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冬の間
冬は、深雪にとって少しだけ厄介な季節だ。
寒さで体に負担がかかる。
検査の数が増える。
そして――入院の可能性が高くなる。
それを知っていたはずなのに、
実際にその日が来ると、胸が追いつかなかった。
「……入院?」
放課後の昇降口。
深雪はマフラーを巻き直しながら、いつもの調子で言った。
「うん。予定通り」
「予定通り、って……」
「大丈夫。長くはならないよ」
その“長くはならない”が、
どれくらいなのか、聞けなかった。
「無理しないでください」
「してないっちゃ」
深雪は笑う。
繋いだ手が、少し冷たかった。
入院したという連絡が来たのは、翌日。
【深雪】
《ちゃんとベッド。点滴も優秀》
冗談めいた文面なのに、
それだけで少し安心してしまう自分が悔しい。
放課後、病院へ向かった。
外は雪。
音を吸い込む白さが、やけに現実味を消していた。
病室に入ると、深雪は窓の外を見ていた。
「……雪」
「似合わない感想ですね」
「ロマン、わかるようになったんだよ」
こちらを見る。
「来てくれてありがと」
ベッドの横に座る。
(ポツン。ポツン)
点滴の音が、一定のリズムを奏でている。
「学校、静かだよ」
「でしょ」
「クラス委員が『主役不在』って言ってました」
「失礼だな」
小さく笑う。
でも、そのあと。
「……はると」
「はい」
「手、いい?」
そっと差し出された手。
繋ぐと、思ったより温かかった。
「心配?」
「……心配」
「正直でよろしい」
深雪は天井を見た。
「私ね」
一拍。
「入院、それほど嫌いじゃない」
「……え?」
「ちゃんと守られてる感じがするから」
胸が少し、軽くなる。
「でも」
視線がこちらに戻る。
「はるとが来ない日は、ちょっとだけ寂しい」
その“ちょっと”が、
胸に深く刺さった。
「……毎日は来れませんけど」
「うん」
「でも」
言葉を選ぶ。
「来れる日は、必ず来ます」
深雪は、目を細めた。
「それ、約束?」
「……はい」
「じゃあ私も」
少しだけ、力を込めて手を握る。
「ちゃんと元気になるっちゃ」
沈黙。
雪が、窓を叩く。
「ねえ、はると」
「はい」
「未来の話、してもいい?」
「……はい」
「退院したらさ」
「うん」
「手、繋いで帰ろ」
「……はい」
「春になったら」
「はい」
「また一緒に、騒がしい日常に戻ろ」
深雪の声は、静かだった。
「それで、たまに、こうして弱くなる」
「……受け止めます」
「ありがとう」
その言葉が、
今までで一番、重くて優しかった。
面会時間の終わり。
「帰り、気をつけて」
「深雪も」
「私はベッドから動かない」
「……それはそれで心配です」
笑う。
手を離すとき、
少しだけ名残惜しそうな指先。
「はると」
「はい」
「待ってて、って言わない」
「……」
「待たせる前提、嫌だから」
だから代わりに、と言うように、
「戻る」
短く、強い言葉。
「……はい」
病室を出る。
廊下の白さが、さっきより現実的だった。
外に出ると、雪はまだ降っていた。
でも、冷たくはなかった。
約束は、声高じゃなくていい。
未来は、ゆっくりでいい。
僕は手袋の中で、
さっきまで繋いでいた感触を確かめながら、
静かな冬を歩いたっちゃ。




