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赤いネオンライトのサディストと親友の死体

-2-

『音楽バーMirage』は歓楽街にあっては比較的地味な店だ。

ネオンライトのまばゆさから隠れるように大通りから少し裏路地をたどった奥まった場所でひっそりと営業している。

両隣のホストだのキャバクラだのでは派手な顔写真がデカデカと飾られているが、『Mirage』の建物は2階部分までが吹き抜けになっていて、奥まった壁の3人しか乗れない小さなエレベーターを待つ数人の客の姿を横目に、大理石風のらせん階段を上っていく。

3階のガラスには瀟洒なガラス細工が施され、中の様子を外から伺うことはできない。地味、というのはうがちすぎか。こういうのを上品とか高尚っていうのかもしれない。

ビルの中央に掲示された鈍色の看板に筆記体で書かれた店名のロゴも小憎たらしい。

店の前には黒いドレスを纏ったバウンサー。ミニスカートから覗く白い足は長く引き締まっていて、廊下の明るい照明の下では、膝上の手術痕がありありと見える。その瞳の赤い瞳が俺を見て淡い色に光る。

「コーヤ・ヒサカキ様ですね。オーナーからVIP席にご案内するように承っております」

バウンサーがこめかみに手を当てると、黒シャツに白ベストをかっちり着こなした店員が現れた。彼女に続いて店に入る。

店内は静かだった。ステージの上で歌う紺色のスパンコールドレスをまとった歌姫のハスキーな歌声と、物悲しいピアノの伴奏、ガラスがこすれる音とかすかなざわめきだけ。

客がいないわけではない。むしろテーブルの8割は埋まっている。

会話禁止というわけではないはずだが、会話を楽しむような店じゃないから。

歌に聞き入っている客も一定数はいるだろう。

そういうまともな客は見ればわかる。

そうじゃない客のテーブルには酒とつまみ、そして小さい小瓶が置かれている。青白く薄暗い照明のせいでわかりづらいが、異様に痩せて目だけギョロ付かせた客がもう空になった小瓶を鼻にあてて、快楽の残滓を吸い出そうとする様は、地獄の餓鬼を彷彿とさせる。

アレは匂いを楽しむ物ではない。

他の虚空を見つめてほほ笑んでいる客を見ればわかるだろう。

俺は袖で口元を覆った。

吸引式の電子ドラッグ。

この店の裏メニューだ。いや、多くの客がこれ目当てで来ている時点で裏でもなんでもない。実際、酒のメニューの中にオプションの割材として注文する形式だから。

ここのオーナーの方針として酒より薬を売りたいだろうし。

店の奥のVIPと金文字で書かれた黒いドアをノックする。

店員は返事を待たずに音もなくそのドアを開いた。

深紅の革張りのL字型ソファの真ん中に男が1人座っている。

琥珀色のミラーレンズに隠された端正な顔にご満悦な微笑を浮かべ、鼻歌を歌いながら両腕にそれぞれ愛人の肩を抱いて、リズムに合わせた繊細な指の動きでその肩を打鍵している。

毛先を赤く染めたウェーブのかかった白い長髪は黒いシャツの肩に広がるに任せ、動くたびに耳元のピアスがじゃらじゃらと揺れている。

見るからに高級そうな光沢のある黒シャツは大きく開襟し、ワインレッドのスラックスの下は素足にサンダルというちぐはぐさ。

男の指が跳ねるたびに、両脇抱えられたアンデッドロイドたちは恍惚としたため息をついて、赤いネオンライトの瞳をうっとりと細めている。

嫌な光景だ。

右側のアンデッドロイドはおそらく素体が女性だろう。黒いサテンのドレスの大きく開いた背中には痛々しい傷跡が装飾のように残っている。スリットから覗く足はガーターベルトで留めたニーハイソックス。病的な白さと肉感のない細すぎる足のせいでエロスというより彫刻のような作り物めいた美しさ。

左側のアンデッドロイドは…。白いシルクのシャツはぶかぶかで、襟口から覗く体は痛々しいまでに痩せている。

どちらも青みがかったグレーの髪を首まで伸ばし、軽くウェーブのかかった裾には赤いグラデーションカラーとご主人様とお揃いのピアスが1粒片耳で揺れている。

わかりやすい所有物たち。

店員が声をかける。

「レンヤ様、コーヤ・ヒサカキ様がいらっしゃいました」

レンヤは細身のフレームの色眼鏡を外し、真っ赤なネオンライトの瞳が俺を見据え、にっこりと半月に細められた。

「お!コーヤじゃん。おひさ~。店に来るのは…3か月ぶり?月1であってるからあんま久しぶりな感じしね~けど。てか、お前、電話出ろよ。友達だろ?」

「誰が友達だ」

電話もメールもこの3年間で1回も返してない。なのにこいつは週1のペースでダラダラと続けてくる。いい加減やめればいいのに。というかやめてほしい。

意味のない雑談ならまだ害はない。こいつのプライベートには微塵も興味はないが、我慢できる。しかし、たまに送られてくる愛人とのハメ撮り。あれだけは本当に我慢ならない。

何度もやめろと伝えたが、糠に釘。

「俺が送りたいから送ってるだけ。てか見たんなら感想くらい教えろよ。よかっただろ?」

なんて悪びれる様子もないし、一向にやめない。

逆に喜ばせるだけなのがわかってからはもう抗議さえ諦めた。

ニヤニヤと赤いネオンライトが俺の反応をめでるように光る。

「ミナトに会いたくなったんだろ?お前も懲りないね」

レンヤは左手に抱えたミナトの腰を抱き寄せた。

「あっ」

ミナトはちょっと嬉しそうにその黒シャツに顔をうずめる。

鳥肌の立つ光景だった。

努めて顔には出さないようにしているが、レンヤの愉快そうなニヤニヤ笑いを見るに、あんまり成功してないかもしれない。

「ミナト、コーヤにお酒持ってきてあげて。いつものね」

レンヤが耳元で囁く。

ミナトはピクリと体を震わせると、大人しくフロアの方へと消えて行った。

「あーん、レンヤ様。私も~」

右側の愛人がレンヤの膝に乗り、その体に身を寄せる。

「ウララは甘えん坊だねぇ」

膝の上の愛人を抱きしめてその太ももに手を這わせるレンヤ。

これについては何も言うまい。

いつ来てもこいつはこうだ。

俺はL字型ソファの端の方に座ったが、レンヤはウララを抱えたまま俺の近くに座り直してきた。

「…今回のミナトは随分大人しいんだな」

生前の性格とは大違いだ。

苦虫を噛み潰したような俺の言葉に、レンヤはまた笑みを一段深くする。

「だろ?リセマラ失敗かな~って思ったけど静かなのも案外いい。ベッドではお喋りなギャップがたまらん。ああ、喋ってるっていうか啼かせてるっていうかだけど」

「レンヤ様のエッチ~」

生々しい親密さを醸し出さないでほしい。

他人の性生活には興味ないし、それがかつての親友の話ともなれば気色悪くてたまらない。いくら今は別人になっているとしても、マナトの体をこんな男が好き勝手しているなんて吐き気がする。

ドアが開き、トレイを持ったミナトが戻ってきた。

俺の前におしぼりとつまみの盛り合わせ、そしてガラスのタンブラーに入った丸い氷と琥珀色の液体。

匂いに思わず顔をしかめる。

「オイオイ、ミナト!コーヤはジントニックしか飲まないんだぞ。しかもウィスキーがこの世の何よりも嫌いなんだ」

面白くてたまらないって顔だな、レンヤ。

いい加減この茶番にも飽きてほしいもんだ。

「忘れちゃったのか?」

底意地の悪いことだ。

「あ、申し訳ありません…」

しおらしく俯くミナト。

ミナトは悪くないだろうに。忘れるも何もお前が消しているんだから。俺が来なかった半年間で何度こいつのメモリをリセットしたんだ?別に聞いたって仕方ないけど。死んだ時点で俺のことなんて忘れてるんだから。死後に何回死んだって大差ない。

「作り直します…」

「いや、ありがたくいただくよ…」

グラスに伸びたその手を遮った。軽く指先が手の甲に触れる。

常温よりも少しつめたく手入れの行き届いた華奢な指先。

昔のお前はもっとごつごつ男っぽい感じだったろう。

こんな細部までにまで別人ぶりが表れている。心底嫌だ。

俺はミナトの顔を見つめた。顔立ちにはあの頃の面影が少しだけある。

こいつの素体はマナトだ。

でも、もはやミナトはマナトじゃない。彼の死体を機械で無理矢理動かしているだけのナニカだ。困ったようにおずおずと様子をうかがうその赤い視線に耐えかねて目をそらし、ウィスキーを口元に運んだ。一滴舌に触れただけでやっぱり無理だと悟る。

マナトだったらウィスキーなんて出さない。俺と同じでウィスキーなんて嫌いだった。

かつての友人のなれの果てを見るたびに新鮮な喪失感で胸が痛いよ。

こんなに痛いのに、こんなに寂しいのに。レンヤの加虐心を満たすだけの空しい営みだってわかっているのに。どうしてもやめられない。

「あっはっは。そんなにウィスキー嫌かよ」

横から伸びて来たレンヤの手がウィスキーグラスを攫い、こくりと喉を鳴らして飲む。

「こんなにウマいのに!これが飲めないなんて人生損してるぞ。ミナト、コーヤに新しい飲み物作ってやって。今度は忘れるなよ~」

パタパタと出ていくミナト。

「お前好みのクラフトジン仕入れておいたから」

なんとも魅惑的なウィンクを投げてくるが、愛想笑いも返す気はない。

「そいつはどうも」

ミナトが作り直したトールグラスのジントニックは爽やかな風味がめちゃくちゃ俺好みだった。酒の趣味は合わないはずなのに、こいつのセンスはいつも良い。ムカつくことに。

「気に入った?もっと頻繁に来るならボトルキープしてやるけど?」

「…結構だ」

レンヤは別に気にした風もなくウィスキーを楽しんでいる。

ミナトがレンヤの隣の定位置に戻り、おずおずとその肩に身を寄せる。

本当に目の前でいちゃつかないでほしい。お前のそういう顔見ると酒がまずくなる。

地獄みたいなアウェイ感。

俺の気まずさを肴に上機嫌で話に花を咲かせるレンヤ。

「コーヤは今何しらべてんの?」

「…言えるわけないだろ」

「ふーん」

嫌な間だ。こいつが俺の仕事について聞いてくる時は大体ろくでもない。

「ところでホステルファミリアの新商品の開発が滞ってるって噂知ってる?彼らはうちの大事な取引先だからさ~」

「…新商品の話自体初耳だ」

嘘の防波堤は楽々と突破された。

「ホステルファミリアのアンデッドロイドとつるんでるのに?」

「…わかってるなら聞くなよ」

「わからないから聞いてるんじゃん」

わからないのはどこまでだ。なんて、会話に応じたらレンヤの思う壺だ。

「なんで知ってるんだ。ストーカーかよ」

自然な方向へ話を流す。

「うちの組織は手広くやってんだ。男二人で風俗来たんだってな?」

おそらく今日調査した風俗店の内一つがこいつが幹部をやっている犯罪組織の持ち物だったのだろう。それか昨日の『セックスしないと出られない部屋』か。

よりによってだな。

「調査だから…」

「ふーん?溜まってるならうちの子を貸してやろうか?ウララはどうだ?あ、やっぱりミナトの方がいいよな?」

「…」

何から何まで嫌すぎる。

レンヤの何が嫌って、なまじ俺への理解度が高いのが一番嫌だ。俺の心の柔らかい所を的確に抉ってくる言葉選びの数々。効果覿面だよ、この野郎。

すっかり鼻白んで酒の味もわからない。

爆笑するレンヤに不安げに密着する2人の愛人たち。

心配しなくても取って食ったりしない。俺がお前をそう言う目で見てると誤解されることさえ苦しいよ。

「そんな怒んなって。悪かったよ」

ちっとも悪びれた様子もなくレンヤはうそぶく。

「そうだ、お詫びに一曲弾いてやるよ。ラヴェルなんてどうだ?俺の演奏聞けるなんてラッキーだな!」

ウィスキーを流し込むと、レンヤは立ち上がった。

すかさずウララがソファに乱雑に脱ぎ散らかされた深紅のベストを拾ってレンヤの腕を通させる。

「お前のための演奏だぞ。楽しんでくれよな」

俺に向かってウィンクすると、レンヤはボタンを留めながらフロアの方へと歩いていった。

わっとフロアの方で歓声があがり、また静まり返る。

その静寂を縫うようにピアノの音が流れ出す。

お得意のクラシカルクラシック。

『亡き王女のためのパヴァーヌ』の物悲しい旋律。

相変わらずお上手なことで。

壁のモニター越しにフロアの様子を見る。

電子ドラッグに溺れる客も、この時ばかりはスポットライトに照らされたピアノとその演奏にくぎ付けだ。

俺は音楽に関してはド素人だが、こんなドラッグ窟で聞いていい代物ではないと思う。だから勿体ないなんて言いたくもないけど。

最後の一音が消えると入れ替わるように大喝采が巻き起こる。

俺の横に座るアンデッドロイド二人組も、ヒソヒソ声でレンヤの演奏を絶賛している。またしても蚊帳の外。混ざる気もないからいいけどさ。

喝采を背負ってVIP室にレンヤが戻ってきた。

「あ~、最高。ライブってマジでたぎるわ~」

出迎えるように立ち上がった愛人たちを両手で抱きしめ、それぞれの頬に軽くキスする。

キャッキャと喜ぶ様子に目を細めたかと思うと、おもむろにミナトの前髪を片手でさらりと避けた。ああ、またか。

見てろと言わんばかりの目配せに辟易するが、目を離せない。

レンヤはミナトのむき出しの額に指をあてると、

「バーン!」

と銃を撃つ仕草をした。

ミナトは本当に撃たれたかのように体が反動で跳ね、がっくりと力なく倒れ込んだ体をレンヤが抱き留める。

うつろに開いた瞳の光は消えていて、照明も相まって生前のマナトと同じ黒い瞳に見えた。

しばらく死体らしく静かだったが、おもむろにモーターの音が蘇り、再起動音とともに目に光が戻る。見つめ合う2対の赤いネオンライトの瞳。

「おはよう、ミナト」

目の前の美形にミナトは恥ずかしそうに目を伏せ、不意に俺と目が合った。

ミナトはビクッと身を震わせて目をそらすと、レンヤの胸に縋りつくようにきゅっと顔をうずめた。

喜色満面のレンヤ。

「ヤバい、今回のミナトは当たりかもしれん。悪いなコーヤ。ちょっと貸してやっても良かったけど。こんな可愛い子を先に味見されちゃ敵わん」

味見なんてしたことないだろ。

何度見ても新鮮な嫌悪感がこみ上げる光景だ。

レンヤはこうやって意味もなく愛人のメモリをリセットしている。その度に走る人格構成プログラムの再起動によって微妙に性格が変わるのが面白いのだとか。

「何度でも新鮮に俺好みに染められるのが楽しい」

聞いてもないのにそんなことをウィスキー片手に1時間語られたことを思い出して閉口する。悪趣味極まりない金持ちの道楽。こういう根本がこいつとは分かり合えない。

「あー、今日はたっぷり可愛がってやらねーとだわ」

げんなりとした俺の表情に一瞥くれるとレンヤはミナトの顎を掬いあげ、深く唇を重ねる。

もう見てられなかった。

「あー?もう帰んのかぁ~?」

ドアへ向かう俺をレンヤの声が追いかける。

「邪魔をするのも野暮だからな」

「つれないな。お前も混ざれよ」

「誰が混ざるか、このサイコ野郎」

ああ、しまった。

暴言なんて逆効果なのわかってるのに。

「ボトルはキープしといてやるから~」

勝ち誇ったようなその声には答えない。

恍惚と演奏の余韻に浸るドラッグ中毒者たちにも目もくれず一目散に出口へ逃げる。

行かなきゃよかった。いつも思うのにまた行ってしまう。

マナトはもういないのに。

ミナトを見たって満たされない。レンヤは論外。フレンドリーにされるほどに気持ち悪い。

不意にワイリーの顔が思い浮かんだ。

今日もワイリーがいたらここに来たいなんて思わなかっただろうに。

ワイリーに会えるまであと12時間少々。

長い夜のお供に未来のことでも考えようか。

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