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5-ヒートの兆し-前編-
――――――数日後。
二人の同居は、世間の“視線”の中では順調に見えた。
夕方、事務所での仕事を終えた冬馬は、邸宅に戻ると、
リビングの奥から小さな音楽と、ほのかな香りが漂ってくるのに気づいた。
「……アロマ?」
部屋の空気が甘く、微かに温かい。
この香りは、どこか馴染みがある。
ソファには、読書をしていた遥の姿。
だが彼は、明らかに顔色が悪かった。
「大丈夫か?」
「……ちょっと、熱っぽいだけ。疲れだよ」
だが、冬馬は知っている。
これは、ただの“疲れ”ではない。
発情期の前兆――“ヒートの兆し”だ。
*
深夜、寝室のドアの向こうから、微かに熱っぽい吐息が聞こえる。
ドアノブに手をかけたが、すぐに離した。
(契約には触れないとあった。だが……)
身体の奥に、微かな疼きがあった。
αとしての本能が、香りに反応している。
「……制御できる」
言い聞かせるように、冬馬は冷水で手を洗い、眠りについた。
けれど、眠りは浅く、夢の中でまた――
あの夜の甘い香りが、記憶の奥を引き裂いた。