~第1幕~
思い出はいつの日も雨だった――
その少女が発見されたのは大雨の降りしきる夜のこと。
神奈川県川崎市の団地の一室で警察が発見して保護した。
彼女と同居していた女は死んでいた。発見時の状態から自殺とみられた。部屋の状態は凄まじかった。生ごみが散乱して、そこら中にカビも生えていた。でも、その少女は大切にされていたのだろうか? とても綺麗な状態であったと言う。
「あなた、名前は?」
「わからない……」
「そう。お腹空いてない?」
「空いた」
「何か食べようか? キノコでもいい?」
「うん」
その女との出会いはそんな感じのものだったらしい。それも雨の日のこと。
保護された少女はそう話す。その表情は無表情でまるで生気がなくてロボットのよう。何も感じていないかのようだ。彼女はそのまま児童支援施設へ入った。すぐに個人情報の精査がなされたものの、何も分からなかった。そこからこの物語は始まる――
「前田朋子。好きな食べ物はキノコです」
彼女は自分の名前を言うのにも時間がかかった。あの団地で売春婦をしていた女とずっと過ごし続けていたようで。まともな教育なんて受けてもこなかったのだろう。普通のコならば小学3年生にもなっている年頃なのに小学1年生レベルの学習にやっとついてゆける感じだ。
当時から全国で行方不明になった児童というのは多くいた。彼女はそのうちの誰かでないかと思われた。でも、彼女の親にあたる人間は誰一人でてくることがなかった。
「エム」
「うん」
彼女を保護した警察官は彼女に紙切れを渡す。彼女はそこにキレイな字でないものの、確かにそのイニシャルを書いた。
「これは何だい?」
「あの人のナマエ」
「一緒にいた人?」
「うん」
朋子と一緒にいた女は自分のことをMと名乗っていたようだ。どうも韓国国籍である事がのちに分かったが、もう10年以上も日本に住み続けている事も判明した。北朝鮮からの脱北者か? いや、何にしてもコレ以上は骨の折れる作業になりそうだ。そう思って朋子とMの真相解明は迷宮にもどされた。
朋子はその学力が配慮されて年齢不相応に小学1年生から川崎市内の小学校に入学した。だが、その体型は他の女子よりも大きく、また無口で誰とも心通わす事もなくて友だちなんてできっこなかった。
さらに彼女は奇行に走る様子もみせた。洗面所の水をザーッとだして眺める。ただ眺める。授業が始まっても、それを続ける。そんなことを何度も繰り返していたのだ。
もしかして知的障害を患っているのでは?
でも、授業に入れば真面目に勉強をする姿勢もみせていた。
心配されていた学習能力もわずか半年で満点をとるようになる。
その飛躍振りに関心を持った担任教師は1学年うえの問題集を渡した。やってみれば完璧な満点。授業で「答えが分かる人!」と尋ねたらずっと彼女ばかりが手を上げ続けた。挙句の果ては「先生、私は学年をあげられないの?」と尋ねてくることまで。
事情を知っている彼は学校関係者を引き連れて施設の園長と話し合い、異例の決定を試みた。学年を昇級させるというのだ。
前代未聞の教育事案である。
でも、それは現実に為された。
朋子は小学1年のカリキュラムを経て一気に4年生となった。
施設園長も特に抗う事をしなかった。そもそも朋子は自分たちにも心を開いてくれないところがあり、憂鬱な毎日を互いに過ごしているような気がしたからだ。
「朋子ちゃん」
「なに?」
彼女は自分の部屋で雨が降りつける窓をじっと眺めていた。
「ドリフが始まるよ~」
「だから?」
「いっしょに観ない?」
「観ない。興味がない」
じゃあ雨なんかに興味があると言うのだろうか?
「大事な話があるの。チョットいいかな」
この言葉には振り向いてきた。
学年が一気にあがる話。
どんなふうに彼女は受けとめるのだろうか。
子供相手ながらも施設園長は緊張した。
「そう。わかった」
彼女はただ一言で了承の意を伝えた。呆気にとられる。そのまま彼女は自室へ帰って再び窓にあたる雨を眺める事にしたようだ――
∀・)新連載はじまりました!これは誰の物語でしょう!
∀・)しいなここみ様「梅雨のじめじめ企画」の参加作品になります!
∀・)そして歌手になろうフェス参加作品にもなります!という事で次号!