大事な物を扱うようにアリスのことを優しく包み込んだ。
アリスの冷たい体にじんわりとリオンの温もりが染み込んでくる。
アリスもリオンのことを抱きしめ返した。
そして、リオンは小刻みに震えて子供のようにアリスに抱きすがった。
「私、死んだはずじゃ。これは夢?」
「夢じゃない」
はっきりと言うリオンに、アリスは唸った。
夢じゃないとしたら、やはり天国だろうかとアリスはリオンを見た。
それにしては、まるで現実のようにリオンの感触がはっきりと伝わる。
「天国?」
「天国じゃない。君はもう死んで……国王に頼んで禁忌魔法を使わせてもらった」
リオンはアリスを離して、悪いことをして少し気まずそうな子供のように、反省の意を示した。
アリスはそんなリオンを見て、咎めることなどできなかった。
どうせリオンのことだ。
手順はちゃんと踏んだのであろう。
ならば、言う事は何もない。
「それで、なんの禁忌魔法なの?」
「一時の夢。午前十二時になるまでの三時間、死者を生者の国に呼び戻せる魔法だ」
「そう。なら私はやっぱりあの時死んだのね」
「すまない。俺のせいで」
強く歯を噛んで、眉をひそめて苦しそうな表情をするリオンを見て、アリスはゆっくりとリオンへと顔を近づけた。
アリスはリオンの唇へと少し触る程度のキスをした。
柔らかい唇の感触は初めての口づけが上手くできただろうかとゆっくりとリオンへと目をやる。
アリスは、面を食らったようにぼーっとするリオンを見て、恥ずかしそうに唇を尖らせた。
「少しは反応しなさいよ」
やっとその言葉を聞いて、リオンは初心な青年のように耳まで真っ赤にさせて、にんまりと嬉しそうに口角を上げた。
それを見てアリスはすぐに笑顔を取り戻した。
「三時間、ちゃんと予定は組んでいるのでしょうね」
「そうだけど……」
恥ずかしそうに目を逸らしたリオンを見て、アリスはベッドから立ち上がって、リオンの手を掴んだ。
「行きましょう。リオンも時間が惜しいでしょう?」
アリスとリオンが最初に向かったのは舞踏会だ。
ひらひらのドレスに着飾ったアリスは、鏡を見てその姿を目に焼き付けた。
着替えを済まし、リオンと合流するとまるで貴族のような燕尾服に身を包んだリオンを見て、彼へと近づいた。
「綺麗だ」
先に褒め言葉を言おうと思っていたのだが、先を越されてしまった。
「リオンも素敵よ」
二人がダンスホールへと入場すると、大きなダンスホールには、アリスとリオン、そして音楽隊のみだ。
このために貸し切りをしたのだろう。
自分たち以外誰もいないというのは少し寂しい気もするが、これもいいかもしれない。
階段を降りて、ダンスホールの真ん中へと足を進めると音楽がゆっくりと鳴り始めた。
「私、あまり上手に踊れないのだけれど」
アリスは、ダンスなどこの方一度も習ったことはなかった。
それをこの時にようやく気付いたが、そんな事などお構いなしにリオンがアリスの右手を掴んだ。
「アリス、俺と踊ってくれませんか?」
リオンはアリスの手の甲にキスをした。
そんな、ロマンチックなこともできたのかと体が緊張で固まっていく。
どくどくと心臓が胸を打ち、アリスはこくりとリオンの言葉に頷いていた。
そして、ゆっくりと二人は動き始めた。
「本当に踊れるのでしょうね?」
二人とも相手の足を踏んづける事態にはならないだろうかと心配げに、アリスはリオンの顔を見上げて聞く。
そんなアリスの姿を見て、リオンはふっと笑う。
「何が可笑しいの?」
「この時のために、俺もずいぶん練習したんだ」
嬉しそうにそう零すリオンを見て、アリスは静かにこの時を楽しむことにした。
リオンが練習したと言っていたが、確かにアリスが踊りの作法を何も知らないのにここまで踊れているということは、余程リオンが頑張ったということだろう。
そして、リオンがアリスの腰を掴み、体を宙に浮かした。
二人が見つめ合うと、アリスはリオンの嬉しそうな顔を見て、つい笑顔がこぼれ落ちた。
二人は何曲かダンスを踊ると、音楽隊が演奏をやめた。
どうやら、ダンスはこれで終わりのようだ。
二人が次に向かったのは結婚式場だった。
その場所が分かると、アリスはリオンを見てあることを決心した。
アリスに囚われたリオンを救えるのはアリスだけだ。
夜中にも関わらず、ブライズメイドが用意されていた。
彼女らもリオンのわがままに付き合わされて大変だろう。
着替えが終わり、花嫁の白の衣装を身に纏ったアリスは自らにぴったりのその衣装がとても気に入った。
リオンが選んだのだろうとすぐに分かった。
そして、ブライズメイドに神父にある言葉を誓いの言葉で付け加えるように伝えた。
ブライズメイドは少し目を丸くして驚いていたが、すぐに了承してくれた。
アリスはリオンの新郎の姿を見て、感嘆の声がつい漏れ出てしまった。
「綺麗だ。愛してる」
前のリオンならば、こんな言葉など恥ずかしくて言葉にしてくれなかったのだが、今のリオンはそんなキザなことを言える青年に成長したようだ。
「とても似合ってる」
二人は手を取り合い、ゆっくりと入場する。
用意されている席には誰もおらず、神父と新郎新婦のみの簡素な結婚式だ。
アリスはブライズメイドがしっかりと神父に言伝をしているだろうかとちらりと神父を見た。
目があった神父は柔和な笑みを浮かべて小さく頷いた。
「新郎リオン。あなたはここにいるアリスを一夜限りの妻とし、病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も妻として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」
「……」
リオンは黙り込んだ。
流石のリオンもその誓いが普通なものではないと気付いたようだ。
困惑の視線は最初、神父へと移り、神父がアリスを見たことによってアリスへとその視線は移った。
「リオン、誓ってちょうだい」
リオンはまるで苦虫を噛み潰したように眉を寄せて今にも泣き出しそうな顔をしている。
アリスは魔王を倒して自分が死んだあの時、呪いのようにリオンに告白したことを悔いていたのだ。
二人は両思いだった。
それはアリスも理解していたが、辛い魔王退治の途中で付き合うという雰囲気にはならなかった。
だから、死ぬ前にとリオンに告白したが、リオンに呪いの枷のようにその言葉が絡まっていることを知った今、彼をもう一度呪いの枷にかけるわけにはいかない。
「……はい、誓います」
「新婦アリス。あなたはここにいるリオンを一夜限りの夫とし、病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も夫として愛し敬い悲しむことを誓いますか?」
「誓います」
「では、指輪の交換を」
リオンがアリスの左手の薬指に結婚指輪をはめた。
アリスもリオンの左手の薬指に結婚指輪をはめる。
「では、誓いのキスを」
リオンがアリスのヴェールを上げた。
隠されていた顔を見て、リオンの顔が緩んだ。
アリスが目をつむり、リオンのキスを待つ。
ゆっくりとリオンがアリスの唇にキスをした。
柔らかな感触にアリスは自分の心臓が脈を打って体がこわばるのが分かる。
リオンの唇がアリスの唇から離れると、アリスはゆっくりと目を開いた。
「二人の結婚は神に認められました」
神父はそう言葉を残すと、式場の裏へと姿を消した。
すると、リオンがアリスの手を握った。
絡み合った手からは血の流れがよく伝わってくる。
少し汗ばんだ手がリオンも緊張をしていたのだとほんの少しの安堵をアリスに与えた。
「なぜ、今夜限りなんて言葉を……」
リオンの握る力が強くなる。
リオンは今夜限りなんて文言を入れなくてもよかったのではないかと思っている。
だが、アリスの考えは違った。
「だって、リオン。私、あの時あなたに告白したのを悔いているのよ。あなたが禁忌魔法まで使って私を起こして、こんなことをするなんて思ってなかった。だから、次は後悔したくないの。あなたにはあなたの人生を送ってほしい。次の女性をとは言わないけど、私の事は胸の奥にでも楽しい記憶だったと思い出してくれるくらいでいいのよ。だからね、リオン。泣かないで」
リオンの頬には大量の涙が伝っている。
アリスが死ぬ前の頬に伝った時も、リオンはこのような表情をしていたのだろうか。
アリスはリオンの頬を撫でた。
リオンとアリスの目が重なる。
「好きよ」
すると、リオンの目が熱を帯び、アリスの唇を覆った。
そして、椅子の上へとアリスを押し倒す。
だが、アリスの思っていた結果へとリオンは動かなかった。
リオンはずっとアリスの手を握って唇を求めるばかり。
口元を押さえつけるだけのキスとは違い、口を開き、覆うようにアリスの口元へと何度も口を開いた。
あまりにも必死なその動きにアリスも自然と口を開けてしまう。
それを見逃さないリオンはすぐさま口内へと舌を侵入させ、アリスの舌にそれを絡ませてきた。
アリスの瞳には涙が浮かんでいる。
一度と言ってもする時間に限度はある。
息が絶え絶えになったアリスはどんどんとリオンの胸板を叩いた。
やっと解放され、涙目になったアリスの口元からリオンの口元まで糸が引いている。
それがあまりにも厭らしく、アリスはリオンの顔から目を逸らした。
胸が動くぐらい息を吸って吐くアリスに、もう一度リオンがアリスの口元を奪う。
「あなたねえ」
遂にしびれを切らしたアリスがリオンの体を本気で拒絶する。
後退りをしたリオンはぼーっとしたままだ。
十二時までこのままキスをし続けるつもりではないだろうかと思うほど熱烈なものだった。
「……好きだ」
ぽろりと零したリオンは、まるで駄々をこねる赤子のように言う。
リオンはアリスが生きていることを確かめるために、ずっとキスをしていたのだ。
動かず反応もしないアリスを見ていたからこそ、こんな風に動いているアリスを見て今までの思いがすべて現れてしまった。
そして、二人は今夜限りの夫婦だ。
それが、リオンの耐えていた枷をすべて外したきっかけだった。
今夜限り、三時間しかないアリスの生きている時間で、彼女がリオンに呪いをかけたくないのは分かった。
だけれど、リオンはそれを突きつけられて、何も抵抗もせずに受け入れたのだ。
だが、心のうちは違った。
それが、キスとして現れたのはリオンの精一杯の抵抗だった。
「幸せになって」
アリスは本当はリオンの胸を借りて死にたくないと言いたい気持ちを抑え込んだ。
今、アリスがするべきことはリオンが自分との別れを済ますことだ。
リオンがアリスの胸を借りて、泣きじゃくっている。
アリスはそんなリオンを宥めるように背中を擦った。
「天国に来た時、あなたの人生の話をたくさん聞かせてちょうだい。もちろん、つまらない寂しい人生を送るなんて許さないんだから」
「……ああ、もちろんだ。約束する」
アリスは小指を立ててリオンへと向ける。
リオンは自らの小指でアリスの小指を掴んだ。
しばらく、二人は式場の椅子で寄り添って、魔王討伐の冒険の話をした。
楽しかったあの思い出の日に戻ったような気分だった。
「少し外が見たいのだけれど、どうかしら。平和になった世界をこの目で見てみたいの」
アリスがそう言うと、リオンはアリスを連れて、二階にベランダへとアリスをエスコートした。
もう十二時になろうとしているというのに、街は光で埋め尽くされていた。
その光景を見て、アリスはリオンへとこつんと体をもたれさせた。
そして、リオンの手の握り、その光景を目に焼き付けた。
「リオン、私、三人での冒険とても楽しかったの。ルークにも言っておいてくれないかしら」
「ああ」
「そうね。ダンスも結構イケてたし、私とても驚いたの。まさか、結婚式をやるなんて思わなかったし、それに――キスも。もう何も思い残すことはない。夢を見せてくれてありがとう。リオン、私、今とても幸せよ」
「俺もだ。この日を一生忘れない」
アリスは自分が段々と立てなくなるのが分かった。
ベランダの手すりへと掴まっていると、ひょいとリオンがアリスのことをお姫様抱っこの形で抱き上げた。
アリスはリオンの体へと体を寄せた。
アリスは安心したように目を瞑った。
「さよなら、リオン」
「今度は、ゆっくりと眠ってくれ」
午前十二時を知らせるベルが鳴った。
二人は最後の別れを済まし、アリスの首がことりと上げれなくなると、リオンは彼女の遺体を抱きしめて、耐えていた涙を流した。
だが、リオンのその涙は前を向くためのものだった。
リオンはアリスと最後のお別れをした今、過去に囚われるのではなく自分の人生を生きようと決意した。
アリスの冥土の土産に、たくさんの思い出を作って幸せにならなくては。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
評価、ブックマークをいただけると励みになります。




