新人生のよーい、ドン
ちょっと投稿遅くなりました!どうぞ!
一瞬だった。
目の前をゆっくりと覆う手が視界を遮り、何も見えなくなった瞬間、強い眠気が全身を襲った。
「……っ!」
一瞬だけ抵抗しようとしたが、身体の力が抜け、意識が深い闇の中に落ちていく。
闇の中、薄れる意識の片隅で、記憶が鮮明によみがえる。
──あの時、道を歩いていた時。商人のような集団。荷台から垂れた無防備な手。
その光景が再び脳裏をよぎる。だが、すぐに冷静さを取り戻す。
「……私を捕らえたという事はAIZである事は間違いない、私が何者かを確認するまでは簡単には殺せないだろう」
そんな冷静な考えを胸に抱きながら、意識は完全に途絶えた。
どれだけ時間が経ったのか、目を開けると見知らぬ天井が目に入った。
「……ここは?」
柔らかな寝具に包まれた身体。周囲を見渡すと、木目調の壁に囲まれた小さな寝室だ。
清潔感と温かみが感じられる空間。窓からは柔らかな光が差し込んでいる。
起き上がり、自分の服装に気づく。
ふわふわのパジャマのような服。今まで着ていたものではない。
さらに周囲を見回すが、手錠も鉄格子もない。
「……どういうことだ?」
ベッド脇には、丁寧に畳まれた自分の服が置かれていた。まるでそれを準備した人が自分に気を遣ったかのように。
着替えながら考えを巡らせる。
「これは……夢?いや、そんなはずはない」
昨夜の出来事は、どう考えても現実だった。
だが、AIZがここまで整った環境を用意する理由がわからない。情報を崇拝する彼らが、一体何を企んでいるのか。
疑問を抱えながら部屋の扉に手を伸ばす。鍵はかかっていない。ゆっくりと扉を開けると、目の前には広々とした空間が広がっていた。
そこは小さなコテージのような家だった。木製の家具が並び、整然とした室内には人の気配はない。
さらに外へと続くドアを開けて一歩踏み出すと、そこには広大な草原が広がっていた。自然の心地よい暖かみに少し心が緊張から解かれる。そしてこの心地よい風...風がない..?
違和感が胸をよぎる。
「……何かがおかしい」
風が吹いていない。
完全な無風。そして、草が揺れる音も一切聞こえない。
「静かすぎる……」
草原を進む。数メートルも歩いたところで、目の前に突然、壁が現れた。
「……これは、何だ?」
壁は透明で、一見すると存在すらわからないほど滑らかだ。手を触れると冷たい感触が返ってきた。
「やはり……これはAIZの仕業か」
ここは草原に見せかけた檻だろう、と考える。ストレスを感じさせない配慮すら見える。
その時だった。
「……ようこそ」
低く重厚な声が背後から響く。
驚きに振り返ると、そこには一体の巨人が立っていた。
岩のような物で構成された体を持ち、身長はゆうに2.5メートルを超えているだろうか。全身から圧倒的な威圧感を放っている。
「あなたは……?」
相手の正体を探るため、冷静を装いながら問いかける。
巨人は一歩近づきながら、静かに口を開いた。
「君の存在……我々は大いに興味を持っている」
その低い声が草原の静寂を切り裂いた――。
「ほう...?」
「私の識別番号は317-KPRA」
低い声が響き渡る。岩のような巨体が一歩近づくたび、地面がわずかに揺れるのを感じた。
「識別番号……?」
私は眉をひそめた。
巨人は少し間を置き、言葉を続けた。
「馴染みのない言葉だったかな?では……キープラとでも呼んでくれ。それがこの身体の持ち主だった者の名前だ」
「……待て、話が急すぎる。追いつけない」
私は一歩後ずさりながら冷静に返す。
キープラは動きを止め、じっと私を見下ろした。
「ふむ、ならばお前の名前を聞かせてくれ。どう名乗る?」
「シェルディだ。」
私は再び偽名を使い、落ち着いた声で答えた。
「……シェルディだ。知っている通り、私はただの人間であって、私を捕らえた理由、そしてここがどこなのかを教えてほしい」
キープラは一瞬黙った後、ゆっくりと頷いた。
「ここはAIZ。我々の国家だ。そして、お前を捕らえた理由は単純だ……お前の情報が必要だからだ」
「情報……か」
私は目を細めながら問い返した。
「何をそんなに知りたい?私はただの人間だ」
「お前が“ただの人間”であるならば、こんなことにはならなかった」
キープラの低い声には明らかな確信が込められていた。
彼は少し姿勢を崩し、ゆっくりと話し始めた。
「国が転移してくる現象は、我々AIZにとっても極めて重要な観測対象だ。転移は定期的に起こり、その際には必ず特定の衝撃波が観測される。そして、一度の転移で2〜3ヶ国ほどがこちらの世界に移動してくる」
「衝撃波……」
「だが、つい最近観測された衝撃波は異常だった。1ヶ国分の衝撃波と、これまでの観測パターンにはないもう一つの衝撃波が同時に記録されたのだ」
キープラの言葉に耳を傾けながら、私は自分の存在がどう関わっているのかを考え始めた。
「観測地の近くにいた我々の調査員が現場に向かった。1ヶ国は領土を保有しない類の国だから既に移動していた。そこに残っていたのはただ一人の人間……お前だ」
「……それが私だと?」
私は冷静に返したが、内心は動揺を隠せなかった。
「そうだ。それが我々にとって異常だった理由だ。国ではなく、たった一人の人間が転移するなど、これまで観測した限り一度も例がない」
キープラの言葉に、私は肩をすくめた。
「それにしても……私がつけられているなんて気づかなかったな」
「当然だ」
キープラが指を天に向ける。
「お前の周囲には誰もいなかっただろう。だが、“陸上”にはな」
その言葉に、私は思わず顔を上げた。
「……空から、か」
「そうだ。我々は空からお前を観察していた」
キープラの声には揺るぎない自信があった。
「……機械の類もなかったはずだが?」
私は疑問をぶつけた。
キープラは冷ややかに笑った。
「知る必要はないだろう。だが、お前が道に出た時、我々はお前がどんな人間かを見極めるため、商人に扮した近くにいた我々の輸送隊を意図的に通らせた」
私は瞬時にあの光景を思い出した。
「……荷台から垂れていた手、か」
「そうだ。あの状況下で、お前は冷静に判断し、行動を起こさなかった。我々はその冷静さを見て、お前がただのたまたま草原にいた人間ではないと判断した」
キープラはさらに続けた。
「そして、お前がベルカンナーツィアに向かった際、我々は聴覚を強制的に共有する手段を使い、お前の会話を“盗聴”していた」
「聴覚を共有……だと?」
私は困惑を隠せなかった。
キープラは小さく頷くと、静かに説明を始めた。
「コウモリアという小さな動物がいる。その種族は、聴覚を共有する能力を持っているのだ。これは“情報を盗み聞いたお礼”だ」
「……なるほど」
私はその説明に驚きを感じたが、すぐに自分を落ち着かせた。
「お前はこの世界の広さに驚いているだろうが、こんなことで心を乱すならば、この世界で生き抜くことはできない」
キープラの言葉が冷たく響く。
「……なら、もう私の情報は十分に集めたはずだ。なぜまだ私をここに閉じ込めている?」
その問いに、キープラは微かに笑みを浮かべた。
「いや、まだだ。お前がどんな国で大統領を務めていたのか、どんな人間なのか――我々の脅威となるのかを見極める必要がある」
「……そうか」
私は静かに答えた後、目を細めてキープラを見上げた。
「ならば、私にも条件がある。私が求める世界の情報を私の情報と引き換えに教えてくれ」
キープラはその言葉に少しの間沈黙したが、やがて口元をわずかに歪めて笑った。
「……いいだろう、話してやろう。この世界をな」
素朴なシンプルな木椅子に腰掛け、偽りの大自然の中、私の異世界での初外交は始まった。
「君の国は、一体どんな国だったのだ?」
キープラがゆっくりとした低い声で尋ねた。岩のような身体を持つ巨人の顔は無表情に見えるが、その言葉には興味と探るような響きが混じっている。
私は息を整えた。こうして自分の国について話すのは初めてだったが、不思議と抵抗はなかった。
「立派で、いい国だったよ」
私は視線を遠くに向けながら言葉を選ぶ。
「以前の世界は、主に三つの勢力に分かれていて……私の国はそのうちの一つだった。周囲の二つの国とは常に緊張状態で、戦争が起きてもおかしくないギリギリの関係だったんだ。国民はその圧力に疲れていた。精神的にも……そして生活面でも」
キープラは静かにうなずきながら私の話を聞いている。その目には、私の言葉を一つ残らず拾い上げるような集中があった。
「だからこそ……」
私は拳を軽く握りしめた。
「軍事技術にあまりにも多くを割きすぎた結果、国民の生活を豊かにするための時間もリソースも足りなかった。それが、私の心残りだったよ」
その言葉にキープラが少し体を傾けるようにして口を開いた。
「なるほど。君は……民を思うトップだったのだな。国民からの支持も厚かったのではないか?」
私は肩をすくめた。
「支持されていたかどうかはわからない。ただ、いつも自分が正しいと思う道を進んだだけだよ」
キープラはしばらく黙った後、さらに問いを重ねた。
「君は...…一体なぜ大統領という道を選んだのだ?」
その質問に、少し考えてから答えた。
「……運命だったんだと思う」
私は少し微笑みながら続けた。
「物心がついた時には、私の身近には父親しかいなかった。彼はとても優しい人だったけど、常に何かを考え込んでいるような人だった。そして、私を立派な政治家にするために全力を尽くしてくれたんだ」
その時の記憶が自然と蘇ってくる。
「彼はいつも私に考える力をつけさせようとした。政治や外交、戦術……遊びながら学ばせてくれることも多かった。そして、私が国の政治教育プログラムを修了した時、彼はこう言った。『大統領になって国を立派にしろ。お前にしかできないことがある』と……」
キープラは腕を組みながら、少し感心したように頷いた。
「なるほど……特別な家庭環境だったわけか。だが、彼の期待に応えた君は、やはり並の人間ではないな」
その言葉に私は微笑み、視線を少し落とした。
「……父の期待に応えたいという気持ちは強かった。それだけだったよ」
キープラはまた黙った。そして、今度は少し間を置いてから静かに問いかけた。
「では、君はこの世界で何を成し遂げようとしている?」
私は少し驚いた。質問の重みが違った。
「……今の私は、ただの一人の人間だ。この世界で地位も名声もない。そんな私に何ができるか、まだわからない」
「それでも?」
キープラの目が鋭く光る。
「……それでも、私は……」
私は視線を真っ直ぐに向け、意を決したように口を開いた。
「国を作る」
その言葉にキープラがわずかに目を見開いた。
「私の国は、前の世界で完成されつつあった。だが、まだ完璧とは呼べなかった。だから……この世界で、もう一度挑戦するんだ。私は、私の理想とするユートピアを作りたい」
その言葉にキープラは少し笑った。
「壮大だな。それで?どんな国を作るというのだ?」
私は一瞬考え、静かに答えた。
「人々が"安心"して生きられる国だよ。誰もが『もっと生きたい』と思えるような社会を作りたい」
キープラは腕を組み直し、しばらく考え込んだ後、口を開いた。
「立派な夢だ。だが、無謀すぎるとは思わないか?一人で国を一から作り上げるなんて、並の人間にできることではない」
その言葉に私は笑った。
「だからこそ、質問があるんだ」
「ほう、なんだ?」
私は少し笑みをこぼしつつ、キープラの目を真っ直ぐ見据えた。
「AIZが接触した国家の中に……大統領制の国はあるんだろう?」
キープラの岩のような顔が少し歪んだ。そして、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「ああ……あるとも」
その言葉に私の心に確信が芽生えた。そして次の瞬間、キープラの言葉が途切れる間もなく、私は言った。
「もっと知りたい。まだ聞きたいことが山ほどあるんだ...」
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目を覚ますと、青空が広がっていた。風が頬をかすめ、草原の穏やかな香りが鼻をくすぐる。
視界をさえぎるものは何もない。起き上がると、数メートル先に岩の巨体がゆったりと立っている。キープラだ。その巨大な影が草原の地面にしっかりと刻まれている。
「よく眠れたか?」
キープラが低く、穏やかな声で尋ねてきた。その声には、初対面の時に感じた威圧感はすっかり消え、どこか親しみすら感じられる。
「まあまあだな。けど、こんな無防備に寝かされるのはあまり気分がいいものじゃないぞ」
私は冗談めかして答えると、キープラはゴゴゴと笑った。
「我々の国家でお前に危害を加える者はいない。だが、警戒心を忘れないのはいい心構えだ」
立ち上がり、服についた草を払う。これまでの数日間、AIZでの情報交換は驚きと発見の連続だった。異世界について、転移の仕組みについて、そして他国の存在について。何も知らなかったこの世界の輪郭が、徐々に形を成してきた。
「さて、これが最後だ」
キープラが空を見上げるようにしてから、ゆっくりと私に向き直った。
「お前はもう、聞きたいことはないな?」
私は少し考えたが、頭を振る。
「ああ、もう十分だ。これ以上の情報は、自分で見つけるさ」
キープラがわずかにうなずいた瞬間、その巨体の影から軽やかに一人の人間が姿を現した。
「よう、やっと私の出番か」
その声は明るく、どこか挑戦的だ。現れたのは、スラリとした体型にピンクの長髪の軽快な動きを感じさせる女性だった。黒いタンクトップに迷彩柄のパンツを着こなし、帽子のツバを指先で軽く触れている。視線は鋭くもどこか茶目っ気がある。
「彼女はヴァキーナ。我々からの成功を願って、お前の補佐役として送り出す者だ」
キープラがそう紹介すると、彼女は一歩前に出て、軽く敬礼のような動きを見せた。
「ヴァキーナだ。人族で、AIZ出身。よろしくな、シェルディ」
その口調は軽やかで、かっこよさを感じさせる。だが、どこか温かみもある。
私は少し驚きつつも、落ち着いて返事をする。
「こちらこそ、よろしく。シェルディだ。……これからよろしく頼むよ」
彼女は目を細めて笑うと、手をひらひらと振った。
「堅苦しいのはなしな。もっとフランクにいこうぜ。敬語もいらない」
その言葉に少し戸惑いながらも、私はすぐに頷いた。
「わかったよ。じゃあ、よろしくな、ヴァキーナ」
キープラが満足げにうなずきながら口を開く。
「お前の成功が我々にとって計り知れない利益になると判断した。ヴァキーナは優秀な補佐役だ。彼女をお前に託すことにした」
「いや、そんな気を遣わなくても……」
私は少しばかり遠慮しながら答えたが、キープラの目には揺るぎない決意が宿っている。
「遠慮するな」
キープラの低い声が響く。
「お前が作る未来が、この世界に何をもたらすのか――その可能性を見極めたいだけだ」
その言葉に、私は軽く笑った。
「……まあ、1人よりは楽しくなりそうだ。側近が必要になる場面も出てくるだろうしな」
ヴァキーナが軽く肩をすくめて言った。
「それに、私もお前に興味があるんだ。どんな国を作るのか、一緒に見てみたいと思ってな」
そうして私たちは新たな一歩を踏み出した。キープラの巨体が草原の中で立ち尽くし、背中を見送る。
「また会う時を楽しみにしている。シェルディ、そしてヴァキーナ――健闘を祈る」
キープラのその言葉を背に受け、私は静かに歩き出した。
目指すは『ディ・グローセリア』――異世界に転移した大統領制国家。その国で、私は次なる舞台を作る。
今回も最後まで読んでくださりほんっっとうにありがとうございます!!
自分で書いててこの後の展開全部決めてあって最後までストーリー構成が終わってるんですけど、すんごいワクワクしちゃって書きながらずっとニヤニヤしちゃってました笑
次回もなるべく早く出すのでぜひお待ちを!!