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票ではなく誓いを~偽りの番契約~  作者: 相田ゆき


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11/14

11-夜に沈んだ名前

 選挙戦も佳境に入った。

メディア露出が増え、柏木冬馬の名はテレビでも毎日のように目にするようになった。


だが――心は、別の場所にあった。


遥の不在が増え始めた。


朝食を共にすることも、同じリビングで過ごす時間も、日を追うごとに短くなっていった。

“契約終了”の言葉が、現実味を帯びている。


「……逃げられたくないのか、俺は」


思わず、口に出していた。


 そんなある夜。

選挙事務所での打ち合わせを終えた帰り道、運転手がふと声をかけた。


「先生、今日のニュース……、ご覧になりましたか?」


「……何かあったか?」


助手席のタブレットに表示されたニュース速報の見出しに、冬馬の目が釘付けになった。


「柏木冬馬と“謎のΩ”――四年前のスキャンダル写真と一致の可能性」


画面に映し出されたのは、遥と男が並んでいる“あの写真”。

男の顔は依然ぼやけているが、背格好と服装、状況証拠が“柏木冬馬”だと指していた。


心臓が一瞬だけ止まったようだった。


「これは……俺、なのか?」


記憶にないはずの夜。

なのに、画像を見た瞬間、脳裏の奥で何かがはじけた。


──白い壁。甘い香り。濡れた髪。


「名前……教えなくていいよ。どうせ、忘れるだろうし」


耳の奥に、遥の声がよみがえる。

たしかに、そんな夜があった。


忘れようとして、忘れていたのだ。


遥が「俺を忘れたんだね」と言った時の、あの目の奥にあったもの。

それが今、ようやく理解できた。


「……忘れてなんか、なかった。

思い出すことが怖かっただけだ……」


    *


 ――翌朝。

遥は静かに荷物をまとめていた。

契約解除の意志を、すでに冬馬の秘書に伝えてある。

黙って出ていくのは卑怯だと思いながら、それでも心が叫んでいた。


これ以上、いたら壊れる。


自分が彼にとって“票のためのΩ”に戻っていくのが耐えられない。


ドアノブに手をかけた瞬間、リビングの奥から足音が響いた。


「……どこへ行く」


冬馬だった。

疲れたスーツ姿で、目の下に深い影を落としている。


「出ていくよ。契約はもう終わった。

 それに、あの写真が出た以上、君の選挙にとっても――」


「違う」


冬馬の声が低く、震えていた。


「お前は、俺の番だ。

 四年前、名前も聞けなかった。

 でも、あの夜……お前の香りを、身体が覚えてた。

 忘れたんじゃない。思い出すのが、怖かったんだ」


遥は立ち尽くした。


「じゃあ、なぜ……」


「お前を“契約相手”として迎えたとき、本能が叫んでた。

 それでも、“政治家の俺”がそれを押さえつけた。

 本能に負けるのが、負けだと思ってたから……でも」


冬馬は一歩、近づいた。


「負けてでも、もう一度、お前に触れたいと今は思ってる」


遥の目に、光がにじんだ。

声にならない想いが喉で揺れ、やがてふるりとこぼれた。


「……じゃあ、今度は……忘れないで」


「誓う。

 今度こそ、名前も、声も、すべて覚えていく。

 ……天城遥、俺の番になってくれ」


遥はゆっくりと目を閉じた。

その香りが、あの夜よりも深く、確かに心に満ちていくのを感じながら――


 


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