12-票ではなく、誓いを
――――投票日前日。
報道各社の出口予想では、柏木冬馬の当選が「確実」とされていた。
だが、その空気が変わったのは、早朝に週刊タイムズの特集号が発売された日だった。
柏木冬馬、四年前のスキャンダルΩと番に──
「契約ではなく、再会だった」との情報も
SNSには真偽入り乱れた情報が飛び交い、
報道陣は一斉に邸宅前に詰めかけた。
「会見を開かないと沈黙が疑惑になる」
広報担当は焦りを滲ませたが、冬馬は静かに首を振った。
「俺が言葉を選んで話すべき時が来ただけだ」
*
記者会見場で閃光が走るなか、柏木冬馬はひとり、演台に立った。
一切の原稿もなく、プロンプターも使わない。
真っ直ぐに前を見て、口を開いた。
「今日、皆さんにお伝えしたいことは一点です」
息を吸い、わずかに香る何かを確かめるように目を閉じた。
「私には、番がいます。
政治家としての立場を超えて、一人の男として、
彼を選び、彼に選ばれました」
記者席がざわめく。
「四年前、私は彼と一夜を共にしました。
その夜のことを、私は“なかったこと”にしようとした。
ですが、彼は黙ってすべてを受け止め、
私の側に“契約”という名目で戻ってきてくれました」
一拍置いて、演台に手を置く。
「番を持つ政治家として信頼されたいと願っていたはずの私は、
一番信頼を裏切っていたのは“彼”だったと、気づきました」
「ですから、もしこの言葉が私の立場を揺るがすとしても、
私は彼を選びます。
“票”ではなく、“誓い”を守るために、今ここに立っています」
ざわざわとした空気の中で、ひとりの記者が立ち上がった。
「あなたが守ろうとしたものは、愛情ですか?
それとも、過去への贖罪ですか?」
冬馬は答えた。
「贖罪なら、手放していただろう。
彼が俺を許す理由はなかったから。
でも……それでも傍にいたいと思ったのは、愛です」
その言葉は、誇張も演出もない、
ただの真実だった。
*
翌日の選挙結果発表では、接戦の末、柏木冬馬はわずか2,000票差で当選した。
支援団体のいくつかは離脱を示唆したが、
一方で、冬馬の会見に「誠実さを感じた」と語る若い支持層が急増していた。
勝利の夜、会場には煌びやかな光と拍手が満ちていたが、
冬馬の目はただひとりを探していた。
*
リビングのテレビで、当選速報が流れていた。
「……よかったね」
遥は画面に向かって小さく呟いた。
だがその直後、インターフォンが鳴る。
画面には、スーツを着崩した冬馬が映っていた。
ドアを開けた瞬間、遥は言葉を失った。
「なにしてるの、会場にいなきゃ……」
「言ってないことが、ひとつある」
「……なに?」
「選挙は終わった。
だから、もう“公の顔”は必要ない」
冬馬はポケットから、小さな箱を取り出した。
中には、指輪がひとつ。
「俺は今日、“票”を手に入れたけど、
“誓い”は、まだもらってない」
遥の目が揺れる。
「……それって、プロポーズ?」
「そう聞いてくれたなら、うれしい」
冬馬が手を差し出すと、遥は小さく笑って、それを握り返した。
「じゃあ、返事。
――はい。忘れたら、殴るからね」
冬馬は笑った。
今度こそ、この香りを忘れない。
何度でも、この名を呼び続ける。
――――――票ではなく、誓いを選んだ二人の物語は、今ようやく始まった。




