4 フランシスカ
街中でバイクを走らせていると、知り合いがATMを破壊しているのが見えた。タンクトップにホットパンツ、レザーブーツという攻めた服装で、褐色の肌を大胆に露出させた女性プレイヤー。
彼女の名前はフランシスカ。私と同じアサシンで、中でもちょっと特殊なプレイヤーとして界隈では有名な人物である。
「フラン」
名前を呼ぶと、ATMを斧で叩き壊したフランシスカが振り返った。
「乗ってく?」
聞くとフランシスカはすっと後部座席に跨る。そのまま発進。ATM破壊はゲーム内でももちろん犯罪判定だけど、通報するNPCがいなければ警察も来ない。来ても手配レベル的に楽に逃げ切れる。
「何か用事?」
距離が十分に取れたところで、フランシスカが聞いてきた。走行中のバイクの前後で滞りなく会話できるのは、システムの処理のおかげ。
「ちょっと相談? 手伝って欲しいことはあるかな。今フリー?」
「うん」
フランシスカは傭兵ムーブというプレイスタイルでゲーム内通貨を受け取ってさまざまなプレイヤーから仕事を受ける。雇われないか、という話だ。
「なに?」
「コネクションに手を出そうと思って」
「……いまさら?」
「うん」
「……ソロなのに?」
「うん」
ソロだとコネクションを利用して人数不足を埋めるのが定番らしいけど、私はひとりで何とかなったから必要に感じなかったのだ。ゲーム内でやれることの多さもあって、これまで後回しにし続けていた。
ただ先日自宅が爆発された件で、防衛用手段の確保する必要性が出てきた。ゴーマが動画配信のネタにしたせいで、真似しようとするリスナーが湧いてきたのである。
「迷惑野郎」
「ほんとにそう」
フランシスカのシンプルな悪口に私も同意する。
もともと治安の悪いゲームだから、こういう手合いはやりたい放題だ。見つけ次第殺しているが、留守中に狙われることが多いし、再建費用もバカにならない。
そこで対策として考えたのが、コネクションを利用して警備を雇うことである。ブラックスターダストにはプレイヤーの財産を保護するシステムなんてないので、自宅を破壊されることは珍しくない。ただ家一軒倒壊させるには結構な量の爆弾が必要だ。そして私の自宅があるのはセキュリティレベルの高い高級住宅地。騒ぎが起こればすぐに警察が飛んでくる。壊すにはこっそり下準備してから一気に破壊する必要があって、警備が一人でもいれば難易度は跳ね上がる。
「ただ定番の刑務所はとっくに襲撃されてるし、ランダムイベントは狙って起こせるわけじゃないから。フランなら何か知らないかなーって」
傭兵としていろんなプレイスタイルの人に触れているからね。情報も広く持っているのではと期待したわけだ。
「組織を頼るのは?」
「NPCとは全部の勢力と敵対してるから」
「蛮族?」
失礼な。そっちのほうが楽しそうだっただけだ。
「そこらのNPCに遅れをとるつもりはないからね。利用する予定もなかったし」
まあ今になって苦労しているわけだけど。
「普通はそこまで無双できない。けど、今ので思い出した。確定でコネを作れる場所あるよ。たぶん、今も無事」
「おっ。やっぱ頼るべきは実績ある友だ」
「そこ右」
フランシスカに導かれるまま、ハイウェイに乗って郊外へ。ゴミゴミとしたシティとは打って変わって遮るもののほとんどない広大な荒地に降りると、さらに山ひとつ越え、マップの端付近までやってきた。
「あれ」
フランシスカに連れてこられたのは、塀と有刺鉄線に囲まれた、いかにも物騒な施設だった。ちょうど地形の窪んだ場所にあって、近づかないとまずわからない。
「こんなとこにこんなのあったんだ」
「クリスコの兵士育成施設」
「へえ」
「ここで育てられた兵士は色々なところに売られる。だから組織への忠誠心じゃなくて、ただ命令を聞くことが仕込まれる」
闇の深そうな設定だ。攫ってきた子どもを躾けているとか言われても驚かない。
「たまに見る用心棒はだいたいここの出身」
「あの強モブ? もしかしてだけど、そいつら雇えるってこと?」
「買えるかもしれないけど、方法不明。だから奪う」
「誘拐?」
フランシスカが頷く。
「育てられてる兵士は自意識が薄い。攫って、自分が主人だと刷り込める。最初から強い兵士」
「まあ用心棒は別格の特殊部隊を除いたら最強クラスだからね。でもなんでここは使われてないの?」
「脱獄囚を育てたほうが楽。生け捕りが必要。欠損もダメ」
「やっぱそんな感じか。ちなみにフランに経験は?」
「ない」
「うん。まず作戦を練ろうか」
施設を遠巻きに眺めながら、情報収集。軍事訓練施設だけあって敷地はかなり広い。警察が来ることはないけど、マフィアはわらわら湧いてくるだろう。
「まともに相手してたらキリがないし、時間かけてたらせっかく確保したやつまで復活してきてグダるよね」
「そもそもふたりで正面から戦える規模の施設じゃない」
「ならスニーキングかな。んー。塀は破壊不可じゃないみたいだし、こっそり入って、必要分確保したら、逃走車両奪って壁ぶち抜いて逃げるか」
「それならクラッカーとドライバーがいる」
「だね。ちなみに運転の腕は?」
「ヘリも撒ける」
「任せた」
「任された」
外から観察した感じヘリまではなさそうだし、逃げ切るのは難しくないはず。
「一旦街行って準備しようか」
近くにちょっとした集落と店舗があるのを確認。バイクを反転させて向かわせた。
◆
木の棒をナイフで削って、まっすぐ持ちやすい形に調整。持ち手に布を巻けば、棍棒という原始的武器の完成だ。
「これだけ弱い武器なら即死はしないでしょ。打撃武器で頭殴れば確率で昏倒するし、生き残ったのをお持ち帰りしよう」
耐久面が心配なので同じものを五つ作成して、インベントリに入れておく。それから服屋の更衣室を利用してサブクラスをクラフターからクラッカーに変更。
私が装備を用意している間にフランシスカがジープを盗んできたので、愛車をコインパーキングに預けて助手席に乗り込む。
日が暮れるのを待って訓練施設に引き返した私たちは、見つかりにくい場所にジープを乗り捨て徒歩で近づく。監視カメラの死角をついて塀の側まで寄ると、インベントリから出したノートパソコンを開いた。
「よし、電波は拾えるね」
もちろんパスワードロックがかかっていたけど、そこはハッキングで無理やり突破。監視カメラシステムに入り、同じ映像が繰り返されるよう細工する。これで違和感に気づかれるまで少しは時間を稼げるはずだ。
「じゃあ侵入」
「了解」
私たちはどちらもアサシンなので、数メートルの壁を超えるくらい朝飯前。布を被せて有刺鉄線を無力化してから、空中ジャンプで突破する。
「時間との勝負だし素早くやろう」
まずは逃走経路の確保だ。外から手頃な車両の位置は把握している。建物に横付けされたワゴン車があった。電子ロックを解除し、すぐにエンジンをかけられる状態まで持っていく。一方でフランシスカは、壁に爆弾をセットして、いつでも吹き飛ばせるように準備。クラスはあくまで威力への補正であって、武器を使うだけなら無職でもできる。
既に時刻は夜半。照明が灯されているので暗闇ではないけれど、大多数のNPCは寝ている。
さっそく宿舎を見つけたので、こっそり入って入り口近くの部屋を見る。中には二段ベッドが四つ並んでいて、八人の男が床についていた。
「詰め込んでるね。ちょい都合が悪い」
とはいえやるべきことはひとつだ。手近な男の枕元に立ち、布で口を覆いながら取り出した棍棒を振り上げる。ゴッと鈍い音がして、普段と違う感触が返ってきた。
昏倒させられるかは、どうやら一発勝負だ。いくら粗末な棍棒でも、カンストしたアサシンの補正で頭を殴れば二回目は死ぬ。
昏倒確率は三十パーセント。成功のコツは試行回数を増やすことだ。失敗したらそのまま殴り殺し、次の男に回る。
一部屋八人のうち、うまく昏倒させられたのは二人だった。フランシスカと手分けして担ぎ、ワゴンの後部座席に縛る。
「どうする?」
「もう一部屋くらい回りたいかな。ここまで面倒だったし、もうちょっと収穫が欲しい」
「わかった」
隣の部屋にもお邪魔して、寝ているNPCをボコボコ殴る。今回も、残ったのは二人。期待値割ったな。
「まあ四人も連れ帰れば十分かな」
今回も分担して俵担ぎして、ワゴンに運ぶため廊下に出る。
殺気を感じた。
鋭い銃声が耳朶を打つ。
「セツナ!」
「大丈夫。防いだ」
お釈迦になった棍棒を捨て、担いでいた男をフランシスカに投げ渡す。
「ここは私がやる」
対峙するのは、感情の薄い顔で銃口を向ける女NPCだ。そいつはこっちの準備が整うのを待つことなく、両手の拳銃を連射してくる。
銃口を見て高速摺り足で全回避。距離を詰めながら予備の棍棒を取る。
低い姿勢で突っ込むと、女は跳躍で飛び越えてきた。
狙われているという確信。滑らかに振り返りながら壁を駆け上がり、上をとって棍棒を振り下ろす。頭を狙った一撃は、女が空気を踏んで跳んだことで避けられた。
「ロマンビルドキタっ!」
これはぜひ欲しい。欲望を抱きながらも頭は冷静に。着地を狙った照準を空歩でかわし、天井を強く踏み込む。
「これはどうかな?」
ピンボール。床、壁、天井を高速で跳ね回り翻弄する閉所でのアサシンの切り札だ。女はそれでも追おうとしたけれど、認識はともかく体が追いつかない。
「確率は収束する!」
後頭部に一撃。受けた女は三割の確率を乗り越え、どっとその場に倒れ伏した。
女を担いで外に出ると、フランシスカは既にエンジンをかけ、いつでも出せる状態で待っていた。
「バレた。急ぐ」
「助かる!」
後部座席に転がり込むと、すぐにワゴンが発進した。アクセルベタ踏みでの急加速。遠距離起爆で破壊した壁に、マフィアを跳ね飛ばしながら突っ込む。放たれた銃弾がガンガンとワゴンに当たる。内側から装甲がつけられていなかったらやばかったな。
夜明けが近づき、東の空がうっすらと白み始めている。後ろからクリムゾンスコーピオンのマフィアが車で追ってきたけれど、フランシスカは爆速で飛ばしてあっさり振り切った。
「ミッションクリア」
どこか誇らしげな声でフランシスカが囁く。戦利品を乗せたワゴンで、私たちは夜明けの荒野を駆け抜けた。
次回投稿予定は明日12時です。
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