尻尾味見事件
うちの犬は、柴犬が嫌いだ。
理由ははっきりしている。
昔、公園で柴犬に尻尾の先を齧られたからだ。
別に大怪我ではない。血も出ていない。
ただ、尻尾のふわふわした毛の部分だけを「カプッ」といかれたらしい。
食べるでもなく、威嚇でもなく、
本当に「味見」という表現が一番近い事件だった。
それ以来、うちの犬は柴犬を見るたびに緊張する。
遠くに柴犬のシルエットを見つけただけで歩幅が変わるし、
近付いてきたら「ヴ……」と低い声を出す。
こちらとしては、
「もう何年も前やし、全部の柴犬が尻尾食うわけちゃうよ」
と言いたいのだが、
本人の中では完全に
【柴犬=尻尾を狙う存在】
として登録されているらしい。
そして、問題は祖母だった。
祖母は尻尾味見事件そのものを見ていない。
見ていたのは、その後だけだ。
散歩中、柴犬を見るたびに警戒するうちの犬。
妙に距離を取るうちの犬。
明らかに「アイツらは信用できん」という顔をするうちの犬。
祖母は、それを毎日見ていた。
すると、数年後。
「あっ、柴犬や」
と言った瞬間、
祖母が露骨に嫌そうな顔をした。
「……あの犬ら、なんか怖いねんな」
いや、なんで?
あんた被害者ちゃうやろ。
尻尾食われかけたん、そっちちゃうやろ。
祖母は別に齧られていない。
なんなら現場にもいない。
なのに今では、
散歩中に柴犬を見かけると
「ほら来た」
みたいな顔をする。
完全に思想を継承している。
うちの犬も、そのたびに
「やっぱり分かってくれるか」
みたいな顔をするので、
最近ではもう、
一人と一匹で柴犬への警戒網を敷いている。




