4-契約の家-後編-
翌朝、邸宅のダイニングには高級ホテルのような朝食が並んでいた。
だが、遥は手をつけず、コーヒーを指先で回している。
「食べないのか?」
「撮影がある朝は、いつも抜いてたんだ。クセってやつ」
朝刊をめくる手を止め、冬馬は彼の顔を見る。
今は世間に知られない“消えた俳優”でも、全盛期の姿を覚えている者は少なくない。
今日は、番の存在を明らかにする初の報道対応日。
地元のタウン誌の記者が、「家庭的な柏木候補の素顔」という記事を組むため、邸宅に来訪する。
「少しだけ、“仲の良い番”に見えればいい」
「得意だよ。演じることは、まだ忘れてない」
遥は笑ってみせたが、その笑みは決して本心を見せていなかった。
*
午後、記者とカメラマンが到着すると、邸宅はすぐに"舞台"へと変わった。
リビングで自然に寄り添い、手を重ね、目を見つめ合うふりをする。
遥の演技は完璧だった。冬馬の肩にもたれる仕草に、記者は満足げな笑みを浮かべる。
「お二人は本当にお似合いですね」
「まあ、縁があったということです」
冬馬は淡々と返した。
だが、自分の言葉にどこか引っかかりを覚えていた。
――――縁。
そんなものを信じていた時期が、自分にもあっただろうか。
取材が終わり、記者たちが帰ったあと。
遥はソファに倒れ込むように座り、深いため息をついた。
「ねえ、柏木さん。あなたは、番って信じる?」
「本能の結びつき、という意味なら。信じる価値はないな」
「そう。……じゃあ、もし誰かと一夜を過ごして、それが忘れられない記憶になったら?」
冬馬は少しだけ、息を呑んだ。
だが遥は、それ以上は何も言わず、目を閉じた。
まるで、質問すら演技の一部だったかのように。
その夜。
冬馬は、夢を見た。
白いシーツ。熱い息。指先の震え。
「お前が、……番なのか?」
そう問いかけたはずの記憶。
だが、相手の顔は霞んでいて、香りだけがやけに鮮明だった。
目を覚ますと、部屋にはほのかに残り香が漂っていた。
リビングの方から、小さな音がする。
夜中の二時。
キッチンに立っていた遥は、グラスを片手に、じっと夜を見ていた。
冬馬の気配に気づいても、彼は何も言わなかった。
ただ、背中が――とても寂しそうだった。




