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票ではなく誓いを~偽りの番契約~  作者: 相田ゆき


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4/14

4-契約の家-後編-

翌朝、邸宅のダイニングには高級ホテルのような朝食が並んでいた。

だが、遥は手をつけず、コーヒーを指先で回している。


「食べないのか?」


「撮影がある朝は、いつも抜いてたんだ。クセってやつ」


朝刊をめくる手を止め、冬馬は彼の顔を見る。

今は世間に知られない“消えた俳優”でも、全盛期の姿を覚えている者は少なくない。


今日は、番の存在を明らかにする初の報道対応日。

地元のタウン誌の記者が、「家庭的な柏木候補の素顔」という記事を組むため、邸宅に来訪する。


「少しだけ、“仲の良い番”に見えればいい」


「得意だよ。演じることは、まだ忘れてない」


遥は笑ってみせたが、その笑みは決して本心を見せていなかった。


    *


午後、記者とカメラマンが到着すると、邸宅はすぐに"舞台"へと変わった。

リビングで自然に寄り添い、手を重ね、目を見つめ合うふりをする。

遥の演技は完璧だった。冬馬の肩にもたれる仕草に、記者は満足げな笑みを浮かべる。


「お二人は本当にお似合いですね」


「まあ、縁があったということです」


冬馬は淡々と返した。

だが、自分の言葉にどこか引っかかりを覚えていた。


――――縁。

そんなものを信じていた時期が、自分にもあっただろうか。


取材が終わり、記者たちが帰ったあと。

遥はソファに倒れ込むように座り、深いため息をついた。


「ねえ、柏木さん。あなたは、番って信じる?」


「本能の結びつき、という意味なら。信じる価値はないな」


「そう。……じゃあ、もし誰かと一夜を過ごして、それが忘れられない記憶になったら?」


冬馬は少しだけ、息を呑んだ。

だが遥は、それ以上は何も言わず、目を閉じた。


まるで、質問すら演技の一部だったかのように。


その夜。

冬馬は、夢を見た。

白いシーツ。熱い息。指先の震え。


「お前が、……番なのか?」


そう問いかけたはずの記憶。

だが、相手の顔は霞んでいて、香りだけがやけに鮮明だった。


目を覚ますと、部屋にはほのかに残り香が漂っていた。

リビングの方から、小さな音がする。

夜中の二時。


キッチンに立っていた遥は、グラスを片手に、じっと夜を見ていた。

冬馬の気配に気づいても、彼は何も言わなかった。


ただ、背中が――とても寂しそうだった。

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