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「同じ駅、同じ電車、隣にいる理由」
朝の空気は、少しだけ冷たかったっちゃ。
改札前のベンチに腰を下ろし、
僕―はるとは、時刻表を見上げる。
「次の電車、五分遅れだって」
「また?」
隣で、深雪が肩をすくめた。
あの頃より少し伸びた髪。
落ち着いた色のコート。
でも、表情は変わらない。
「寝ないでくださいよ」
「寝ないよ。もう受験生じゃないし」
「信用できません」
「失礼な」
笑い合う。
ここは、あの日と同じ駅だった。
峰山高校の受験日に、
僕が寝過ごした、あのベンチ。
「……覚えてる?」
深雪が言った。
「ここで声かけたこと」
「一生忘れません」
「男子に間違われたやつ?」
「そこじゃないです!」
深雪は小さく笑って、空を見た。
「人生ってさ」
「はい」
「ほんと、どこで変わるかわからないね」
数年が経った。
深雪は無理のない範囲で進学し、
僕も、自分なりの道を選んだ。
入院も、検査も、
何もなくなったわけじゃない。
でも。
「今日は調子どうですか」
「まあまあ。合格点」
「それなら安心です」
そんな会話が、
日常になった。
電車の接近音が聞こえる。
「ねえ、はると」
「はい」
「もし、あの日」
「はい」
「私が声かけてなかったら」
「……」
「今、どうなってたと思う?」
少し考えてから、答える。
「別の人生だったと思いますね」
「だよね」
「でも」
深雪を見る。
「今の人生で、よかったです」
一瞬、深雪が驚いた顔をして、
それから、柔らかく笑った。
「……私も」
電車がホームに滑り込む。
扉が開く。
「行こ」
「はい」
並んで乗り込む。
座席に並んで座る。
肩が触れる。
繋いだ手は、
もう特別じゃなくて、
当たり前だった。
車窓に、駅が流れていく。
受験も、文化祭も、
入院も、修学旅行も。
全部、過去になった。
でも。
「はると」
「はい」
「これからも、隣でいい?」
あの日と違って、
迷わなかった。
「もちろんだっちゃ」
電車は、静かに走り出す。
同じ駅。
同じ電車。
そして、繋がれた二人の手。
僕たちは、もう迷わない。
病気という名の時が二人を裂いたとしても、
僕たちは今日も、明日も、これからもずっと、同じ方向へ向かって歩いて行くだけだっちゃ。




