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尻尾味見事件

掲載日:2026/05/17

うちの犬は、柴犬が嫌いだ。


理由ははっきりしている。


昔、公園で柴犬に尻尾の先を齧られたからだ。


別に大怪我ではない。血も出ていない。

ただ、尻尾のふわふわした毛の部分だけを「カプッ」といかれたらしい。


食べるでもなく、威嚇でもなく、

本当に「味見」という表現が一番近い事件だった。


 それ以来、うちの犬は柴犬を見るたびに緊張する。


遠くに柴犬のシルエットを見つけただけで歩幅が変わるし、

近付いてきたら「ヴ……」と低い声を出す。


こちらとしては、

「もう何年も前やし、全部の柴犬が尻尾食うわけちゃうよ」

と言いたいのだが、

本人の中では完全に

【柴犬=尻尾を狙う存在】

として登録されているらしい。


そして、問題は祖母だった。


祖母は尻尾味見事件そのものを見ていない。


見ていたのは、その後だけだ。


散歩中、柴犬を見るたびに警戒するうちの犬。

妙に距離を取るうちの犬。

明らかに「アイツらは信用できん」という顔をするうちの犬。


祖母は、それを毎日見ていた。


すると、数年後。


「あっ、柴犬や」


と言った瞬間、

祖母が露骨に嫌そうな顔をした。


「……あの犬ら、なんか怖いねんな」


いや、なんで?


あんた被害者ちゃうやろ。


尻尾食われかけたん、そっちちゃうやろ。


祖母は別に齧られていない。

なんなら現場にもいない。


なのに今では、

散歩中に柴犬を見かけると

「ほら来た」

みたいな顔をする。


完全に思想を継承している。


うちの犬も、そのたびに

「やっぱり分かってくれるか」

みたいな顔をするので、

最近ではもう、

一人と一匹で柴犬への警戒網を敷いている。

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