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M  作者: いでっち51号
5/7

~第5幕~



 華崎鮎美の躍動は凄まじかった。



 シングル「Revolution」の大ヒットを皮切りに歌手引退のときまで70年代に旺盛を極めたピンクガールにバッと迫るシングルリリースのオリコン首位記録を勢いよく樹立。同時に彼女を歌手として、前園をプロデューサーとして看板を掲げたヴィベックスはレコード会社として一時その頂点を獲った。



 ヴィベックスからはGGGなどのダンスグループや桃太郎くんなどのシンガーソングライターの人気アーティストを次々と世に放つ。



 しかし同時に妙な噂も。



 このヴィベックスと言う会社の社長に前園が就いているのだが、どうもこの男にそんな手腕があるように誰からも感じられなかった。テレビのインタビューでも軽々しい発言が多く頭脳明晰とはとても言えない雰囲気を呈していた。



 くわえて小学生になる娘が2人いるのに女遊びに耽る男だとも言われ続ける。その先にいきつくのが鮎美との不倫関係のスキャンダルだ。



 この事について取材を受けると前園は「そ、そんな関係はあり、ありません」としどろもどろで答える。華崎は「ノーコメントで」といつだって対応。



 しかし、この事態に痺れを切らしたのが彼の妻である美鈴だ。



 彼女はこのスキャンダルが過熱するなかで遂に前園へと離婚届を突きつけた。さらに慰謝料を不倫疑惑のある鮎美に求める。ヴィベックスが王座について間もなくのレーベルを揺るがす大騒動である。



 ところがコレはさらに世間を騒がせることへ発展。



 渦中の前園が行方不明となったのだ。彼が自宅としていた本社社長室の机に「M」と一文字書かれたメモを残して――



 さらに世間を騒がせたお詫びとして鮎美は歌手引退を宣言する。



 引退会見で彼女は前園がどうなったと思うのか尋ねられると無表情のままこう答えた。



「知りません。どこかで元気にしていたらと思います」



 前園との関係については「ノーコメント」と話すのはこれまでどおり。



 何にしてもヴィベックスはこのまま空中分解するのかと思われた。



 でも、そうはならなかった。



 華崎鮎美は歌手引退会見の1ヵ月後、今度はヴィベックスの社長就任を発表。世間はさらに騒いでやまなかった。しかも社長就任としての記者会見は開かず。表舞台から去って陰の道を進む事になったのだ。



 それからまた十何年かの年月を経て一時的に彼女は歌手としてステージに立つ事となるのだが、それはまた違う物語になる――




 一連の騒動は華崎鮎美がヴィベックス社長就任してから数カ月のうちに沈静化した。前園の元妻である美鈴は「これ以上は何もするつもりありません。前園を探そうとも思いません。華崎鮎美さんとの関係もあくまで噂とされるものですから。私たちのことはほっといて。彼の事も忘れて貰えたらと思います」とコメント。彼女は子供を引き連れて都内を去ったとも言われるし、再婚したとも言われる。でも、このヴィベックスについて語ることは避けているようだ。その時に彼女は酷く怯えるようにして言う。「私はもう何も関わりたくない」と。これもまた噂の範疇を超えない話だが――




 その日、彼女は自身の豪邸にかつて世話になった田中を招待した。



「お久しぶりです。田中施設長」

「久しぶり。朋子ちゃん。いや、いまは華崎さんと言ったほうがいい?」



 久しぶりに会う田中はすっかり白髪頭の高齢者になっていた。歩行が不安定な彼女をサポートする家族なのか? 優しそうな青年が傍についている。



「僕は離れましょうか?」

「そうね。私たち2人だけの話があるものね」



 田中の返事を聞いた青年は鮎美にサッと一礼をして部屋を出た。



「お孫さん?」

「いや、私は結婚なんかしてないから家族なんていないよ。ヘルパーさん」

「ああ、そうか。そうでした」

「それで? 私を呼んだのはどうしてだい?」

「何でしょうね? また会いたくなって」

「ふふ、朋子……いや貴女からそんな言葉を言われる日がくるなんてなぁ」

「私は施設長を慕っていましたよ」

「そうかい? 私はいつもアナタと接している時は凄く怖かったよ」

「怖かった?」

「忘れたのか? 私の弁当に洗剤なんか入れてさ! あっはっは!」

「ああ、あの時は本当に申し訳なかった……」



 鮎美は席を立ち、頭を深々と下げて詫びる。



 その感じに田中は目を丸め驚いた顏をみせる。



「なんだろうね、名前を変えたからなのか。何十年振りに会うからなのか。私の想うアナタとまるっきり別人のようだ」

「そうですか……?」

「こんなに優しいコじゃなかった。誰とも交わろうともしない。雨ばかり眺める変な女の子だったよ」

「お恥ずかしいです」

「まぁ~座りなさい」



 鮎美は「失礼します」と座る。



「私をここに呼ぶ事といい、まぁ人生色々あったのだろうが、今は大きい会社で社長さんをしているようで。こんな立派なお家で偉そうにしない人と話す事があると思わなかったよ。長生きはしてみるものだ」

「色々か……確かに色々ありました」

「ふふ、嫌なことを聞こうとは思わない。でも、機会があれば1度聞いてみたいと思った事がある」

「何でしょうか?」

「アナタがずっと大事にしているMっていうのは何だい?」

「エム…………」



 鮎美は目を細めた。そして机に置いてあった紅茶に手を伸ばし口にする。



「答えたくないなら答えなくていい。こんな老いぼれが今更何を知っても、意味を為さない。そういえばアナタの歌にも『M』って歌があったよねぇ」

「ああ、アレは当時愛人にして貰っていた…………おっと、ノーコメントだった」

「その話はいいよ。凡そ私も想像つく。男の選び方も教えてあげるべきだった。まぁ私の助言など宛てにならんが。それで? Mとは誰にも教えられないものかね? 人かね?」

「人ですね。でも、もう私のなかでも薄れてきている」



 今度は田中が紅茶に手を伸ばして口にする。



 少し間をおいて鮎美は続けた。



「Mさんはご自身でMだとかMさんだと私に名乗っていました。どこから買ってきたのか分からないけど、キノコをよく食べさせてくれる人でね。面倒をよくみてくれた。貧しい生活のなかでも私を優先的にお風呂に入らせてくれた」

「そうか。恩人じゃないか」

「そうとも言いきれませんよ。男をよく連れこんではみだらな事もしていたし。意味もなく怒鳴られて、叩かれたことも珍しくなかった」

「………………」

「でも、私は彼女の大好きなところが1つだけあるのです」

「………………」

「歌がとっても上手かった。ビートルズやカーペンターズの歌を歌ってくれて。いや、くれてなんかないか。勝手に私が聴いていただけです」

「不思議な話だ。何かの小説を読んでいるよう。でも、やっぱりアナタのお母さんじゃないのか?」

「だったらMだなんて名乗らないですよ」

「そうか。でも、これだけは確かだ。Mを失ったアナタはどこかでまたそのMを見いだせたのだろう。それがいつなのかっていうのは分からない」

「施設長」

「何だい」

「今日は貴女とゆっくり話したい。私はまだ何か思いだせそうです」

「そうだな。でも、昔と今じゃ全然違う事が1つある」

「何ですか?」

「何だと思う?」

「分かりませんよ……」

「今日は湿っぽい土砂降りの雨だ。此処に来るまでタクシーの運転手さんがまぁ苦労したみたいでね。でも、昔のアナタだったらどうしていたと思う?」

「この雨のなかに飛びこんだとか?」

「違うよ。その雨をひたすら眺めていたのさ。まるでそこにある何かを見つめるように」

「そう……あの、私が幼かった頃の話をもっと聞かせてくれます?」



 彼女たちの語らいはそれから長いこと続く。



 それは華崎鮎美が歌手を引退して10年が経った思い出の日の事。



 やはりその日も雨だった――



∀・)長くなりました(笑)(笑)(笑)


∀・)でも、それだけ本作においてここが大事なところだと言うところ。


∀・)Mとは人のこと。ではそれが何なのか。まだ謎は続きます。次号。

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