10-記者・堀江
情報は、香りに似ている。
最初はごく微かに。
気のせいかと思うほどの空気の違いが、やがて鼻腔にこびりついて離れなくなる。
「天城遥が、柏木冬馬の番……ね」
堀江は自分の机に戻り、ホコリをかぶった過去のファイルを引き出した。
あのスキャンダルが起きたのは、ちょうど四年前。
俳優・天城遥が未成年相手に“不適切な関係を持った”として芸能界から姿を消した夜。
告発元は匿名の通報だった。証拠とされる写真も一枚のみ。
今にして思えば、何もかも“都合がよすぎた”。
「でっちあげられた誰かの人生、ってやつか。ありがちな話だ」
だが今回、遥は柏木冬馬の「番」として戻ってきた。
政界の寵児と、元スキャンダルΩの組み合わせ――燃えるネタだ。
いや、それだけじゃない。
堀江は再び、例の写真に目を落とす。
遥と並ぶ男。夜のホテル裏口で、顔が半分影に沈んでいる。
そこにあるのは、決して証明されてはいない“匂い”だった。
*
堀江は、かつての芸能界関係者・高梨に接触した。
彼は四年前、天城遥をスカウトした事務所の幹部であり、事件後に黙して語らなかった人物。
「……あの夜のこと、知ってるんじゃないか?」
「堀江。やめとけよ、あれは“潰された”話だ。
上からも下からも圧がかかって、みんな口を閉じた。
柏木の家系が誰か、分かってるだろ?」
「俺が知りたいのは、真実だ。番の噂も本当だったのか?」
高梨は苦笑する。
「天城遥は、あの夜、番と一度だけ会ったって言ってた。
でもそいつの名前は、最後まで口にしなかった」
「なぜ?」
「“また会える”って信じてたから、だとさ。
……本当に、馬鹿だよな。あいつ」
その一言に、堀江の中で何かが決まった。
*
編集会議室に帰るなり、堀江は編集長に言った。
「柏木冬馬と天城遥、四年前につながってた可能性が高い。
選挙と絡めて特集を組むべきです」
「確証は?」
「現段階では“香り”しかない。
だが、燃えれば煙は出る。煙を追って、火を探しますよ」
「……わかった。表紙は任せる。だが、証拠写真を押さえるまでは慎重にいけ」
堀江は笑った。
「火種はもう、こっちにありますから」
堀江は動き始めた。
遥の旧居、過去の交友関係、そして何より“あの夜のホテルの防犯記録”を追って。
もしも――もしも、
柏木冬馬が自らの“過去”に蓋をしたのだとしたら。
今度はそれを開ける番だ。
たとえ誰に止められても、真実は露呈する。
それが記者の仕事だ。
たとえ、その匂いがどれほど血と涙の混じった香りだったとしても。




