3-契約の家-中編-
冬馬の自宅――選挙戦用に用意された白亜の邸宅は、豪奢な空間だった。
リビングで対面するふたりは、これから三ヶ月の"恋人"を演じなければならない。
「今日から、ここで暮らしてもらう。
報道対応もあるし、外出は俺の許可を得てからにしてくれ」
「うん。形式だけの番だから、期待しないで」
遥は淡々と言いながら、カバンを置いた。
その所作が美しかった。
俳優という肩書きはもうないというのに、全身から“見られる”ことを知る者の雰囲気がにじんでいる。
「ひとつ、確認しておきたい」
冬馬はゆっくりと口を開いた。
「──君と、どこかで会ったことは?」
沈黙が落ちた。
「……いいや。俺は、あなたとは初対面のつもりで来たよ」
遥の返答は、柔らかくも冷たかった。
まるで“嘘を嘘で上塗りする”ことに慣れた者の声だった。
その夜、冬馬は眠れなかった。
遥の香りが、何かを引きずり出そうとしていた。
ひどく甘く、切なく、そしてどこか懐かしい匂い。
だが彼の記憶には、確かな形では何も残っていない。
「……ただの番役、だ。思い違いだろう」
自分に言い聞かせるようにして、目を閉じた。
だが、知らぬ間に――
遥の方では、すでに名前もない一夜を覚えていた。




