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「受験日の奇跡は、制服と点滴の匂いだっちゃ」
人生で一番寝てはいけない日に、人はなぜ眠くなるのか。
――それは、受験日だからである。
「……はっ!?」
目を覚ました瞬間、口から情けない声が漏れた。
中学三年生・はるとは、駅のベンチで見事に爆睡していた。
電光掲示板を見る。
次の電車 26分後
「詰んだ……」
峰山高校受験当日。
ここから高校まで、徒歩だと約四十分。
走れば……いや、無理だ。肺が死ぬ。
ださきゃあにどうしよう、どうしよう、どうしよう。とベンチで頭を抱えていると、
「ねえ」
後ろから声。
「……え?」
振り返ると、そこに立っていたのは――
男子高校生、にしか見えない人物だった。
男子用の制服。
短髪。
イケメンすぎて逆に腹が立つ顔。
「もしかして、峰山高校?」
「そ、そうですけど……」
「私も方向一緒。送って行こうか?」
脳がフリーズした。
(俺、知らない男子にナンパされてる?
いや、“私”って言った?
え、送る? え?)
混乱していると、その人は苦笑いした。
「あー、またか」
「また……?」
「よく間違われるんだよね。これでも女です」
「……ええええええ!?」
思わず声が裏返った。
「そんな驚く?」
「だって、制服! 男子の!」
「うん、事情があって」
そう言って、駅の柱に立てかけてあった自転車を指さす。
「君、時間ないでしょ? 説明は後で」
「……お願いします!!」
もはや他に選択肢はなかった。
自転車の後ろに乗った瞬間、はるとは別の意味で詰んだ。
(え?近い! 距離が近い! あとめっちゃいい匂いする!
病院の匂いだけど!)
「名前は?」
「は、はるとです!」
「私は深雪。高二」
「へ?先輩!?」
「うん。落ち着いて。振り落とさないで」
ペダルを踏む深雪先輩は、驚くほど軽やかだった。
「……あの、病院帰りって言ってましたよね」
「うん。定期通院」
「……え、大丈夫なんですか」
「大丈夫じゃないから通ってるんだけど……」
さらっと言われて、どう返していいかわからなくなる。
「実はさ」
「はい」
「心臓、ちょっと弱いんだよね」
「……!」
「激しい運動とか無理。だから部活もできないし、体調悪い日は制服も楽な方にしてる」
「じゃあ、自転車も……」
「これは大丈夫。お医者のお墨付き!」
そう言って、冗談めかして続けた。
「ただし、イケメン受験生を乗せるのは今日が最初で最後」
「イ、イケメンじゃないです!」
「顔真っ赤」
「ださきゃあに受験のせいです!」
くすくす笑う声が、耳元で弾ける。
高校が見えてきた。
「間に合うよ」
「ありがとうございます……!」
「ねえ、はると」
「はい」
「もし受かったら、ちゃんと生きて高校来なよ」
「……え?」
「心臓弱い人からの、切実なアドバイス」
その言葉が、胸に刺さった。
試験は、信じられないほど集中できた。
深雪先輩の声が、ずっと頭に残っていたから。
合格発表の日。
番号を見つけた瞬間、全身の力が抜けた。
「やった……」
「おめでと」
振り向くと、そこにいたのは―
女子用制服を着た深雪先輩。
「今度はちゃんと女の子で来た」
「……めちゃくちゃ似合ってます」
「素直でよろしい」
少し間が空いて、先輩は真面目な顔になった。
「ねえ、はると」
「はい」
「私、いつ入院するかわからないし、約束とか守れないこと多い」
「……」
「それでも、一緒に帰るくらいならできるけど」
胸が、どくんと鳴った。
「ぜひ、お願いします!」
そう言って両手をだしてきた。
即答すると、先輩は驚いてから、照れたように笑った。
「ほんと、受験生って大胆だっちゃ」
春風が吹く中、
自転車の後ろじゃなく、並んで歩く帰り道。
制服のきみは、少し弱くて、ものすごく強かったっちゃ。




