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深雪が学校を休んだ。
それだけで、教室の空気が少し変わった。
「今日は静かだな」
「イケメン欠席かー」
そんな声を聞き流しながら、僕――はるとはノートに視線を落としたまま、
一行も頭に入らない板書を書き写していた。
(……大丈夫、って言ってたのに)
昨日の放課後、少し顔色が悪かった。
「平気」と笑ってたけど、
その“平気”が本当じゃないことを、僕はもう知っている。
昼休み、意を決してスマホを見る。
【深雪】
《ちょっと入院。命に別状はないだっちゃ》
心臓が一瞬、止まった気がした。
《お見舞いに行ってもいいですか》
すぐに返事が来る。
《静かにできるなら、いいだっちゃ》
《はい》
放課後、病院に向かった。
白い廊下。
消毒の匂い。
足音がやけに響く。
ナースステーションで名前を告げると、
「面会は短時間でね」と言われた。
病室の前で、深呼吸を一つ。
ノックする。
「……どうぞ」
カーテン越しに見えたのは、
ベッドに横になった深雪だった。
点滴。
心電図の機械。
制服じゃない、薄い病院着。
「……来たんだ」
「はい」
声が、思ったより小さかった。
「座って」
椅子に腰掛ける。
近いのに、触れられない距離間。
「ごめん。学校、騒がしくなかった?」
「……正直、少し」
「でしょ」
くすっと笑うけど、声は弱い。
「倒れた?」
「ううん。ちがうよ。検査入院」
「そっか……よかった」
本音が、そのまま出た。
しばらく、点滴の音だけが鳴り響く。
「はると」
「はい」
「怖い顔してる」
「……してません」
「してる。学校にいる時の顔と違うし」
ばれていた。
「……心配、しただけです」
「ありがと」
天井を見つめたまま、深雪がぼそっと言った。
「私ね、ここに来ると、少し安心するんだ」
「どうして?」
「ここだと、ちゃんと弱くていい場所だから」
胸が、ぎゅっとなる。
「学校だとさ」
深雪は続ける。
「元気なふりしなきゃいけない。
イケメンで、余裕があって、平気な顔」
「……」
「でも、はるとの前だと、ちょっとだけ楽」
点滴の管が、かすかに揺れた。
「隣にいるだけでいいって、初めて思えた」
喉が、詰まる。
「……先輩」
「なに?」
「クラスでは、カップル扱いされてますけど」
「知ってる」
「……ここでは、どうですか」
深雪が、ゆっくりこちらを見る。
静かな目。
「ここでは」
小さく笑って、
「ただ、好きな人」
心臓が、うるさく鳴った。
「……それ、反則です」
「静かに」
「無理です」
お互いに笑い合った。
ナースが通りかかってこっちを見た。するとすぐに二人とも黙ってしまった。
そっと、手が伸びてきた。
でも、触れない。
でも、近い。
「帰る時間でしょ」
「……はい」
「また来ていいよ」
「毎日行きたいです」
「それ禁止」
「じゃあ、我慢します」
深雪は満足そうに目を閉じた。
「はると」
「はい」
「名前、呼ぶの。好き」
その一言で、全部持っていかれた。
病室を出るとき、そっと振り返る。
深雪はもう眠っていた。
点滴の音だけが、規則正しくリズムを刻んでいた。
クラスでは公認。
病院では、静かな本音。
僕は廊下で立ち止まり、
胸の奥でそっと静かに決意し、こころに誓った。
(この人の“平気じゃない時間”を、
ちゃんと隣で受け止めよう)
走らなくていい、ゆっくりと歩く恋が、
ここにあったっちゃ。




