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2-契約の家-前編-
応接室に設えられた長椅子の革が、わずかに軋んだ。
柏木冬馬は腕時計に目を落とし、時刻を確認する。
約束の時間、五分前。
壁掛けテレビでは、ニュースキャスターが次の選挙について語っていた。
「柏木冬馬氏、有力候補に。クリーンな経歴と優れた実績が支持の鍵に――」
クリーン、ね。
小さく喉を鳴らして笑う。
クリーンさとは、つまり「番を持っているか否か」で測られるほど、
この国の有権者の多くは古く、保守的だ。
番がいないαは“信用されない”。
つまり、家族を持てる男であることが、票を呼ぶということだ。
だから必要だった。
見せかけの番が。
ドアがノックされた。
「お連れしました」と秘書が声をかけ、男が一人、部屋へ入ってくる。
「はじめまして、柏木さん。……いや、久しぶり、と言うべきかな」
最初の一言で、冬馬の喉がひくりと動いた。
整った顔立ちに、涼やかな瞳。痩せすぎず、気品がある立ち姿。
だが、それ以上に――香りが、記憶を揺らした。
「……君が、天城遥?」
「そう。元・俳優の、ね。今はただの契約相手だけど」
遥の笑みは、どこか遠くを見ているようだった。