要塞都市
遅くなりました!少し最近文字数が多くなってきていたので後ほど話を分割しようと思います!どうぞ!!
森を抜け、崖沿いの道を歩く。空は徐々に曇り始め、遠くで雷鳴が低く響いた。
「本当に……本当にありがとうございます!」
歩きながらも、ディートリヒは何度も深々と頭を下げた。
助けられたことが、どれほど彼にとって衝撃的だったのかが、その態度から伝わってくる。
「いや、別に気にしなくていいさ」
私は軽く手を振る。
「気にしないなど、とんでもない! 私は確実に死んでいました……いや、溶かされていました!」
ディートリヒは眼鏡を押し上げ、震える声で言った。
「あの生物に遭遇した時、私は覚悟したのです。これが我が人生の終わりか、と……それを助けてくださったあなた方には、いくら感謝してもしきれません!」
「そんなに感謝されると逆にこっちが照れるな」
私は苦笑した。
「いや、これは私の心からの誠意です!」
ディートリヒはさらに頭を下げた。
ヴァキーナは腕を組みながら、「ふーん」と言った後、ふと思い出したように尋ねた。
「そういやさ、なんであの怪物そんな弱くないのに、倒せなかったの?」
「それは……」
ディートリヒは悔しそうに口を引き結ぶ。
「私はまともな武器を持っていなかったからです。普段ならばグローセリアの戦士は、衝撃機を装備して戦いますが、私はただの留学生……持ち歩いているのは護身用の短剣だけでした」
「え、じゃあさ」
ヴァキーナはニヤリと笑いながら、自分の腰に下げた”衝撃機”を軽く叩いた。
「なんで私がこれ持ってるか気になったりする?」
「……確かに、それが一番不思議です」
ディートリヒは神妙な顔でヴァキーナの”衝撃機”を見つめた。
「グローセリアの兵器が、なぜあなたの手元に?」
「キープラがくれたんだよー!」
ヴァキーナは誇らしげに言った。
「AIZを出るときにさ、『役に立つかもしれないから持っていけ』って、使い方も教えてくれたんだ」
「キープラ……あの、AIZの方ですか?」
ディートリヒの表情が引き締まる。
「そそ。知ってるの?」
「以前この都市に何回か来ていていましたからね...」
「そそ。キープラは賢いし、こういうの持ってると役立つかもって思ったんでしょ」
ヴァキーナは衝撃機を片手で回しながら、自信たっぷりに続けた。
「それにね、こっちに来る前に色々勉強してさ、グローセリアの動物の弱点とかもちゃんと調べたんだ。大体の生き物なら、どこ狙えばすぐに倒せるか分かるよ。すごくない?」
「……なるほど、確かに見事な戦いぶりでした」
ディートリヒは感嘆の息を漏らしながら、深く頷いた。
私はヴァキーナを横目で見ながら、「確かにすごいな」と感心する。
この短期間でここまでの準備をしていたとは、ただの無鉄砲な戦闘狂というわけではないようだ。
「それで、ディートリヒ。せっかくの機会だ、君の国について詳しく聞きたいな」
私は歩調を合わせながら尋ねた。
「もちろん、お話しします」
ディートリヒは真剣な表情で頷くと、静かに語り始めた。
「我が国は……決して発展した国ではありません」
ディートリヒの声は、どこか重みを帯びていた。
「私たちの元いた世界では、戦争が日常でした。生きるために戦う。国の存続のために戦う。幸福や繁栄よりも、ただ”生き残る”ことを最優先にしていたのです」
彼は遠くの空を見上げるように言葉を続ける。
「転移してきたのは、半年前のことでした。我々は、新たな戦場に放り込まれたのだと、そう思いました」
「……なるほど。敵を警戒したわけか」
私は納得した。
「はい。しかし……」
ディートリヒの表情に複雑な影が落ちる。
「待てども待てども、敵が来なかった。我々は初めの一週間、全兵力を戦闘態勢に置きました。しかし……敵は現れなかったのです」
「一週間……?」
ヴァキーナが驚いたように声を漏らす。
「そうです。我々にとって、敵の軍勢が一週間やってこないことは、実に”百年ぶり”のことでした」
私は息をのんだ。
「百年も、戦い続けていたのか……」
「ええ。そして、その後半年間、一度も戦争が起こっていません」
ディートリヒは寂しげに笑う。
「それが……異常だったのです。我々の国は”戦争経済”に慣れきっていました。それが突然、戦争も敵もいなくなったのです。国は混乱し、統治もままならなくなった」
「……大統領は?」
私は尋ねた。
「存在していません。元々、我々の国の大統領は”直接投票”によって選ばれる仕組みでした。人気投票に近い形です。しかし、戦争が終わり、“軍事の天才”でなくともよくなったことで、今までの大統領が次々と不信任を突きつけられ、現在は誰も務めていない状態です」
「じゃあ、今はどうやって国を回している?」
「“国家統治会議”と呼ばれる組織が発足しました。有力者たちが集まり、国の方向性を決めています……ですが」
ディートリヒは力なく苦笑する。
「彼らは戦争のプロであって、“国を運営する”ことについては全くの素人なのです」
私は黙って聞いていた。
──この国の歴史と、現在の混乱。
国民が納得できない政策を無理に押し通せば、すぐに反乱が起こる。
実質、独裁に近いが、誤った道に進めば国民が即座に否定する。
それほどまでに国民全体が国を考えている。
ヴァキーナは腕を組みながら、「ふーん」と考え込むような仕草を見せた。
「でもさ、その状況ならシェルディの知識、めっちゃ役に立つんじゃない?」
私は小さく息を吐き、目を細める。
──確かに、この国の混乱を解決するには、“内政”の知識が必要だ。
だが、それを求めているのは国民か、それとも……。
そんなことを考えていると、ディートリヒが唐突に声を上げた。
「……さあ、見えました!」
彼が大きな木の葉をかき分けると、そこには壮大な光景が広がっていた。
幾重にも連なる”鉄の壁”。
分厚い装甲に覆われた要塞都市。
その頂には、数多くの大型の衝撃機のような兵器がずらりと並ぶ。
高くそびえ立つ塔はまるで軍事拠点の象徴のように並び、その周囲には敵が登れないようにする工夫のようなものが施された特殊な壁が立ちはだかっていた。
ディートリヒが誇らしげに言う。
「ここは、かつて最前線だった要塞都市──アンライヒです」
私は、目の前に広がる圧倒的な軍事都市を見つめながら、静かに息を呑んだ。
鋼鉄の壁に囲まれた要塞都市へと続く道を歩きながら、ふと私はディートリヒに問いかけた。
「さっき、留学生だと言っていたが……この国にそんな制度があるのか?」
ディートリヒは軽く眼鏡を押し上げると、少し考え込んだ後、静かに頷いた。
「正確には、“制度”というほど確立されたものではありません。私のように他国を回り、知識を得ようとする者はいますが、それは個々の判断に委ねられています。我々の国は長い間、戦争に明け暮れていました。学問や文化の発展よりも、生き残ることが最優先の世界だったのです」
彼は続ける。
「ですが、戦争がなくなった今、国家の運営が課題になりました。軍事には長けていますが、内政となると誰もが手探り状態。私はこの国の未来のために、外の世界を知るべきだと考え、自らの意思で留学を決めました」
「なるほど……」
私は納得しながら頷いた。今までの話を聞く限り、この国は内政のノウハウをほとんど持っていない。しかし、ディートリヒのように外へ出て学ぼうとする者がいるのは、ある意味で希望とも言える。
「えらいねー」
ヴァキーナが感心したように言う。
「だってさ、戦争しか知らない国でわざわざ”学びたい”って思う人なんてそんなにいなさそうじゃん?」
「おっしゃる通りです」
ディートリヒは苦笑する。
「実際、私の行動に理解を示した者は少なく、むしろ”弱腰”だと非難する者もいました。しかし、私は確信していました。いずれこの国に、新たな道を切り拓く者が必要になる、と」
彼の真剣な眼差しを見て、私は静かに頷いた。
「君の判断は間違っていないと思う。戦争だけでは国は成り立たない。平和になった今こそ、知識が必要になる」
「ありがとうございます」
ディートリヒは少し照れくさそうに微笑んだ。
その時、目の前に巨大な門が現れた。
鋼鉄製の頑丈な門がそびえ立つ。高さは少なくとも十数メートル以上あり、分厚い金属板が幾重にも重ねられた構造になっている。その中央部には、人が通れる程度の小さな通路が開かれていた。
「ここが入り口か?」
私はその規模の大きさに圧倒されながら呟く。
「はい、通常はこの”小門”を利用します」
ディートリヒが答える。
「大門が開かれるのは、軍の大規模な移動時か、物資の搬入時のみです。防衛の観点から、大門は極力開かないようになっています」
「合理的だね」
ヴァキーナが頷く。
「これなら、敵が攻め込んできても一気に侵入される心配がない」
「そういうことです」
ディートリヒは納得したように微笑むと、「では、中へ」と私たちを先導した。
要塞都市の内部
門をくぐると、そこには広大な軍事施設が広がっていた。
まるで、“都市”というより”巨大な軍事基地”だ。
まず目に入るのは、長い一本道。その両側には高さ数メートルのフェンスが張り巡らされ、上部には有刺鉄線のようなものが巻かれている。フェンスの向こう側では、規則正しく並んだ兵士たちが訓練をしていた。
「……すごいな」
私は思わず呟く。
「ここの道は検問所までの通路です」
ディートリヒが説明する。
「訪問者が安全であるか確認するために、一定のエリアまでは厳重に管理されています。フェンスの向こう側は軍事区域で、許可なく立ち入ることはできません」
兵士たちは皆、衝撃機を装備している。
それぞれ異なる形状をしており、個々にカスタマイズされているようだ。肩に装着している者、腰にホルスターのように装備している者、ある者は片腕に固定する形で装着している。
「みんな、違う形の衝撃機を持ってるんだな」
ヴァキーナが興味津々に観察している。
「はい、兵士それぞれの戦闘スタイルに合わせて、カスタマイズされているんです」
要塞の中は驚くほど整然としている。軍事国家というだけあって、規律がしっかりしているのが見て取れる。
通路にはゴミひとつ落ちておらず、すべてが合理的に配置されている。
「生活感がないね」
ヴァキーナがぼそっと呟く。
「ここ、ほんとに都市なの?」
「……正直に言えば、生活都市というより”前線基地”ですね」
ディートリヒは苦笑する。
「この都市には兵士しかいません。一般市民は、別の区域に住んでいます」
「そっか」
ヴァキーナは納得したように頷いた。
しばらく歩くと、大きな検問所が見えてきた。
フェンスの終端にある建物で、兵士たちが厳重に警備している。
「ちょっと待っててください」
ディートリヒがそう言うと、足早に検問所の方へ向かった。
私とヴァキーナは、その様子を見守る。
「……しかし、軍事国家ってすごいもんだな」
私はふと呟いた。
「ねー。なんか、AIZとはまた違う意味で極端な国って感じ」
ヴァキーナはフェンスの向こうで訓練する兵士たちを眺めながら言う。
「AIZは情報に特化した国家だったが、ここは完全に”軍”の国か」
「まあ、敵がずっといたなら、こうなるのも分かるよね」
ヴァキーナは肩をすくめる。
私は、都市の中を見渡す。
確かに秩序が保たれているが、それと同時に”戦争が終わった後の空虚さ”も感じ取れた。
この国は、今まさに過渡期にある。
しばらくすると、ディートリヒが戻ってきた。
「お待たせしました!」
彼は少し息を切らしながらも、安堵した表情を浮かべていた。
「どうだった?」
私は尋ねる。
「幸い、検問所の衛兵とは顔見知りでした。本来であれば、訪問者には面倒な手続きが必要なのですが、私が保証人ということで、簡単な荷物検査のみで通れることになりました!」
「へぇ、ラッキーじゃん」
ヴァキーナがニヤリと笑う。
「では、中へどうぞ」
ディートリヒが手を振る。
こうして、私たちは”軍事要塞都市アンライヒ”の内部へと足を踏み入れた。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
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