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アンデッドロイドは人間じゃないということ

-2-

スフィンクスは肉球を組み替えながら俺たちに順繰りに視線をやる。

「気を取りなおしてルール説明にゃ。お前たちの片方にお題を見せるから、それを相棒に言葉を遣わず身振り手振りで伝えるにゃ。3回挑戦して1回でも伝わったらそれでクリアだにゃ。簡単だにゃ?」

「え!?こんなの最初の1問で当てちゃうけど、大丈夫そ?」

ワイリーが困惑したように首をかしげる。

スフィンクスの試練はいつも意味不明だが、今回は特に意図がわからない。大の男二人がジェスチャーするのなんて見て面白いのか?

それに、ワイリーは付き合いこそ浅いが、下手な隣人よりも会話した相手だ。以心伝心なら任せろって感じ。

「にゃにゃにゃ。お手並み拝見だにゃぁ」

スフィンクスがかぎづめでコツコツとオーディスの天頂部をつつく。

「オーディス、例のブツを」

「はー、飼い主を顎で使うなよなぁー…」

オーディスはブツブツ文句を言いながら俺の背後に回った。そして急に口をふさがれる。何かと思ったら変な金属製のマスクをつけられていた。口だけを覆うマスクなのに猫耳が付いていて絶妙に邪魔だ。

「ちょっと!」

そのこえは自分の耳にさえ届かない。

「それじゃはじめるにゃー!」

スフィンクスは上機嫌で猫用ベッドの端を肉球で叩いた。

照明の光度が一段階落とされる。

レーザーライトが赤外線センサーのように部屋をうろうろし、真っ白なスポットライトが俺に当たった。

「コーヤからだにゃ!」

ドラムロールが鳴り響く。いや、よく聞いたらスフィンクスのモーター音だ。

スフィンクスがカッと口を開くと勢いよくガチャポンの容器が飛び出す。

「おい、出すなら言えって~」

床を転がっていく球体をオーディスが小走りで捕まえる。

手渡されたお題の内容を見て俺は内心ガッツポーズを決めた。

ワイリーはポアロを知っていた。

ならばこのお題は楽勝だろう。

スフィンクスの眼球代わりのディスプレイが一瞬レモンイエローに発光する。

そして表示される右目に「1」、左目に「00」の白い文字。

「制限時間は1分にゃ。それじゃー、はっじめるにゃー!」

ジャーン。

ドラの音が室内を揺さぶる。

立体的な音響に驚いたが、いつの間にか現れた2体のバウンサーによる生演奏だった。

スフィンクス、本当にこういうの好きだよな。

なんて考えている間にも時間は過ぎていく。

呼吸を整えてワイリーに向き直った。

右手でわっかを作り、それを右目の前で前後させて見せた。

ワイリーはピンと来ていなさそうだ。

俺はそのまましゃがみ込み、地面に向かって同じ動作を繰り返す。

「えっ、なにそれ?右目だけサイバライズしたサイボーグ?アンドロイドの定期メンテ?」

あれ、意外と通じてないな?

残り40秒。

俺は右手でパイプをふかすジェスチャーをしたが、肝心のパイプがないから「ワインを飲む富豪?あ、鑑定士とか?」なんて誤読された。

おかしい。

残り20秒。

俺は右手で作った拳を縦にして、親指の上に左手で作ったわっかを乗せる。左目をつむってこのわっかを覗き込む格好で手を前後に動かしながら、もう一度地面を観察するジェスチャーをした。

「んー?」

あ、ダメかも。

「あ!もしかして」

いや、ダメじゃないかも。

ワイリーのネイビーブルーの瞳に自信に満ちた光が宿る。

「それ、アイスクリーム!?『朝菊』第4話でワッフルに乗ったアイスクリームを初めてみた時の金メッキ縦ロールお嬢様…から推察してのバイオメタル暗殺術?」

ジャーン。

ドラが鳴った。

「不正解にゃ~」

スフィンクスの楽し気な声。

スフィンクスの両脇を固めるバウンサーの片方のバイザーグラスが青く光る。

「正解は『探偵』でした」

もう片方のバイザーグラスも青く光る。

「いやぁ~今の勝負いかがでしたか?」

「あの手つきでパイプは無理筋でしたねぇ~」

口のスピーカーから変な解説に見せかけたディスが容赦なく流される。

くそ。俺だってちょっと思ったけどパイプを的確に表すジェスチャーなんてないだろ。

俺はマスクを取ってワイリーに駆け寄った。

「ワイリー!バイオメタル暗殺術なら『最終奥義:千手観音クジャクの舞』だろ!」

両手を胸の前でクロスさせ、右足を回しながらその手を外回りにゆっくり回す。

第6話で朝菊を守るために金メッキ縦ロールお嬢様がバイオメタル暗殺術総本山のエリートアサシンに繰り出すが、『裏奥義:鳳凰比翼の舞』のカウンターであと一歩のところ及ばずに膝をつく『朝菊』屈指の名シーン。

「バイオメタル暗殺術(この力)で大好きなヒトを救えたら私は昨日よりもっと誇れる私になれますわ」のセリフはもう涙なしには見返せない。

ワイリーも頭を抱えていた。

「あのシーンも好きだけどやっぱ朝菊とのデート回のケンカップル感が好きすぎて…」

それも激しく同意だけどね。

「てか、あの手つきがパイプならこれは何なの?」

ワイリーは最後の20秒で俺がやったジェスチャーを真似した。

「この手はどう見ても虫メガネだろ!!」

それでもワイリーは釈然としない様子。

「何でパイプと虫眼鏡で『探偵』なんだ?関係ないだろ」

探偵を示す一番わかりやすいアイコンじゃないか?

オーディスも微妙に首をかしげているし、スフィンクスは爆笑してそれどころじゃない。

「え、探偵って言えばシャーロック・ホームズでしょ?ホームズといえばほら、パイプと虫眼鏡と変な帽子…」

「ホームズ?実在の名探偵ってこと?」

「アレっ?見たことない?日曜朝アニメ『名探偵ホームズ』。俺ら世代ならみんな見てると思ったんだけど…」

「『名探偵ホームズ』は20年前のアニメだにゃ」

え、『名探偵ホームズ』ってそんな前なの?地味にショックを受けつつハッとする。

ワイリーは製造されてまだ3年。

素体になった人物は間違いなく世代ドンピシャだけど、ワイリーにとっては生まれる前の大昔のアニメだよな。俺にとってのポケモン、みたいな。

「ごめん。これは俺が悪かった」

まさかこんなに見た目年齢が近い奴との間にジェネレーションギャップがあるなんて!

盲点だった。

パンと会話を断ち切るようなクラップ音。

「気を取り直して、二問目にゃ」

今度はワイリーの番だ。お題を見て大きくうなずいている。

次のお題は概念じゃなくてもっと具体的なモノならいいんだけど。

ドラの音ともにワイリーが動いた。両手を上に向かって垂直に立て、軽く背伸びする。

かかとが浮き、指先までピンと伸ばした状態で全然体幹がぶれない。

上背のあるワイリーがやるととんでもなくデカく見える。

が、何を表すジェスチャーなのか皆目見当がつかない。

「え、ラジオ体操?」

ワイリーは激しく首を振りながらその手を胸の前でバツにする。

あ、不正解ってことだよな。

続いてガションガションと関節から機械音がしそうなほど機械的なカクカクした動きで、ドアが開いて、その中に入り、またドアが閉まるというパントマイムをした。

そして右手だけ招き猫のように上げてしょぼくれた様子で立っていたが、急に左側によろめく。急ブレーキをかけられて慣性でのけぞる、みたいな。

「はいはいはい!わかった、電車!」

ワイリーは首を振る。

「じゃあ正規雇用者オフィスワーカー?」

ワイリーはまた首を振る。

今度は顔の横で手を垂直に立てた。その手を等間隔で前後左右に垂直を保ったまま移動させる。ワイリーがかなり大真面目な顔をしているせいで、そのシュールな動きと相まって俺は笑いをこらえるのに必死だった。

アンデッドロイドがロボットダンスって。

さっきのパントマイムといい妙にクオリティが高くて動きに切れがあるのがなおさらおかしかった。もはやワイリーもふざけてるんじゃないのか?と思い始めたところで時間切れになった。

ワイリーが口をパクパクさせて抗議してる。

喉をミュートにしていたことを思い出し、こめかみに触れた。

「コーヤ!なんでラジオ体操なんだよ!どう見たってこれはツインタワーだろ!」

そういって俺の目の前まで来て最初の背伸びみたいなジェスチャーをした。

確かにツインタワーのジェスチャーだと言われたらそうにしか見えない。

「いやいや。でも電車の後のこれは何だったの?」

ロボットダンスっぽい動きを真似た。

「それはビル!中心街はビルがいっぱいあるだろ!」

まあ旧市街に比べたら背の高い建物は多い。でも建物の密集率はどっこいどっこいのはずだ。

「じゃあ正解は『中心街』だったの?」

「そうだよ!」

答え合わせをする俺たちの脇でまたバウンサー2人が変な実況解説コントをしている。

「おーっと、コーヤ・ヒサカキ選手。1か月の中心街での経験をここでいかせず!一体何のために脳のサイバライズをしたのか…!」

「痛恨の失点となりましたね」

「いよいよ後がなくなってまいりました。第三問で挽回なるか…」

こいつらって不気味の谷型なんだよな?

絶妙に効く煽りをしてくる辺り、さすがはスフィンクスの手下たちだ。脳サイバライズは少なくとも謎のジェスチャーゲームのためじゃないことは確かだよ。

スフィンクスの目がまた猫の目に戻っている。

無機質なディスプレイだが、きっと内心ほくそ笑んでいるのだ。

スフィンクスが試練にこれを選んだ理由がなんとなくわかってきた気がした。

どれだけお前がワイリーに好感を抱いていようと所詮あったばかりの他人だろ、とでも言わんばかりの内容。

心のうちまで見透かされているようで落ち着かない。

だから彼女の力はあんまり借りたくないんだ。

「泣いても笑っても次で最後にゃ。用意はいいかにゃ?」

俺は神妙にうなずく。

最後のお題は何ともスフィンクスらしいものだった。

ドラの音。

ゲーム開始と同時に俺は自分を指さした。

「え、コーヤ?サイボーグ?スニッファー?目?鼻?」

ワイリーが畳みかけるが、どれも違う。

今度はワイリーを指差し、手でハートの形を作った。

「ありがたいけど俺には彼女が…」

ジェスチャー伝言ゲーム中にいきなり告白するわけないだろ!

その彼女のことが言いたいんだって。

俺はスフィンクスに目を向ける。

楽しんでいるのか尻尾がずっとゆらゆら揺れている。

ここまでこいつの演算通りの展開なんだろうか?だとしても、諦めるわけにはいかない。

俺は地面に手をついた。四足歩行で少し前進する。

ワイリーはピンと来てない。まあ、ここからだ。

俺はゆっくりと立ち上がり、二本の足で前進する。

徐々に歩調を緩めた。腰を丸め、右手だけを床につき、左手を腰に回す。そして右手を杖のようについて数歩進む。地面についているのは三本の四肢。

さあこれでわかるだろう。

期待してワイリーを振り返ったが、全然ピンと来てなかった。

時間はあと20秒。これは非常にまずい。

俺はスフィンクスを指さした。

「時計…?ネコ…?スフィンクス?」

大きくうなずく。

「スフィンクス関連といえばエジプト?ファラオ?」

まあ、ファラオもコレの一種だろう。さらに大きくうなずくと、ワイリーの目が輝いた。

「ファラオが近いんだな?コーヤとファラオ、俺にハートマーク…」

ワイリーが腕を組み、うーんと唸る。

時間は残り5秒。

閃いてくれ。

残り3秒。

ネイビーブルーの瞳がカッと開かれる。

「わかった!死体だ!」

ジャーン。

答えるのと同時にドラが鳴った。

そしてー

「Game Over!」

二体のバウンサーの声がユニゾンする。

パチパチとのない拍手とともにゲームのリザルト画面のようなゆるいBGMが流れ出す。

バウンサーたちが緩い声で解説という名の追い打ちをかけてくる。

「惜しかったですね~。三足歩行の先を答えられてしまうとは!ヒサカキ選手も予想外だったことでしょう」

「無様に四つん這いになるヒサカキ選手は見モノでしたね~」

やかましいわ。

「すまん、ワイリー」

マスクを外しながら俺はうなだれた。

「え、死体じゃないの?」

ワイリーは困惑し通しだ。

スフィンクスのディスプレイが猫目に戻る。

「正解は『人間』だにゃ」

俺は人間。ファラオも人間。ワイリーの彼女も人間。

朝は2本、昼は4本、夕は3本といえば人間。

ワイリーは俺の肩を掴んでがっくりとうなだれた。

「ごめん、これはわかるべきだった…」

「いや、紛らわしかったよな、俺のジェスチャー」

お互いにごめんごめんと謝り合う。

そんな俺たちを尻目にオーディスがスフィンクスをつつく。

「え、問題の構成美しすぎない?「スフィンクス」が「人間」に関するクイズを「アンドロイド」に出してたの?スフィンクス、なんて賢い猫なんだ」

グルルルル。

グルーミングのようなモーター音が部屋中にとどろく。

「そうとも、わっちは賢いんだにゃ」

ニコニコと上弦に細められた猫の目が俺たちを見据える。

「試練は失敗だにゃ」

「なあ、泣きの一回とかダメ?」

「ダメだにゃ~ん」

猫の目がきらりと光る。

「でも情報はあげるにゃ。君たちはコンビとしては最悪だったけど、エンターテイメントとしては結構楽しめたからにゃ」

ワイリーは俺の手を掴んで跳ねた。

「やったな!」

俺は何とも言えない気持ちでスフィンクスを見た。

最初から無理そうな試練を課し、おまけで情報を渡されたことは何度かあった。

経験則でこういう時が一番危ない。

「この情報を君たちに与えた方がもっと面白くなるからにゃ」

そういったスフィンクスの目は獲物をいたぶる猫のように楽しげだった。

不意にスフィンクスが大きく口を開いた。

その口から平べったい板のようなものがゆっくりとせり出してくる。

グルーミングのようなモーター音に印刷機のような機械音が混じったかと思うと、その板の上を滑って1枚の紙がひらりと舞い落ちる。

床に落ちた紙を拾い上げた。

そこに書かれた情報は3行。

歓楽街のとある住所、『ちぇり~ピーク』という店名、『ミレイ』という名前。

「これは?」

「そのエバンズ行きつけの風俗店と馴染みのセクサロイドの名前だにゃ」

「えー、また風俗店…?」

ただの調査のはずだったのにこの短期間で2度も風俗店に行くことになるとは思ってなかっただろう。しかも彼女持ちなのに。

まあ、よくあることさ。

直近で一番会話した相手がセクサロイドか電子ドラッグで見た幻覚なんて珍しいことでもない。

ただ、それは一般的な人間の場合だ。

あの悪人も卑近な慰めを求めるのだろうか。

「ま、摩天街って基本こういう感じだよな。ネオンとドラッグとセックス。天才科学者様も欲には勝てないってことか」

「いやいやわかんないよ?もしかしたら恋仲で、体を変えてでも会いに行った…とか?」

「そんなロマンチックなもんあるかねぇ」

とはいえ、せっかく体を張って得た手がかりだ。明日はここに向かうと決めてもらった情報をスキャンする。

「よかったらもっと飲んでいったらどうかにゃ?オーディスのおごりで」

「え!?俺のおごり!?」

ありがたい申し出だったが、断った。

今日はワイリーに『朝菊』の監督の初期作品を見せる約束をしてたから。

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