~第4幕~
前田朋子は高校を卒業して横浜にでる。
そこで水商売の仕事をする傍ら歌手活動にも専念した。
歌手活動と言っても、この時は無名の歌手。
夜のクラブで「おまけ」として歌わせて貰うばかり。
歌手名も源氏名の「鮎」という質素なものだった。
されどその歌声は明らかに平凡なものではなかった。この時に彼と出会うまで多くの業界関係者から声をかけられたとも言われる。でも、誰一人として相手にされなかった。前園拓哉という男を除いて――
「素晴らしかったね! ブラボー! いつから歌っているの?」
「高校生からかな」
「こういうところで?」
「まさか。合唱部よ?」
「へぇ~今どき聞かないよね? 合唱部って!」
「そういう学校があると義理の母に勧められて」
「義理のお母さん?」
鮎美は「ふふっ」と笑うとハイボールを口にする。この男が彼女にやってきている事はまるでナンパだ。そういう魂胆しかないのなら今すぐにでも追い払っていいものだが……
「人の人生にタダで乗りこもうとするなんて野暮ね。貴方は何? こういう街で遊んでいるだけのつまらない男?」
「そっか、若いみんなはやっぱり知らないのか。TTネットワークスのフロントマンしていた前園だよ。Mっていうのがその時の名前さ」
「エム…………」
鮎美は目を細める。大体の女子がここで愛想よく笑ってウケるものなのだが、彼女だけは何かが違った。でも、それは遊び人として夜を楽しむ前園のハートに火をつけてくばかり。
「君、面白いね。店を変えて話せないかな?」
「ホテルじゃないの?」
「え?」
「やりたいことがあるなら、さっさとやりましょう?」
「すごいな。こんなにグイグイくるコは初めてだよ?」
「つまらない男なら私のほうから捨てるだけ」
そしてこのまま2人は身体を重ねた。全てが終わって前園は煙草を吸う。一度味わってしまえば割り切って興味を失う。そんな軽い感じの男でしかない彼だが彼女にはそう写らなかった。
「何を吸っているの?」
頬に手を当てて余裕ありげに尋ねてくる。「メビウス」と彼が答えると「吸っている煙草もエムなのね」と微笑む。「ノリが悪そうなのにノリがいい女だな。キミってさ」と彼が続けると「聞いてもいいかしら?」と彼女が問いを重ねた。
「私を歌手にしてくれない?」
思わぬ言葉が飛びこんできた。
彼女と目を合わせる。その視線は鋭くて今にも前園の頬を傷つけそうだ。
「本気?」
「本気かもしれないし本気じゃないかもしれない」
「どっちだよ」
「私ね、好きな言葉があるの」
「どんな?」
「イチかバチか」
「へぇ」
「貴方にかけてみたい。ここで私を捨てるのも自由。だけど忠告つき」
「どんな忠告だよ?」
「私を捨てるなら殺す。どんな手を使ってでも殺す。私を裏切っても殺す。私は言ったことは必ず成し遂げるよ?」
冗談で言っていない。
前園は思わず息を飲む。場は静まり外で降り続く雨の音ばかりが耳に入る。
「交渉成立なら、もう一回しよ?」
彼は彼女に誘われるまま彼女と約束を交わす事になる。遊び半分で突っ込んだところがとんでもないところだった。でも、そのスリルは病みつきになる――
前園拓哉はそもそも妻子持ちの男であった。TTネットワークス解散後は適当な感じでアイドルや俳優への楽曲提供をおこなう仕事をこなす。彼の妻となったのはそんな仕事で関わったグラビアイドルの美鈴だ。妻となり子を産んでからも、彼が女遊びに耽る事を黙認していた。何故なら彼がぞっこんになる愛人をつくるなんて考えられなかったから。
そんな前園美鈴の考えは覆された。
華崎鮎美という大物歌手の誕生によって――
∀・)オブラートに包んだつもりだけど大丈夫かな(笑)はい。やっと気づきましたか。これは華崎鮎美さんのサクセスストーリーでございます。もう少しお付き合いあれ。次号。しっかし雨の場面が多いなぁ。