6-ヒートの兆し-後編-
遥が目覚めた時、額には薄い汗。
手元のタオルは湿っていて、部屋の空気が重くまとわりついている。
来ている。
身体の芯が熱い。
血が、香りを外に放ち始めているのが分かる。
それでも、遥は部屋を出て、リビングのカウンターで静かに薬を口にした。
「……これで、半日はもつ」
今の薬は、違法スレスレのものだ。
規制強化後、Ωの自己管理は難しくなり、本来はαの同意なしでは処方もされない。
だが遥は、誰にも頼るつもりはなかった。
冬馬には、知られたくなかった。
自分がいま、彼に反応していることを。
本当は。
この身体が、彼に求めてしまっていることを。
*
冬馬が帰宅したとき、部屋の香りは明確に変わっていた。
甘く、湿った空気。
静かに煮詰まるような濃度で、遥の香りが漂っていた。
「遥……お前……」
「まだ、大丈夫。まだ抑えてる」
冬馬の言葉を遮るように、遥は立ち上がった。
少しふらついた足取りを見て、冬馬は無意識に彼の腕を支えた。
「触れるなって言ったろ……!」
遥の声が、切羽詰まって震えた。
「俺の身体は、まだ……お前の匂いに抗えないんだ……!」
言葉の最後が、涙に似て震えた。
冬馬は、ただその場に立ち尽くした。
契約の言葉よりも、本能が近くにあった。
だけど、そこにあるのは「望まれた接触」ではない。
それを理解していたからこそ、冬馬は手を離した。
「医者を呼ぶ。抑制剤が必要だ。……君の意思で、拒否するなら、それでいい」
遥は俯いたまま、小さく頷いた。